9話
「おはよう、大川」
私は、友達にあいさつした。
当たり前の、日常にありふれた挨拶。それでも、クラス内にあいさつできる人がいることがうれしかった。今まで、そんなことできる人なんて私にはいなかったから。だけど、毎回泣きそうになる癖だけはやめたいなあ。
あんなに涙なんて出ないようにしてたのに。また、すぐにでも泣いてしまいそうだ。でも、これも悪くないかも。なんて、思ってしまっていた。ここ数日で、自分がどんどん変わっていっているのを感じる。
「おはよう、夕菜」
笑顔で笑いかけてくれるのがうれしくて、楽しかった。
私と大川は、毎日話すようになった。
夏に出る夏野菜カレーは、普通のカレーにしてほしいこと。大川には、超可愛い好きな人がいるらしいこと。全力で応援するつもり。応援だけだけど。
いじめられていることを、大川には打ち明けられた。なんでだろうね。大川には話せてしまった。ほんとは怖いこと、助けてほしいけどそんなこと言う勇気がないことも。
全部全部、相当暗い話だったはずなのに、最後まで聞いていてくれた。
こんなにやさしい大川が好きになる人は、きっとすごくいい人なんだろうなって思った。すごく素敵な人なんだろう。
「なんかあったら言ってね。絶対に守るからって」
私は、大川に相談するしないは置いておいて、その言葉がうれしかった。すごく。私は、ヒーローが現れないかなって思っていた。まさに私にとって大川は、ヒーロー。私の辛くてどうしようもなかった時間が、少しづつ色づくきっかけになってくれる。そんな人。
私の中でとっくに、大川は特別になっていた。
大川は、将来の夢についても教えてくれた。
「俺は、将来ユーチューバーになりたいんだ」
なんとなくとか、そんな気持ちじゃなくって、大川は本気で目指してた。すごく真剣な目で私を見ていた。びっくりした。それと同時に、すごいと思った。
定職につくことと違って、きっとユーチューバーって成功するのも大変だし、たくさん努力しなきゃいけない大変なお仕事だと思う。でも、それに対して本気で目指せるってすごくいいなって思った。
「夕菜は?夢、ないの?」
夢、か。
「考えたことなかったかも」
今まで、私に未来があるとも、生きたいとも思ったことがなかったから。
だけど今は、大川がいるなら生きていてもいいかもなんて思ってしまっている。これには、私自身も驚いていた。あんなに死にたいと思っていたのに、大川パワー恐るべし?
私は、何がしたい?何になりたい?
随分と久しぶりに、私は私の心に聞いた。今まで、ずっと蓋をして、耳を傾けないできた部分。
私は……
「小説家になりたい、な」
「なんで?」
そっけなくも聞こえるけど、優しさにあふれている君の声。まず、トーンが優しい。私は、嬉しくなった。
「私の経験ってさ、なかなかないと思うんだよね。だって、あんまりにも普通じゃないし」
「そうだね」
大川の顔が曇った。
「ごめん!そんな顔させたいわけじゃないの」
大川は、ちゃんと私と同じ目線で話を聞いてくれるから、すごく、すごく安心する。
「そんな経験を活かしたい。私の苦難とか、私の人生があるからできるような……。そんなものを書きたい」
いざ口に出してみると、なんとなく幼稚で、漠然とした目標だと思う。できるかもわからないのに、何を語っているんだろ、私。
なんだか恥ずかしくなってきた。
でも、そんな私を大川はまっすぐに見つめて
「いいと思うよ」
と言った。今までみたいな、「夕菜ちゃんなら簡単にできるよ」とか、「私たちのことバカにしたいの?」とか。否定的な言葉も、お世辞も何にもなくて。飾られていないまっすぐな言葉だからこそ嬉しかった。
でも、なんでそっけないのかな。
「夕菜。なんでこっちを見るの?ずっと見てこないで……」
あれ、耳まで真っ赤だ。もしかして……
「照れてる、の?」
「うるさい……」
新たな発見だ。大川が照れてるときは、やたらそっけなくなるらしい。
「照れてるんだぁ……ふふっ」
「わ、笑うなよ!!」
一緒に過ごすことで発見できた癖。今まで、こんなに細かいところまで人のこと見ていたことなんてあったっけ。
いなかったな。
私は、これからも大川と一緒にいたい。大川のこと、もっとたくさん知りたい。
気づけばそんな風に思うようになった。
石橋夕菜が、人に近づくと起きてしまう悪影響も忘れていた。
幸せに生きていたいと願ってしまった。




