18話
隆樹は、目を真っ赤に腫らして教室には戻らず、早退した。
先生たちは、何も聞かなかった。
私も、何も言えなかった。
隆樹は最後まで罪悪感と自己嫌悪で押しつぶれそうな顔をしていて、苦しそうだった。
「私よりつらそうな顔しないでよ……」
許せないのに。隆樹のことなんて、大嫌いなのに。
もっと、きっと言いたいことはたくさんあったはずなのに。
隆樹が、私のことを考えてくれたことがわかって。
私は少しだけ、嬉しかったんじゃないかな。
いじめてきた相手にこんなこと思うなんて、変だと思うけど。
私のことを対等な人間として見てもらえたような気がしたんだ。
あの後私は、図書室に行ってみた。
教室に戻る気にもなれなくて。目、腫れてるし。
隆樹は、私の言葉を聞いて戻っていったけど、大川はずっとそばにいてくれた。
何も話さなかったけど、私は泣いてばかりだったけど。それだけで、十分だった。
泣いていたから、相当ぶっさいくな顔してたんだろうなって思うと今更恥ずかしい。
でも、嬉しい。一緒にいてくれて。
私は図書室で今までの経緯とかを先生たちに話させられた。
正直、すごく居心地が悪かった。
それでも、がんばれたのは大川のおかげだともう。あとは、綾香先生だったから。
私は、すごく重いのかもしれない。私は今、きっと大川に依存している。
私のことを拒絶することなく、一緒にいてくれる存在に、ただ依存してしまっている状態だ。
良くないとは思う。でも、やめられない。
「先生、私さあ」
先生も、大川も。私の言葉にずっと耳を傾けてくれている。
そのことにすごく安心した。
こんな私の話でも、ちゃんと聞いてくれる人がいるんだなあって。
「あいつらのこと、隆樹のこと。大っ嫌いだったんだ」
「……そうね」
そう大っ嫌いだった。
怖い、苦しい、辛いもそうだけど、とても憎くて、大嫌いだった。
「でもね、今日さ。隆樹のこと責められなかった」
私が本当に言いたかったやめてほしかったって、言えなかった。
どれだけ傷ついたのか、上手く伝えられなかった。
「……うん」
今度は、大川がうなずいてくれた。
深刻そうな顔。あと、辛そう。
苦しいって、顔に出てる。自分のことじゃないのにこれだから、ほんと大川はお人よしだ。
「私は、許したくない」
あんなにひどい目にあって、私だけがつらい思いをしたのに……と言いたいところだけど。
「でもね、私、今日気づいたの。改めて」
なんで今まで気が付かなかったのか。
「あいつらも、私と同じ人間だって」
わかってるつもりだった。私たちはそう変わらないんだなんて、知ってた。
同じ種類の生き物で、ちゃんと自分で思考することができる生き物だって。
わかっていたつもりだったけど、隆樹の表情を見て、ちゃんと、流れ込んできた。
こいつも人間だって。感情があって、苦しいってちゃんと思うような。
「許すつもりはない」
大川が口を開いた。
「……当たり前だよ」
「でもね!」
それにかぶせるように私は言った。
「どうしても思っちゃうんだよ。私が、もう少し、歩み寄れてたら……」
やっぱり、苦しいし、辛い。怖いし、嫌だよ。でもね。
先生も、大川も、驚いた顔をした。
「一緒に笑い合えるような友だちになれた未来はなかったのかなぁ?」
やっぱり涙が滲む。
私は、やめてほしい以前に……
「ほんとうは、対等に扱ってほしかった。私だって、普通の人間だってわかってほしかった。私を私のまま受け入れてほしかった」
多分ほんとは、それだけだった。
お互いの求めていたことが違っただけなんだと思う。
「もしも、あの時の私が周りの人を思いやれてたら……」
「夕菜は!許さなくていいんだよ!!」
「そうだね」
でも……。
「私も、謝りたいなぁ」
「っ、なんでだよ!意味わかんねーよ!傷つけられたのは、夕菜だろ?勝手に劣等感を抱いて夕菜をたくさん、たくさん……っ!」
泣かないで。
「そうだよ。許せない。許したくないよ」
「だったら、なんで!」
「きっと、私にも悪いところがあったんだよ」
「っ……」
「それを認めてからじゃないと、責められないや」
「夕菜は、優しすぎるんだよ……」
「そんなことない。こんなふうに思わせてくれたのは、大川と綾香先生だよ」
これから踏み出そう。
この状況の最後の一歩と、ここから抜け出すための最初の一歩を。
私は、得意の笑顔で微笑む。嘘じゃないよ。心から嬉しいから笑える。
「先生、大川。私が最後まで戦ったら……頑張ったねって褒めてくれる?」
「夕菜ちゃん」
ずっと黙っていた先生が口を開いた。
「はい」
「もう、頑張らなくてもいい……でも、最後にけじめを付けたいんだね?」
「……はい」
「味方はここにいるから」
綾香先生と、涙でぐしょぐしょの大川も頷く。
「最後まで、戦っておいで。夕菜ちゃんが前を向くために」
「……っ」
あれ、また涙が止まらない。
私にも味方ができた。大事な、大事な味方が。
それがなにより嬉しかったんだよ。




