17話
「夕菜」
ビクリ、と肩が震える。この、声は……
やっぱり、そうだ。そりゃそうだよね。毎日聞いてきたんだ。間違えるはずがない。私にとってその声は、恐怖の対象なんだから。
後ろを振り返ると、隆樹がいた。
隆樹が視界に入った瞬間体がこわばって、恐怖を訴え始めた。
でも、今までとは違ってどこか、隆樹の元気、と言えばいいのだろうか。あふれ出す私への悪意があまりない気がする。現に、暴言を吐かれていない。
なんか、いつもと違う?
「なに」
何を言われるのだろうかと、めちゃくちゃ身構える。
クラスメートたちもこっちに注目していて、誰も話さない。
20人を超える人数がいるのに、うちの教室は私たち二人の会話に集中していてものすごく静かだった。
静まり返っているせいで、自分のいつもより早い呼吸音とか、心臓の音が大きく聞こえる。
「ちょっと、話がある」
話?話って何。今まで通りの私のいつも通りを繰り返すこと?私のことをいじめること、暴言、陰口。アレが話?
私は、そんなこと言われるなんて思ってもいなかったので、驚いて思考回路がショートする。
その言葉に真っ先に反応したのは、私ではなく大川だった。
「夕菜、行かなくていい」
そう言って、私をかばうように前に出た。
その背中からは、私を思ってくれていることが伝わってきて、こんな時なのに嬉しくなってしまった。
なんだかすごく温かい。嬉しいよ。ありがとう。今すぐにその背中にすがって、隠れたまま拒絶していた。
でも、ごめん大川。
「わかった」
まっすぐに、隆樹を見て答えた。
大川の気遣いはすごくうれしい。でも、私は戦わなくちゃ。じゃなきゃきっと変われないの。
「じゃあ、俺も行く」
うつむいて歩きだした隆樹についていこうとしたら、突然大川が言った。
「え、ちょっと、それは……」
ダメじゃないかな?隆樹が怒る気がする……。
「心配なんだよ。また何かあってからじゃ遅い」
うーん。これは、私には止められそうもない、かな。後は隆樹次第なんだけど……。
「ああ。それでいい」
隆樹は、やっぱり暗かった。不気味なくらいだよ……。
私たちがたどり着いたのは、中庭だった。
ついたころには朝の会始まりのチャイムが鳴っていて、中庭には誰もいなかった。そりゃそうか。
そんな中庭には、カラッとした晴天には似合わない重苦しい空気が漂っていた。
「夕菜。ごめん」
「「は?」」
私と大川が思わずそんな声で反応してしまうほど、あの隆起から出た言葉だとは思えなかった。
隆樹が、謝罪した……?
誰に。
私に……?
「お前、いまさら何言ってんだよ」
そうだよ。あれだけ私を、傷つけておいて……。
でも、なんでだろう。隆樹に敵意がないからかな。いつもみたいに怖くない。
なんでだろ。
大川がいるから、一人じゃないからってのもあるの、かな。
「そ、うだよ。なんで……」
あ、やばい。泣きそう……。なんで、こんな時に限って謝るの。
なんで、今更……
「ずっと、いじめてごめん。傷つけてごめん。謝っても許されないなんて、わかってる」
もう、やめて
「じゃあなんで!」
夕菜の前に姿を見せた、とでも言いそうな勢いで大川が叫ぶ。
私の、今までのこと。聞いたのかなあ。
聞かれちゃったのか……かっこ悪い夕菜の部分。
「せめて、夕菜に誓うよ。俺は、もうお前をいじめないから。ごめん、本当に……ごめ……」
その時、隆樹の頬が濡れていることに気づいた。泣いてる……?
「ごめん、ごめんな……夕菜……」
いつだって強気で、ガキどものリーダーで。弱みなんて見せなかった隆樹が泣いてる。
あまりのことに、大川も冷静になったのか、黙っている。
「……なんで、いじめたの」
私の声が、張り詰めたその場の空気に響く。
みんなと変わらなかったのに。私だって、普通の子なのに。
どうして私だけが特別扱いされて、どうして私がいじめられなきゃいけなかったの。
「……夕菜が、可愛かったからだよ」
隆樹が、小声で言った。
「なんだよ、それ!」
たったそれだけの理由?
「夕菜が可愛いから!のくせに優しくて、何でもできるじゃん……。俺らみたいな落ちこぼれには、うらやましかった!」
え、なに?褒められてんの?
あまりにも日常離れした私の今の現状の中、多分私だけが冷静だった。第三者の目線で見ているみたいだった。
とても、自分に向けられている言葉だとは理解しがたくて、脳が拒絶していた。
「羨ましかったんだ……でも、いじめたって辛い顔一つしなくて、いつだって笑ってて。その出来の良さにむかついて……」
ヒートアップした、と。
「ねえ、その話。私関係あった?」
「そ、れは……」
「私、あんたたちに何かした?」
私が何かしたからいじめられてるの?
「違うよね」
そんな理由でいじめられてきたの?
「許せるわけないじゃない!」
涙が零れ落ちるのにも構わず、続ける。
「私だって普通の人間だよ。ただの小6だよ」
大川も、隆樹も。何もしゃべらない。
「いつだって無理して笑ってた」
私だって、感情がないわけじゃないんだよ。
「なんで私が、いじめられなきゃいけなかったの」
「っなんで、なんで!」
そう言ったら、足の力が抜けてしまった。
「っ、夕菜!」
大川が支えてくれた。
重いでしょ、ごめんね……。
「俺は、俺たちは。自分のことしか考えられてなかったんだ」
「夕菜の心なんて無視してたんだな……」
そうだよ。
「っ、ぅ。うぅ……」
涙があふれだす。
止められ、ない。
苦しかったよ
辛かったよ
どうしていまさら言うの?
どうして私だけが傷つけられなきゃいけなかったの?
なんで、どうして……
「っうぅぅぅ……」
これはきっと、私が……自分の感情に向き合えた証の涙だ。
この涙は止めなくてもいいと思った。




