14話
「どうしたの、大丈夫?」
「っ、!」
だ、れ?近所の人?
「どうして泣いてるの?」
「……」
あなたには関係ないでしょう?何も知らないくせに……
「だいじょ…」
「触んないで!」
叫んでから、ハッとした。
この人には、なんの関係もないのに……。
「ごめ、なさ……」
まだ涙が止まらなくて、まともに謝ることもできないまま私は走り出した。
速く、速く。止まったら、もうきっと動けない。
今走るのをやめてしまったら、もうきっと私は楽な方に逃げて、学校に行けない。
いつも登校班で通る道。普段は嘘をついて明るくふるまう道。空元気で笑っている道。
そんな道を、私は自分に嘘をつかずに通り過ぎた。苦しい、辛いって、思いっきり顔に出して走った。
ほんとはずっと苦しかったの。嘘なんて、つきたくなかったんだよ。
前に前に進むことだけ。たったそれだけのことなのに、足を止めそうになる。
あと少しだ。なのに、学校に近づくにつれて足が重たくなっていく。疲れもあるだろうけど、心が重たい。苦しい。校門の前で、ついに足が止まってしまった。
行きたくないよ。
この後、教室に行くのだろうか。そうしたら……なんて、言われるのか。想像がつく。きっといつもと変わらず暴言を吐かれて、罵られるのだろう。
今までと、何も変わらず。
「行きたく、ない」
教室に行きたくない。あいつらに、会いたくない……。
きっと、私は弱くなってしまったんだ。無理やり作っていた笑顔の下は、いつもこんな顔だったのかなぁ?
ほんとは、ずっと泣きたかったのかな?
私は……
「夕菜、ちゃん?」
驚いて顔を上げると、目の前には彩香先生がいた。
「先生?なんでここに……」
誰かが来るなんて思ってもみなくて、きっと今私の声は震えていることだろう。
「校門の前に生徒らしき子が見えたから、来てみたのよ……」
そう、なのか。そういえば、保健室からは校門って見えるんだっけ。
私は、ここに来たのが綾香先生でよかった、と思った。そしたらちょっとだけ心があったかくなって、安心した。家にいるよりも、ずっと。
自分が今、涙でぐしょぐしょなことに気づいた。
「っ、あ……」
服の裾で無理やり拭う。
人前で泣くのは、弱い証拠、だから。
「そんなにゴシゴシこすらないの!ほら、ハンカチ貸すから」
「あ、りがとう……ございます」
「今日無断で欠席って聞いていたのだけど……」
「……」
「教室、行ける?」
綾香先生は、遠慮がちに聞いた。
そうだ。教室。教室いかなきゃ。
「はい」
けど、隆樹に、あいつらに。会いたくない……。あ、でも、大川には謝らなきゃ。あんなとこ見せてごめん、って。
「……今日は、保健室でお話ししない?」
「……え」
「行かなくてもいいんだよ。夕菜ちゃんはどうしたい?」
「私……っ、でも!行かなきゃ!」
綾香先生をみると、苦しそうに顔を歪めてた。
「行かなくていいよ。気づけなくて、ごめんね……」
「いいん、ですか?」
いいの?逃げてもいいの?
一人で耐えなくて、いいの?
「いいのよ。むしろ、よくここまでこれたわね」
え……?
「偉いわ。本当は学校にも来たくなかったでしょう?」
そうだ。来たくなかった。偉い、って、自分の行動をほめてもらえた。それだけで、私は泣きそうになった。嬉しい、って。
「ありがとう、ございます……」
それから一日、保健室で過ごした。
「今日は、なんで来ようと思ったの?親御さんに休みたいって言えなかった?」
言って、いいのかな。
「言いました。でも、ダメって言われて」
「そっ、か」
綾香先生は、何かを考えこむようにしてから口を開いた。
「明日からも、ここに来る?」
その提案に、すごく心が揺れた。
教室に行ってもいじめられるだけで、楽しくない。居場所なんてない。きっと、何を言ってもいじめは終わらない。私ひとりの力じゃ、解決できないのだろう。
すごく怖い。辛い。考えるだけで苦しくなる。
けど……
「明日からは、行きます」
大川に会いたい。私に変わるきっかけをくれた、あの人に。
「わかったわ。辛くなったら、いらっしゃい」
きっと、私の教室での居場所のなさは変わらないけれど、学校に心強い味方がいるってわかっているから、少しだけ、今までよりも心が軽かった。
もっと早くに……という私の心は、わがまますぎる。
「はい」
私は、少しだけ、笑うことができた。




