97話
幸吉のやり場のない怒りがほどけてゆく。清はそっと仕舞ってあった文を手に取り、幸吉に渡した。
「最期まで大切にされてましたよ……」
幸吉は文を広げ、ぼろぼろになり、色茶げた和紙の文。何度もよみかえしたのが手に取れば尚わかる。
「これは儂が幼き日に筆を認めた文……この文にお雪婆は……願いを込めていた……お雪婆……」
幸吉は文を抱きしめ、かまわず大粒の涙を流した。
「お朱鷺さま……私どもは少しだけ、この場を離れます。私どもはあくまでも花仕舞師、生業外の支えにはなれませぬ。今、しばらくは幸吉殿のおそばに寄り添いくださいまし……」
清たちは藁葺きの佇まいをそっと静かに出ていく。
「御前さん……」
口数少なく寄り添う朱鷺。
「朱鷺……」
幸吉はもたれ掛かる。
「俺は何をしていたんだろうな……わからなくなったよ」
「何をおっしゃるんだい? 私にはわからなかったけど、清殿のおかげでお雪さまとやらには会えたんだろ?」
「会えたかどうかはわからない。けど……感じたんだ。お雪婆は笑っておった。儂の姿に笑っておった」
「じゃったら、御前さん、ここに足を運んだこと正しきことだったんですよ」
「正しきこと……か……」
「御前さんのやってきたことは正しかったんですよ」
「それとな……儂、ここに新たな書院を作りたいと今、思うた」
「書院ですか?」
「お雪婆の意思を継いでな……子らが後の世に繋いでいける処。温かい処じゃ。学舎を……儂はここで育てられ今を紡いだ。ここはそんな場所じゃ」
「御前さん、それは真に見事……」
「名は仁巡孝院、恩雪庵……どうじゃ?」
「ほんにお見事」
朱鷺は幸吉の新たに宿る確かな焔に目を細めた。
「御前さんの芽生え、ほんに嬉しきこと、それと……」
朱鷺はもうひとつの新たな芽生えを伝えるために、幸吉の手を取り、己のお腹に手をあてさせる。
「どうした?」
「ここのところ、少々気分がすぐれなくてふさいでたところ、根子殿が耳打ちしてくれてたんです。「ここに新しいものが育ってる」って……確信はないんだけど、根子殿と根音殿はいつも私の身体を気にかけてくれてた。ほんに不思議な子らじゃ……清殿も……」
「ほんまか……」
清は引戸越しに二人の会話を聞いていた。天を仰ぐ。
「根音、根子……刻は無常なり……」
根音と根子は黙って頷く。それは二人もここから真の一大事を理解している。
──これからが、花仕舞師の真の役目……もう刻が迫っている。痣は満ちかけている。花紋様が色づいている。幸吉殿を仕舞う刻……──




