95話
「この先だ……お雪婆の住まいは、少しばかり離れにある。懐かしいじゃろ……清殿?」
「ほうですね……」
幸吉の足取りは早くなる。懐かしく思う清。しかし、幸吉の懐かしさと清の懐かしさは違う。謂わば幸吉の懐かしさは始まり、清は終わりを表していた。幸吉はここで育ち今がある。清はここでお雪の旅立ちを見送った。あまりにも違いすぎた。
藁葺き屋根が見えた。幸吉の記憶の中ではもっと濃い藁葺きだったが、清の中では変わらない彩りだった。
「懐かしいなぁ……しかし、なんぞ気配がしない。留守じゃろうか?」
幸吉は引戸を開けた。建て付けが悪く流れるようには開かない。
「お雪婆、おるか? お雪婆……」
静まり返った屋内。
「おらんみたいだ……」
幸吉は目を潤ませている。
「御前さん……この様子、不在と言うより、誰ぞが暮らしておるとは思えませぬが……」
確かに質素な佇まい、整っていたが、整っているだけで埃をかぶっている。土間を踏みしめると埃が舞う。囲炉裏の灰も湿気て固まり、炎が幾日も灯っていた気配がない。柱には煤が積もり、天井の梁には、蜘蛛がまるで旧き主の代わりに住み着いているかのように、その網を張っている。その藁葺き家は既に主を忘れ眠っていた。
「そんなことはないて……お雪婆がおらんて……」
頭の中で思いたくなかったことが現実に起きていることに幸吉は混乱している。
「清殿……」
幸吉は物静かに語る。
「はい……」
清はその静かな物言いに冷たさを感じる。
「本当は知っておったのではないか? お雪婆が《《おらん》》こと……」
「なぜそのように……思われる?」
「今もそうじゃ……恩人に会いにきたんぞ。それが何も感情を表に出さん。それに……それに……先日の問いかけじゃ! 「……お雪婆がなくなっていたら……どうされるつもりで……?」と聞いてきた? 会いたいと思ってるならそんなこと考えんもんじゃ! どうなんじゃ!!」
幸吉はやり場のない憤りを清にぶつけた。
──反花の言葉が今の有り様になった……滑稽、滑稽……──
反花に言い渡された「滑稽」がぐるぐる回る。
「それは……」
「答えろ! 何ゆえ否み申さぬか!」
怒りが静けさの藁葺きに響き渡る。
「御前さん……お気持ち痛いほどわかりまする。しかし、押さえなさってくださいまし……」
朱鷺が怒り狂う幸吉を落ち着かせようとする。清はほんのわずかに視線を伏せ、唇を震わせた。
──私は花仕舞師……──
自身の役目を心で呟いた。そして心に芯を刺し、真っ直ぐに幸吉の目を見据えた。
「幸吉殿……お答えします……手前は知っておりました。なぜなら私がお雪殿を仕舞ったからです」
「仕舞った? 仕舞ったとはなんぞ? もしかして殺めたのか!? 清殿がお雪婆を殺したのか!!」




