89話
「や、や、これは失礼つかまつった。その幼子たちがあまりにも美味そうに団子を頬張っているんでな。つい声をかけてしまった……なんだか懐かしくて……」
男は、遥か昔を思い出すように語りだした。
「この子らの食べる姿が懐かしく?」
清は左手の甲の痣を見ながら懐かしそうに話し出す男の表情と交互に見ていた。
「いや、この幼子たちの食べる姿だけじゃなくてな……御前さんがこの子らに優しく寄り添う姿を見て、ある恩人を思い出してしまってな……」
「私たちの姿にですか?」
清は滑らかにしゃべり出す男の表情に魅入った。
「すまぬな……いきなりこんな話をしてしまって、それとなんだか懐かしい心まで御前さんに感じてしまって……」
清の心が跳ねた。それは清自身の心ではなく、今までの旅で触れてきた誰かの『徳』が跳ねたのだ。
──誰かの『徳』が共鳴してる……これは……お雪殿の『仁』──
「いかんいかん、旅支度の途中だった。これからその恩人に会いに行くのでな、すまんな……いきなり声をかけて。先を急ぐもんで……御免!」
男は踵を返し、去ろうとする。清は心なしか足取りが軽やかな男を見送りながら、なんとも言えない感情に囚われた。
「根音、根子……なんとも皮肉な運命ですね……お雪殿の『仁』を受け、徳を育てた繋がりのあるあの御方を今度は……徳が巡った果てに、仕舞わねばならぬとは……これもまた定めの妙ですね……しかし、情に流されては仕舞えぬ」
「清さま……清さまは花仕舞師として役目を全うするまでです」
根子は食べかけの団子のことも忘れ口添えした。
「ケケケッ……相変わらず甘い甘い……」
清の背中から声がする。
「その声は……」
聞き覚えのある声……しかし、顔は見たことがない。清の座る縁台に背中合わせで座る女。清は振り返るがその女は振り返ることをしない。肩を揺らしながらなんとも不思議な色と表現する他ならない異様な衣を纏う。舞いを舞う時は必ず後ろ向きで舞い、唯一舞いを歪ませるように舞う。その姿のみがこの女の舞姿。
「そなた……花傀儡の反花……なぜここに? まさか姉さまが……ここに……!?」
「ここにはおらん。それより……あの男、花紋様が現れておるのになぜ伝えてやらん。お主、わかっとるだろ? あの男が会いたいと願っておる婆さまはもうこの世におらんこと……」
「それは……」
清は言葉を失う。
「それは優しさか? 会いに行った先に悲劇が待っとる。そしてさらに待っとるのは死の運命……先延ばしにあるものは……あの男の苦しみのみ……滑稽、滑稽……静さまの実の妹にしては滑稽過ぎる」
反花はその言葉を残し、すっと消えていった。




