表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花仕舞師  作者: RISING SUN
第七章──孝(いつくしみ)の若き子、親を忘れし心
PR
87/252

87話

 朱鷺は眠った振りをする幸吉に声をかけた。

「御前さん……何か感ずるところがあるんじゃないかい? 私に打ち明けてはくれぬか?」

 朱鷺は優しく背中に寄り添う。温かいぬくもりが背中から広がる。

「いやな……忘れることができない恩人(ひと)がおる……それがなぜか今頃になって思い出されてな……いや、この屋敷に奉公に来てからずっとなんだが特に今頃、すごくな」

「忘れなる人とな!」

 朱鷺は飛び起きた。

「違う違う! すまぬ、誤解をさせて……儂の心の恩人じゃ。心の育ての親のことじゃ……名をお雪婆と言う。産みの親の両親、そして人生の育ての親のお館さま、つまり朱鷺のお父上と、儂には親と呼べる存在がたんとある」

「心の育ての親……?」

 幸吉は幼少期、お世話になったお雪のことを朱鷺に話した。

「そうかい……そんな方がおったんかい……」

 朱鷺は安堵すると共にある提案をした。

「もし良かったら行ってみてはどうだい? 父上にも事情を話して……」

「それは、いかん、番頭として責もある。親方さまには恩義がある。この店のことも任され一時でも投げ出すことなど……」

 幸吉は朱鷺の提案に心が揺れた。

「御前さん、心配なさるな。御前さんの働きぶりはお父上もよう知っとる。それに小まい頃から御前さんを見てきた私だもの、御前さんのお父上に対する気持ちもよう知っとる。心底惚れ申した女房の申すこと、心配なさるな……お父上ならわかってくださる。案ずるな」

 朱鷺はぎゅつと幸吉を抱き締めた。

「すまぬな……お朱鷺……一度、話をしてみるわ……」

 幸吉はくるりと身体を返し、朱鷺を抱き締め身体を震わせた。


 あくる朝、幸吉は兵之助の元に願い出るため部屋を訪れた。身なりを整え礼儀を尽くす。

「お館さま、ひとつお願いが御座います。聞いてくださらぬか?」

 改まった幸吉に横柄な態度を取ることなく兵之助も座し、厳しくも優しき眼差しを向ける。

「一時の間、お暇をもらいたく存じます」

「暇とな? 御前にはこの店の番を任せとるが……」

「はい、その件も御座いまして、悩ませてもらいました。しかしながら、どうしても会いとうなった恩人が御座います。それは昔懐かしい故郷に住むお雪という私を育ててくれたお婆に御座います。こちらにお世話になり、一度も会っておりませぬ。元気かのか? 一度だけでも顔を見とうなりました。何卒お許しを頂けませんか?」

 幸吉は深く頭を下げた。

「私からもお願いします。どうか幸吉殿の願いを叶えてやってくれませぬか? お父上、幸吉殿は丁稚として来て以来、何事も文句も言わずただただ、お父上のため、この商いに身を捧げてくれました。しからば一度だけでも我儘を通してやってください」

 兵之助は、夫婦二人で頭を下げる姿に思い悩んだ。

「そうか、朱鷺もそこまで幸吉を思うか……ならば幸吉。会ってこい。恩人ならば、その一人前になった姿、見せてこい。さぞ、お雪殿もお喜びになるだろうて……店の方はなんとかなる」

 兵之助は朱鷺の方を見る。

「しばらくとて離れるのは忍びなかろう。朱鷺も行ってまいれ。幸吉がいう恩人がいかほどの人物か見て参れ」

 幸吉と朱鷺は顔を見合わせ、顔を綻ばせた。

「お館さま、このご恩、忘れせぬ。誠にありがたきことです」

「道中、しっかり朱鷺を守ってやるのだぞ」

 幸吉は血は繋がらぬとも親とは温かいものだなと改めて感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ