85話
「秋架さま……」
蒼真は駆け出し、秋架の身体を抱き寄せた。
「あまりにも……無常……なぜ? なぜに……なぜ、秋架さまが犠牲にならねばならん……もっと私が早く、早く高杜の地に踏み込んでいたならば……」
言葉を失いかけ、自身の遅れを悔いた。
「蒼真殿……」
その言葉に蒼真は振り向く。
「そなたは……いつぞやの……」
「はい……道中、お会いした宿清にてございます。その節は……」
清は深々と頭を下げた。
「もしかして、秋架さまの最期を看取られたのか……?」
蒼真は言葉を無理やり引っ張り出した。例え哀しみに打ちひしがれようが将なのだ。混沌とした闇に包まれようと毅然とした態度は崩さない。
「はい……見届けさせて頂きました……安らかに旅立たれました。それは己の『信』を誇るように……そして蒼真殿の英気ある声を聞くた度に笑ってらっしゃいました……」
「そうか……誇りに……。もう一つ、あの時の言伝ては秋架さまには伝えてくれたか?」
蒼真の涙が、秋架の血に染まる衣を濡らした。
「はい……秋架さまは……伝える前から蒼真殿を信じて待たれておりました。それは『怨』に包まれそうになりながらも、届かぬでも何度も何度も約束されない未来を掴むが如く、手を伸ばされておりました」
「そうか……私がもっと早く……なぜ、大義に縛られ人は素直さを隠すのだろうな……特に我のような武に生きる者は……秋架さまのように素直に心に表せれば、また違う未来もあったのかも知れずに……」
またぽたりと後悔の雫が秋架の衣に落ちた。
「致し方ありません。それは、時代の流れの中で生きる我らの宿命。それから……蒼真殿……秋架さまの最期の想いを聞いて頂けませぬか?」
清はそっと崩れそうな蒼真に寄り添い優しく声をかけた。
「最期の想い……?」
清は蒼真の胸に手を置いた。そこから感じる鼓動は、悔恨に打たれて荒れていた。
「はい。手前にそっと託けて頂きました。蒼真殿……直にお聞きください。秋架殿の想いをその胸に忘れないでください……届け──花文!」
蒼真の心に温かいものが広がっていく。そこに秋架の声が心に響く。清の言葉でも他の誰の言葉でもない。秋架本人の声だった──
──蒼真殿……私は蒼真殿をお待ちしている間、辛く悲しい事実を知りました。それでも信じることを蒼真殿の声で喜び震えました。私はずっと蒼真殿をお慕いしておりました……誠に、『信』を胸に抱けたこと、誇りに思います……蒼真殿──
胸に抱いていた絹綾の御守が零れ落ちる。
「秋架さまぁぁぁぁ──」
幾重も零れ落ちる蒼真の雫はその絹綾の御守を濡らしていった。
「ゆくぞ、根音、根子……武に生きる者の涙は見るものでない……」
そう、清は根音と根子に伝えると振り返ることなく、蒼真と秋架の最期の会話に水を刺すことなく出て行った。
──第六章 終幕──




