84話
心をすでに清により折られていた笹道に蒼真を押し返すだけの力はなかった。
「退けぇ──退けぇ──全軍退却──!」
笹道の軍は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。馬上からそれを見届けると蒼真は馬を降り、常影の元で片ひざを付き頭を下げた。
「遅くなり申し訳ない。すべては我が殿、文綱の策が完遂するのを待ったがため……みな、ご無事か……」
常影は蒼真に対する仕打ちに心を痛み、土下座にて誠意を示した。
「すまぬ、すまぬ……蒼真殿、儂は村を守るためと大義を盾に西嶺ノ国に加担し、蒼真殿を貶め陥れた。これは万死に値すると思われます……その代わりどうかこの村だけはそっとしておいてください。お願いできませぬか?」
縋るような目で蒼真に頼み込んだ。額は地についたままだ。
「何を言う……面を上げられよ。常陰殿はこの高杜を護りたかった故の行動……何も咎める理由はない……」
「そんな……ありがたきお言葉……平にお許しくだされ」
「かまわぬ……それに、村が狙われたのは、高杜の背後にある鷹司家の隠し兵糧庫の存在を、西嶺が探っていたため。我はその動向を探るためにこの地を訪れた。その際西嶺の者に見つかり奇襲を受けたのだが、こちらこそ、命を救われた身。礼を言うのはこちらぞ」
常影は蒼真の懐の深さにただ感謝する他なかった。
「そして、東洲ノ国もこの地に踏み込むつもりは毛頭にない。それは我が主君、文綱殿の意向。殿が行っていたのは悠前ノ国の逆矢間熙剣殿と和の交渉を行っていたため。西嶺ノ国の背後にある悠然ノ国と和を結べば迂闊にこの高杜には手が出せぬ。安心されよ」
「なんという、心遣い。畏れ多くにございます」
蒼真は辺りを見渡した。
「ところで秋架さまはいずこ? 見当たらぬが……この地は秋架さまをお預かり頂いた地なのでな……」
常影、一同影を落とし俯いた。
「秋架さまは……西嶺の手からこの高杜を護るために……矢に胸を射貫かれそのまま……」
それ以上、涙で喉が詰まる。
「なんと!? 秋架さまが……い、命を……」
頭の中が真白に染まる。
「ど、どこに……どこにいらっしゃる? 秋架さまは……」
「屋敷の奥に……」
蒼真の顔はみるみる血の気が引いていく。しかし、足は屋敷に向く。走り出した。それは限りなく希望の薄い想いだった。
「秋架さま……秋架さま、この鷹司家の加護の証、絹綾の御守にかけて生きていてくれ──」
蒼真は自身の絹綾の御守りを握り締め、血相を変え秋架の元へ向かった。
ガタン──
襖を勢いよく開ける。そこには──
見知った女と子どもが二人座っていた。そして……
手に絹綾の御守を両手で抱えるように大切に従え、祈るように目を閉じ、安らかな表情の秋架の亡骸が美しく横たわっていた。




