81話
清の背後から矢が頬を掠める。頬は切れ血が滴ったが、清は気にする素振りさえ見せず、逆に加速する。
「あの女は恐れを知らぬのか?」
鬼気迫る表情に圧倒される笹道。
「かまわぬ! あの女を狙え……二人も殺めればさらに簡単に明け渡すだろう……」
怒号が静かな高杜に木霊する。その声に数本の矢が飛び交う。清の肩口に脚に矢が刺さる。それでも清は止まらなかった。
「清さま……それ以上は……もう……」
根子が叫んだ。横たわる秋架の元へはあと一歩。
スブッ──
清の背中に一本の矢が突き刺さる。
「今度こそ……あの女は終わりだ……」
笹道は、にやりと笑い、勝ち誇ったような顔をしようとしたが、清はゆっくり、振り返る。
「お前のような者が徳ある秋架殿への花霊々を邪魔するな!」
声を荒げる清。そして清はその身体のまま秋架の元に辿り着いた。
「なんだ? あの女は……不死身か? それにあの形相……物の怪か!?」
矢が刺さった身体で笹道の心をその目力で刺し返す清に、蛇に睨まれた蛙のようにおとなしくなった。
「誰か早く……秋架殿を奥の部屋に運んでください。秋架殿の命が尽きる前に……」
……しかし、誰一人として動こうとはしなかった。足は震え、目は逸らし、ただ時だけが過ぎていく。
「お主は……誰だ? 何をするつもりだ! それにその身体……誠、お主は物の怪か!?」
はっと、我に返った常影が叫んだ。
「そんなことはどうでもいいのです……それよりも秋架殿を……中へ……」
西嶺軍の威圧、清の物の怪の如くの振るまいに、皆足を震わせ動けない。清は誰も手を貸さない現状の中、秋架の身体を引きずるように中へ運び込もうとする。しかし、動かない。
「中へ運べばいいのだな?」
男の声がした。
「あなたは……確か鉄殿……」
初めて高杜の村に訪れた際、罵声を浴びせた男だ。
「あんときゃ、ほんに、済まんかったな。お主の気迫に押されてみな動けないみたいだ。俺もその一人……でもな、一人ででも秋架さまを助けようとするあんたを見たら動かずにはおれんかった……」
鉄は負傷した秋架を抱えあげた。秋架はすでに虫の息だ。
清は黙ったまま俯く。
「鉄殿……お力をお借りできることは誠にありがたい。しかし、私には秋架殿の命を救う力はありません……ご期待にはお応えできません」
清は自身の限界を悔い、唇を噛んだ。
「そうなのか……じゃあ、秋架さまはこのまま……で、でも秋歌さまにとって大切なことなんだろ?」
「はい……それは断言できます……」
「なら、お前を信じよう。お前のその目を……」
鉄は頷き、秋架を抱えたまま急ぎ足で運んだ……。
「ほんにありがたいこと……根音、根子! 舞いの準備を……秋架殿を仕舞おうぞ……」




