70話
まるで弾かれたように四方を山に囲まれている。佇む小さな村がある。周辺には列強の西嶺ノ国、そしてその抵抗勢力として東洲ノ国。村の名は高杜。今、西嶺と東洲は国の威信をかけ戦の焔を炊いていた。西から東へと風が吹く。その風が今を鏡のように映し出す。東洲は攻め立てられ今や死に体だった。
「ここまで……来れば……大丈夫か? 今、主はどうされている……いやそれでも信じるのみか……」
衣は泥にまみれ、鎧の紐は千切れている。刀は折れ、刃はすでに欠け意味を持たずとも武士の魂と手放せずにいた。そして小さな絹綾の袋ひとつを大切に握り締めた一人の若武者は息も絶え絶えだった。
「なぁ、あそこに誰か倒れとるぞ!? ありゃ、お侍さんじゃないか? 誰か大人を呼んでこい! はよぉ、急がんと」
「わかった! 待っちょれ!」
山に入り遊んでいた村の子らがその若武者を見つけ、慌てて大人を呼びに走り出した。
呼びだされた村の男衆は倒れた男の元に駆けつけ、抱えあげ村まで戻った。
「しっかりしてくだせぇ」
抱えた村の男は村に着くまで声をかけ続けた。
村に着くと取り敢えず村長の屋敷に連れて行き、寝床を用意した。意識を取り戻してはいたが、男は名乗ることもなかった。村人が集まる。ざわめき立っている。好意的な目で見る者は少なかった。疑念、恐れが渦巻いていた。
「ありゃ……東洲の者か?」
「いや、敗残兵に違いねぇ」
「名乗らぬとは、何かやましいことがある証拠よ」
「こんなとこに厄を呼び込まれてはたまらん」
口々にする言葉は不安と恐れ。無理もない。つい先月、この辺りにも戦火が迫り、遠くで戦声が聞こえたばかり。合戦の余波が高杜にも影を落としていた。流れ者、まして名乗らぬ者など災いを呼ぶ種でしかなかった。
ザッザッザッ──
遠くからわらじの音がする。
「どいて、おくなまし……どいて、おくんなまし……」
一人の娘が喧騒を掻き分け屋敷に入って行く。
「村長……失礼しますよ」
娘は彼の傍にしゃがみ、手ずから水を与え、傷に練り上げた薬草をあてがう。傷に触られ顔をしかめる男。
「痛みますか? 申し訳ありません。しかし、傷をそのままに出来ませね。しばし我慢されたし……」
手当てを終えると、傷口に晒し布をゆっくりと巻き上げた。
娘の名は秋架。繊細な面差し、言葉遣いに、どこか京の香りを漂わせたその娘は、かつて公家、鷹司家に仕えていた。しかし何らかの事情により、今はこの地で慎ましく暮らしている。秋架は、意識の戻った若者にそっと名を問うた。




