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花仕舞師  作者: RISING SUN
第六章──信(たより)の愛し人、裏切りを超えて
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71/252

71話

「……名はなんと申されますか?」

 彼は一瞬、目を伏せ、間を空けた。そして、苦しげに口を開いた。

「……朝比奈蒼真(あさひなそうま)と申す」

 澄んだ瞳で秋架は蒼真と名乗る虚ろな目を見据えた。嘘が混じっていることは、秋架に言葉の間で、瞬時に伝わった。

「そうですか……では蒼真殿しばらくは安静におやすみくださいませ」

 秋架は責めこそせず、逆に見覚えのある顔に似ていることに躊躇いを覚えていた。ふと枕元を見ると大切に所持していたという小袋に目がいった。袋は泥まみれになり所々破れている。隙間から見覚えのある家紋が見えた。

「この絹綾の小袋は……あの時見た胸元に飾られた鷹司家の御守」

 それを見た瞬間、秋架の胸に封じられていた記憶が、突如として甦った。


──あの戦の日。


 遠く、炎と塵煙の向こうに、ひときわ目を引く若武者がいた。鷹司家に仕えていた秋架。文綱(ふみつな)さまの背後に控え、全体を見渡していた者。剣を抜くことなく、人を動かす力を持っていた瞳。命令ではなく、信で人を導くその声に惹かれていた。そして胸元に飾られた絹綾の小袋。

「まさか……」

 秋架の胸に走ったのは、驚きではなく、確信に近い直感だった。だが、秋架は悟る。


 ──彼が今それを語らぬのならば、理由があるのだろう。問うことは、彼の矜持を壊すことになる。今はそっと静かに……──


 秋架は、ただ静かに彼の目を見て、耳元で囁きこう告げた。

「真実を語らずとも、あなたが何らかの事情を抱えているのかは、目を見ればわかります……だから何も語らずとも大丈夫です。私はあなたを信じます」

 その言葉に、蒼真は一瞬、息を呑んだ。


 ──なんだろう? この瞳の強さは……──


 どこかほっとしたように力が抜け、微かに笑みを浮かべた。

 彼は、戦で仲間を失い、主君である鷹司文綱(たかつかさふみつな)の命を受けて逃げ延びた。だがそれが忠義だったのか、逃亡だったのか──その答えを、彼自身まだ見いだせていなかった。

 信じた主は、どうなったか、わからない。そして、もう声をかけてはくれない。仲間たちも、遠い地で土に還っている。いや還ったという、そんな生易しいものではなかった。

 そんな中複雑な想いの中、正直に名乗らぬ男をただ『信じる』と言ってくれた一人の娘。その優しさに、蒼真は救われたような気がした。そして心の底に、ひとつの思いが灯る揺らめきがあった。


 ──生き直してみたいものだ。もし、忘るることができるのならば──


 秋架は蒼真に笑みを浮かべていた。

「あれ? なんだろう……」

 違和感を感じた。秋架は自分の左手の甲に微かな温もりを感じていた。

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