68話
──四つ目の蕾が同時に開く。花護人は輪郭がぼやけたままの花霧、花傀儡は炎のような赤い衣を纏いし花焔。
花霧は霧のようにぼやけさせながらの舞。しかし、徐々にその霧が晴れていく。ゆっくりゆっくりすべての迷いが消えていくように……。花焔は舞台を情熱で焦がすように舞う。まるで花霧が迷いを消すように、逆に花焔は未練を焚き付けるような舞。互いの信念を叩きつける。
「まるで私が殿を喪った数日間のようだ……情念の塊……」
互いの舞が終わり、そして殿の蕾が開く。真白の蕾から出でしは巫女姿、花の冠を被り、手には誓約書を携えた花護人、花誓と漆黒の蕾からはまるで花焔に未練を焦がされたような墨模様を模した衣の花墨。花誓は舞ながら誓約書を掲げる。花墨は心を黒く塗り潰すように舞。穏やかに終演を告げるように花墨が舞い、花誓は現路に誓約書を差し出すように掲げる。
現路は黙って頷き、合口を自らの腹に突きつける。
冷たい剣先が肌に広がり微かな痛みが伝わる。
「ぐうっっ……」
──自らの力で一気に刃を押し込めていく。歯を食い縛り、臓腑まで刃が突き刺さり、真横に一気に動かしていく。口元から血を滴らせる現路。
花化従が舞の面をはずす。普段はその花断の面を被せて終演を知らせるが……
「花化従、今回は良い……」
「かしこまったでありんす……」
静は高らかに舞の終演を知らせる花尽を唱えた。
──誠を偽り、忠を装い、妄信に縋ったこの手。偽りの刃は、己をも穿つのみ──
「此にて仇花花尽──」
そして清も花結を告げる。
──斬り結ぶ刃にも似て、誓いは揺るがぬ。たとえ命尽きようとも、真は胸に在りとまごころが誓う──
「これにて花結、締結──」
清も宣言する。
閃──!
灰塊の打刀が振り下ろされる。刹那、見事な線が現路の首に入る。そして皮一枚の所でぴたりと止まる。恥を晒すことなく現路の『忠』を示す。
「届け──花文!」
清が花文を現路のまだ残る心に届けた。想いが現路に巡り清に跳ね返る。
清は自らの胸に手をあて目を閉じる。
「しっかと現路殿の『忠』受け取りました……」
清は余韻に浸ろうとした。その時──
「早々に立ち去れ……何故、現路殿の神聖な儀式に泥を塗る……我ら花仕舞師は仕舞うまで……己の感傷の場ではない……このでき損ないが……」
静は振り向きもせず、その場を去ろうとする。言葉が見つからない清。
「姉……さま……」
名を呼びながらも、清の中で混ざり合う現路への敬意と、静への恐れと反発が渦を巻いていた。清は憎しみと現路の『忠』を抱いたまま現路の亡骸に背を向けた。
「終わりました……清殿……ここは静さまの仰せの通りに……誓いの刃は、時として命より重く、残酷に美を刻む──それが、花仕舞の真なる姿」
花天照は清に優しく声をかけた。
片隅でこの出来事を記録し男は筆を走らせている。静はそっと声をかける。
「見事書き留めたか? 花識よ……」
「はい……あますことなく……」
花識は満足そうに答えた。
「そうか……」
面の口元から赤い雫が流れ静はふらつく。しかし言葉をそれでも吐きつける。
「すべては本懐のため。これで五つ目の徳を身に付けたか……清……しかし、まだ先は長い。早う本懐に近づけてたもうれ……清よ……」
静はふらつく脚を叱るように、一歩、一歩と踏み出す。
そして男は屋敷の縁側で現路の亡骸に想いを寄せた。
「あっぱれであった……現路よ……誠に惜しい散り様よ……丁重に扱え! その者、『忠』に生きた本物の侍ぞ……しかし、あれはなんだ……他の者は気付かなかったが、白装束に黒い着物のおなごたち……現路殿を芯に舞う者たちは? あれは幻か……ただ確かめる術なしか……」
熙剣は戸惑いを覚えたが、現路の亡骸に背を向け、現路の安らかな旅立ちと『忠』の心に、静かに祈りを込めた。
──第五章 終幕──




