65話
現路は白装束を纏い、その時を待っていた。数日前、熙剣と対面していた。
「現路……もう、一度問う。その力を余のために奮ってはみぬか? 余はお主を迎い入れたい。余に力を貸してはくれまいか?」
熙剣は誠意を持って現路の回答を待った。しかし、現路は最後まで縦に首を振ることはなかった。
「そなたの『忠』たる心潔し。ならばもう何も言うまい……弌水現路、命を下す。切腹せよ……『忠』を全うせよ」
熙剣なりの礼であろう言葉は敵将としても、また違う魅力があった。現路は丁重に頭を下げた。
そして、その日が訪れ、静かに流れるその時に現路は今一度、喪った幼少期の匠盛の言葉と最後の言葉を照らし合わせた。
「人とは罪深い……だからこそ、時に悩み苦しむ。しかし、それこそ人生は、誠に……をかしく候」
現路は目を閉じた。
襖がすっとゆっくり開き、改め役が一歩踏み出した。袴を正し、静かに頭を垂れ一礼する。
「御役目の刻、参られよ」
現路は黙してうなずき、己が足で、最後の場へと歩み出た。音もなく歩く姿、しかしながらその圧倒的な存在感に先導する改め役もその潔きよき姿勢に、熙剣の誠意ある意向を改めて感じさせられた。
空は青く清み渡り雲一つない。目に見える光景は白砂が敷き詰められ死畳が置かれている。介錯人は場の後ろ斜め左手に座し、打刀を刀掛けを控えすでに待機している。立ち会う武士たちは床几も庭の端に並び、座している。現路を呼びに参った改め役も座す。そして熙剣までもが屋敷の縁側に座し、現路の『忠』を見届けようと座している。
そして庭の片隅に黒い影も──
現路は畳に正座し足の親指を重ねる。背筋をまっすぐに伸ばし、両手は膝の上に置いた。死に座──動じぬ覚悟をその場に示した。飾り気のないその空気は厳かであり張り詰めていた。現路は深々と頭を垂れ敬意を表すとともに辞世の句を読み上げた。
──妄深く されど忠咲く 花一輪 散りてのち知る 我が心かな──
現路は深く息を吐き、合口を手に取り鞘からゆっくり抜き取り、柄を自ら静かに畳に置いた。それは刻の終わりを告げるその時──
カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……
カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……
それはまるでこの厳かな儀に似合わぬ音が響く。しかし、それは現路の耳にしか届かなかった。すべては現路の『忠』を称える舞台。混乱避けるため、花傀儡たちにより、誰にも気付かれぬよう施されていた。見上げると先ほどまでの空と違い黒く染まり歪んでいる。唐傘を差し響く、道中下駄の音。現れた花化従が空気を裂いた。そして、その後ろには白い面を着けた黒い衣を纏った静がゆっくりと姿を現した。
「姉さま……現路殿の『忠』けっして惑う舞には後れを取りませぬ」
清も姿を表す。白靄に包まれた清。その姿は白装束を纏い、背後には手を組み祈りを捧げる花天照を従えていた。
「「いざ、舞う刻……!」」
静と清の言葉が重なった。




