64話
「そのようなことが……ただ、なぜ静殿は慈父慈母を手に掛けた……? 禁忌を犯したのは静殿ではないか? そして仕舞師の称号剥奪も自業自得、逆怨みゆえの殺害? そして継承者の清殿への仕打ち? わからぬものだな。あの時の静殿には畏怖したが……確かに清殿のことを『愚か者の妹』と呼び、蔑すんでいたが……」
花天照は目を閉じ俯いた。
「わかりません……なぜ、静殿がそこまで称号に執着されるのか……」
悲哀に満ちた目をする花天照。
「なぜ、そのような悲しい目をされる……花天照殿?」
現路が心を見抜くように問い掛けた。
「それは……かつて、静さまが我ら花護人の主だったからです……」
「なんと……?」
驚きを隠せない現路。そして花天照は話を続ける。
「我々は正当なる花仕舞師の称号を持つ者に仕えることが役目。称号を喪った瞬間から我々の主ではなくなるのです。そして称号を新たに得た清さまに仕える、その運命は固く破ることなど到底無理なのです」
現路は黙っている。
「そして、今の主、清さまは静さまに対して『花切の契』を交わされた。永遠の絶縁、抗うことはできない契。そして我々はその意思に従うのみなのです」
言葉はさらに深く続く。
「だからとて清さまに対し、我々花護人は『忠』に背いた偽りではございません。強いて仕えているわけではない……そこだけはお間違いのないように頂きたい。……ただ我々は現路殿が羨ましく感じます。『忠』に対し悩み抜かれることが……ただ羨ましきことかなと……」
花天照は現路を見つめた。
「羨ましい?」
「はい……。現路殿は誠の『忠』に生きられている。それはただ一人の主に対して……我々とは違うのです」
「誠の『忠』……か……」
現路は呟いた。
「はい……その左手の甲に生じる花紋様の痣が何よりの証拠。それは人の終わりを告げる痣。現路殿には見えぬかも知れませんが、我々ははっきりと見えます。それは何も病によるもの、事故によるものだけとは限りませぬ。その痣は意思にも反映されるのです。その強固な意思は変わりようがないようです。私にはそれこそ主に対する『忠』の証と存じます」
花天照は強く……そして儚く言い切った。
「しかし、我が主は『生き残れ』と……」
花天照は囁いた。
「時に人は……大切な人の幸せを願いたいもの……本心を隠してでも……幸せを願う。己の身を犠牲にしてでも……例え共にしたくともです」
現路はなぜか幼少期のことを思い出していた。いつしか忘れていた言葉が蘇る。あれは匠盛と過ごした幼き日。主従関係にあった二人だがまるで兄弟のように仲が良かった。
敷地内で泥にまみれ遊び回る。匠盛は夕日を背にし、にこりと現路に笑いかけている。夕日に染まる匠盛が伝えた言葉が温かかった。
「現路よ……お前とはいつも一緒ぞ……お前はいつも俺の側におれ……我の願いじゃ……」




