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花仕舞師  作者: RISING SUN
第五章──忠(まごころ)の誓い、戦に生きた侍
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61/252

61話

 一気に駆け抜けた。襖の向こうに会わなければならぬ者がいる。清は襖に手をかけると、その場の空気が凍りつくように張り詰めた。

「失礼します……」

 清は座して襖をゆっくり開ける。すっと襖を開けると奥に人影が……しかし、背を向けたまま座している。気配を感じぬ訳ではない。それは主君を護るため、命を刃と隣り合わせで研ぎ澄ませてきた感性。

「またか……今度は何ようか?」

 呟くように現路は言葉に出した。

「また……ですか?」

 しかし、現路は聞き慣れた声とは違うことに戸惑いを覚える。そして驚きの声を上げた者の方向に首を振り座し、頭を下げる者に目をやる。

「何奴……? ここは罪人扱いの間と存じておいでか……?」

「はい……私は宿清(やどりやきよ)と申します」

 清は頭を下げたまま答えた。

「宿? もしやそなたは宿静殿の妹君……?」

「今、なんと……」

 咄嗟に清は聞きたくもない名前に顔を上げ、現路に目を合わせた。

「なぜ……その名を……!? やはり、姉さまはここに……」

 花化従の一言が、清の心に再び暗い波紋を広げた。『そちが知る必要はなきにありんす……それよりよいのか? 静さまはもう会われたぞ……花紋様の浮き出る者と……力なきとは憐れ……無知とはほんに憐れ……』。この言葉が心に爪を食い込ませる。花霧の霧がこの部屋を包み歪ませたように今、心が憎しみの波紋で波打つ。

「そなたもこの左手に何か見えるのか? そう言えば花紋様と言っておったの……」

 現路は問いかけた。清は掲げられた左の甲を見つめた。

「はい……花紋様……畏れおおきにございますが、死期を告げる痣がはっきりと浮かび上がってございます」

「そうか……不思議なものよ。そして我に見えぬ痣を持ってそなたらは我の命を仕舞うのが役目……なのだろう?」

 現路は清の目を見ることなく呟いた。

「はい……私は花仕舞師……舞を持って徳の心を希望とし、終幕を迎えさせるが我が使命でございます」

「徳の心? それは『(まごころ)』か?」

「はい、そうでございます……」

 現路はふっと息を吐いた。空気の流れが変わる。

「『(まごころ)』か……では、今の我には不必要な舞ぞ」

「なんと!?」

 清は驚き目を見開く。

「私は今まで『(まごころ)』を持って、それを信念に生きてきた。しかし、それは……間違いだった。我の心は『(あやまり)』……。我は『(あやまり)』に生きてきた男」

「何ゆえにそう思われますか……? なぜ否に生き様を歪められる?」

「生き様を歪めたのではない。我が心を歪め、思い込んでいただけなのだ……」

 現路は格子越しに空を見上げた。霧のかかった空は白く濁っていたが、それでも現路は遠く、晴れ間を描くように見上げていた。

「あの頃は心が高揚していた。しかし、今、この霞む心では我が主君、匠盛(たくみじょう)に合わせる顔がない……」

 それは、足掻き続けた男がふと諦めに似た微笑みを浮かべた、刹那的な静寂であった。

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