60話
花霧が音も立てずにゆっくりと前に出る。
「清さま……決して私から離れなさらぬよう……お願いします。姿を消すわけではございません。ただ姿を霧にて、幻の如く歪ませるのみ……」
そう伝えると花霧は姿を空気に滲ませるようにぼやかしていく。まるで形がその場で揺らめくように。
「いきます……」
霧が清を包み込むように広がっていく。今までの視界の良かった世界が白く染まる。すべての姿が白く包まれ視界を塞ぐ。清は音も立てずに進む花霧の後を追う。
「清さま……音は立てぬように……」
歩けど歩けど先は見えない。ただぼやける花霧を必死に追う。しかしそれは逆も同じ。視界が遮られた中で清の姿も映し出されることはない。微かな声が聞こえる。
「なんだこれは? 霧……いきなり霧が……」
城を守る守衛の声がする。花霧はかまわず進む。じりじりと額に汗を浮かばせながら息を殺し進む清。それはまるで命の綱を間違いのないように進む綱渡りのようだった。
「根子、根音いるかい?」
花霧が声を掛けた。
「もちろん、ここにいるよ」
「私も……ここに……」
根音と根子がどこからと声を返した。二人の姿は霞んで見えない。
「花根孖どもよ。すまぬが、暫くの間、行く手に潜む者共の影に寄り添い、根を張らしておくれ。清さまの道を作ってともれ」
「任せてよ……」
「清さま……先を急いで。私たちが道を作ります」
根音と根子は双子の花護人、花根孖。瞬時に二人が進む道のりに先回りし、守衛どもの影に根を張らせ一時動きを封じる。
「なっ、これは……」
「動けぬ……それにあれはなんだ? 曲者? しかし……誰か! 誰か動ける者はおらぬか……」
守衛どもの目に映るは幽世を彷徨う物の怪のよう。幻の如く揺らめく姿に向かおうも足留めされ動けずにいた。それは金縛りの如くであり、その光景に畏怖した。
「清さま……一気に行きます……導いた先、そこにおります花紋様を持った者との対峙……任せましたぞ」
清は黙って頷く。
「導くは我が使命。花仕舞師の名にかけて……」
清らは花紋様を持つ者、現路の元に急いだ。目指す場所は奥まった本丸の一室。そこに現路がいる。混乱する守衛を尻目に花霧を先頭に清は駆け抜けた。
「これは……一歩間違えば私は罪人。捕らえられ処罰され、死に晒される……姉さま……姉さまはこの瞬間を喜ばれて進まれたのであろうか?」
まるで清は死と背中合わせの瞬間を喜ぶかのように進んでいた。
清はその死に行くことを望むかのように笑みを浮かべていた。




