57話
「どのようにして……忍びこまれた?」
現路は戸惑う。花雫は主を人であると伝えてきた。だとしたらこの城に出入りは不可能に近い。ましてや囚われた身の現路に謁見することなど尚更。
「花雫が時を歪めておりますので現路殿の元まで辿り着くのは容易きこと……花雫が人に見えますか? 物の怪の類いとおっしゃったじゃないですか? ほんに人が悪い……」
煽り出す静。
「そんなことは……しかし、何をしにここに……処罰される男になに用ぞっ!?」
静の物静かな口調に人以上のものを感じ始める現路。
「現路殿は生命力がほんにお強い……しかし、花紋様はしっかと左手の甲に刻まれてます……見えないでしょうが……」
「花紋様? なんだ、それは……」
焦る現路に静は見つめながら答える。
「それは死期を知らせる、決して人が抗うことのできない枯れた花を描く模様の痣……それが花紋様でございます」
「そんなもの……この左手には……」
見よと言わんばかりに現路は左手を差し出す。
「現路殿……見えるか見えぬかは問題ありません……死期を悟っているかいないか? すでに処罰される身と理解されておられる……ただ拭いきれない未練を残して……その時を待たれておられる」
「未練……この世に未練など……お仕えする君主なき今……未練など……忠義をなくした者に未練など……」
「その未練を認めぬこと……それは『妄』。誠意は時に妄信や歪んだ信念へと変える。忠の裏にある盲目的な従順や思い込み……危険性の象徴……現路殿はその真っ只中におられる」
強い言葉で言い放つ静。
「『妄』だと? それがしは我の忠義が『妄』と申すか!?」
怒りが込み上げる現路。ふっと笑みを溢し静はまるでボロボロの欠けた怒りの刃を振り下ろす現路を軽くいなし立ち上がる。
「そうです……『忠義』となんぞ? 現路殿は『忠』に生きてこられた。それこそ真の侍。しかしながら、それを喪うと惑う。人は弱気者なり。何かにすがる者ほど喪えば崩れます」
静は近づき現路の耳元で囁いた。
「今の現路殿は『妄』に取り憑かれております」
「──!? 断じてそんなことはない……断じて……」
認めることは武士としての恥と捉える現路。いかなる時も揺るぐことなく『忠』を尽くした現路。しかし、それがこうも簡単に揺るがされることに怒りに拳を振るわせた。しかし、その怒りは静に向けるのではなく、揺らいだ己の『忠』の心にだった。
「花紋様は確実なものです。死期は近い。今一度、考えてみなされ……そして答えは処罰されるその時、私は舞いそしてもう一人愚か者の妹も舞うでしょう……信念の揺らぐ者は……『妄』でございます。ゆめゆめ忘れることのないよう……」
静は現路に背を向け、幻のように去っていく。現路は拳を畳に叩きつけた。
「忠義とはなんぞっ!?」
己の心に深く突き刺さった詞の刃は抜けずにいた現路だった。




