56話
弌水現路は静かな畳敷きの部屋に座す。物音は襖越しに時折聴こえる見張りの微かな動き、咳払い。窓には格子がはめられ、救いのない陽の光がわずか、そしてぬるく身体を撫でる空気の流れ。直垂を纏っている。言葉を口にすることもない。
現路は出された茶をすすりながら、忠義を尽くした主君赤間匠盛に想いを馳せていた。
最期まで刃を振るった。匠盛を護るため。全身を血染めた鎧、幾人を斬っただろうか。歯こぼれした刃では情けをかけることもできず切り裂いた肉はズタズタだったろうと思う。しかし、それが侍。忠義はここにある。現路は自らの胸に手をあてた。
一瞬の隙だった。敵の矢が匠盛を貫いた。我が見た姿はその後、討ち取られ首を掲げられた姿だった。その後の記憶は途切れ途切れ。匠盛の元に辿りつくこともできず取り押さえられた。自害する機さえ喪われた。
「我の忠義はどこへ……」
手のひらを広げ、漂う風を受け止めることができないないように、現路は自らの忠義を拾うことは、叶わなかった。
「怨みを晴らす……それは忠義か? もし、討ち取ったとして何を心に残される? わからない……」
格子状に木材を組まれた格天井の格縁から雫が垂れてきた。
ぽたり──ぽたり──
「これはいかに? 雨漏り?」
格子越しに外を眺める。
「いや、雨など降っておらぬ……しかし……」
物音を立てぬが如く雫は落ちてくる。水溜まりが形成されると不思議なことに水溜まりが揺らぐ。
「なんとした?」
風に靡くように水溜まりが揺らぎ、現路は幽世に迷い込んだような気配に身を囚われた。
水溜まりは浮かびあがり人の形をなしていく。透き通るような青い衣。そして揺らぐ髪と潤んだ瞳。そこは異人とも思わせるような青く澄んでいた。
「誰ぞ? お主は……」
「我が名は花雫。時は歪んでおります。ご遠慮なく声を出して頂いてもかまいませぬ。見張りには聴こえませぬ。我が主が是非、現路殿と話したいと申しております」
「物の怪の類いか……」
現路は身を護るものを取り上げられ、持ち合わせていなかったが流石、身構える姿は侍。
「物の怪ですか? 人非らざる者をそう呼ぶならばそうかも知れませぬ。我らは主に遣える花傀儡。しかしながら主は人でございます。花仕舞師。人の未練を昇華させあの世へ仕舞う役目を司る者でございます」
襖がゆっくり開く。
「お初にお目にかかります。この花雫の主、宿静にてございます」
静は座し三つ指をつき頭を伏せ、忠義を重んじた誉れある現路に礼を尽くし、仕舞いの幕が静かに、そして動を待つかの如く開き始めた。




