49話
「ここでございます。清さま」
根子が案内した場所は『孤風医学庵』。
「これは……姉さまの香り……」
清は微かに漂う香りに懐かしさを滲ませ笑みが溢れそうになる。静の顔が浮かんだ刹那、憎しみが込み上げてくる。
──違う、この香りは懐かしさなんかじゃない。憎悪の香りだ──
冷たい表情で父君、母君に狂気の刃を突き立て命を奪い、花仕舞師の称号欲しさに、実の妹の胸を貫いたその穢れた姉の愚行。それ以前の記憶を搔き消すほどの憎悪。ぎりりと唇を噛み、拳を握り締める。
「清さま……ここに静さまが来てたと思う……」
根音も察し、清に声をかけた。
「わかってます。私の行き先には姉さまの影がある。何をしたいのか……私を仕舞い、称号を取り戻したいのか……」
「清さま……」
不安げに根子が見上げる。
「行きましょう……答えはそこにしかない……そして舞師として本文も見失わないためにも……花紋様の痣がある者を導くために」
清たちは門をくぐる。
「ごめんくださいまし……ごめんくださいまし……」
清が声をあげると静かに丸眼鏡の色白の男が出てきた。
「これはいかがされましたか? こんな場所に……」
清は左手の甲をちらりと確認する。手の甲には花紋様の痣が滲み出ている。しかし、これまでに見たどの花紋様とも違う、異質な気配がした。形はあるのだか、まるで墨を水面に垂らしたように水墨模様にぼやけている。
「根音、根子……あの痣……何か異質ではござらんか?」
「はい……あれは不思議な紋様です。何故? ……まさか、静さまと関係が……」
根子も異質と感じとったようだ。
「私も……そう思う……」
清がそっと答えた。
「──? いかがされましたか? 私の左手がどうか……」
丸眼鏡の男は左手の甲を擦る。
「いや、手前は清、宿清と申します。そしてこちらに控えるは根音と根子。私どもある使命を持って旅をしております」
「使命の旅? それは穏やかではありませんな……」
──この方が清殿。静殿とはまた違った魅力をお持ちだ。しかしながら、なぜこの二人は一筋縄では解けぬものをお持ちなのだ……?──
「私は孤風と申します。長旅お疲れでしょう。ここは医術にも精通しております。疲れを癒されては?」
男は花識とは名乗らず孤風と名乗り、清たちを快く受け入れる振りをした。
──静殿の施しを先ずは全うせねばな──
花識は心の中で呟いた。
花識は部屋へと案内する。そこは静たちが療養していた。
「ゆっくり話すにはここしか空いておりませぬ。先ずは所用がございますにて、ここでお待ちいただければと思います」
花識は一度席を立つ。静の香りに包まれた部屋に通され、清は顔を露骨にしかめた。すでに心は嫌悪感で溢れそうになっていた。




