45話
「そして……先生……。申し上げにくいのですが……左手の甲に花紋様の痣が浮かんでおります」
孤風は、静の言葉に導かれるように自身の甲を見た。
「見たところ何もありませんが……」
「そうです……それは花仕舞師のみ見ることができる能力……それは先生の灯火が消えることを意味しております。この能力も見えないが故、恐れられる原因のひとつです」
孤風は笑った。
「真実を知れば、好奇心は沸いてくる。しかしながらその溢れる好奇心を入れる器がもうもたないとはなんたる皮肉……」
孤風は静の詞に抗うこともなく着物の裾をぎゅっと握り締めた。震えているがそれは死への恐怖ではなく、智を蓄えることなできない虚しさゆえ。
「先生……そろそろ……」
静はそっと線香花火を取り出す。
「これから灯すこの花火は先生の命を示すものです」
静は線香花火を携えすっと立ち上がり、側に控える花化従に言葉をかける。
孤風はぐっと息を呑む。左手の甲がじんわりと熱くなるのを感じた。そして、その瞬間身体中から力が抜け、息苦しくなり身体が痺れだした。意識が遠くなりそうだ。
「なるほど……話を聞いたせいでまめやかに受け止める自分がいる」
孤風は目を閉じた。
──このままでいいのか──? このまま消えるか……いや、まだ私は……しかし、後悔という言葉を残さず違う道を選ぶことができるか?───
孤風は心の中で自問自答を繰り返す。
「先生……もうじき、我の愚妹が、先生を尋ねにくる。我が愚妹も先生を安らかに仕舞うために……。しかし……」
耳元で微かに静は囁いた。
「なんだって!? それは……どういう……?」
孤風は目を見開き焦るように尋ねる。
「……だからその出来損ないに舞うことはさせられないのです……」
孤風に届いたその言葉は孤風の身体中を巡る血液を沸かせた。ざわめく。心がまだ、諦めを覚えきれない。
──まだ、静殿はすべての真実を話していない……知りたい、知りたい、まだこの身をこのまま委ねさせたくない。もし、永遠の詞があるのなら犠牲にしても縋りたい……永遠……それは『半死』になれば──
孤風の魂が恐ろしきことを考え始める。
「いざ、仇花霊々の舞にて候。花傀儡筆頭、花化従、此れに──」
面を着けた花化従が線香花火に息を吹き掛け火を灯す。
「あれが私の灯火……なんと儚い、淡い炎……」
しかし、言葉とは裏腹に力が漲るのを感じる孤風。
──私にその覚悟があるか……?──
仇花灯の籠の番人左手が突如闇の中から現れ静から花火を受け取った。刻刻と舞の儀が整う。静が息を吸い込み、花現身の言葉を唱えようとする。
「先生……ここから、ここからは舞を止める訳にはいきません……これが絵姿に描かれた本当の姿です」
静が孤風に舞の始まりを粛々と伝えた。
──道は霞み、迷いの中に、囚われし心は彷徨う。何もかも見えぬ夜の底──
誰にも止めてはならぬ舞が始まった。




