43話
「静殿……まだいらっしゃいますか?」
障子越しでもわかるほど、息づかいが荒い。
「どうぞ……孤風先生……こちらにおりますが」
「失礼します。静殿……実は……!? えっ……これは……」
障子を開け、部屋を覗き込んだ孤風だが、異様な世界に顔をしかめる。脇に抱えた書物を落とす。それは『花死奇談』──。折本形式で綴られた書物は孤風の脇から溢れ、まるで『見よ!』と言わんばかりに開いた。そこには絵姿が描かれ舞を披露する女性の姿。題目に『死を招く使者』と記され物の怪として描かれている。それが今、静となぜか重なる。この孤風庵に運び込まれた時とは別人であり、艶やかな黒髪が靡き、身に纏う衣はまるで死を招くように孤風に向かいゆらりゆらりと揺らいでいる。死を招く使者が、花死奇談の御伽の異世界から飛び出してきたのだろうか。それは迷い込んだ幽世の踏み込んではならない世界か、なんとかこの光景を、今ある知識をすべて活用し、解を導きだそうとする孤風。しかし、それは孤風のありとあらゆる知識を凌駕している。そしてそのなんとも形容し難い世界をさらに色づかせたのは先ほど挨拶にきた女だ。言葉遣いが遊廓を思わせたが、そこにはっきりと絢爛豪華な花魁姿で鮮やかである。命を吸い込みそうなその瞳。手には不気味な無表情の面を携え立っている。その面で命を断ち切ろうと構えているようだ。
先ほどの言葉を思い出し、心を無理矢理、降れさせられた。
──『当の静さまがおっしゃるのであれば……それはわちきらにとってそうなのでありんす』──
「これは……いかに……静殿? 何をなさろうと……そなた、もしや物の怪か!? まさか……」
戸惑いを隠せない孤風。理の通るものを真としてきた男は──信念ごと覆ろうとしていた。
「いかがされましたか? 先生……我を物の怪とは……。それに、それは……」
静は落ちた書物に目線を向けた。
「『花死奇談』ですか……? 花紋様を浮かび上がらせた先生がそれを持っていらっしゃるとは……不思議な縁とはやはり、あるものですね」
「花紋様? 不思議な縁……それにこの『花死奇談』とは……?」
鬼気迫る圧迫された空間に孤風は矢継ぎ早に尋ねる。
「いいでしょう……お答えしましょう、先生。しかしながらそれは先生の今までの『智』を壊すことになりますが……」
静は眉ひとつ動かさず答えた。
「かまわぬ……それが新たな『智』となるならば……」
孤風は揺るぎなく応えた。
異様な風が収まると静はすっと孤風の前に座した。恐ろしくもあり、艶やかでもあるその黒髪の女にじわりと孤風の額には汗が滲んでいた。




