37話
「どうですか? ご気分は……?」
丸眼鏡をかけた男が優しく語りかける。
陽の光が障子越しに滲む。風がゆるやかに流れ、花の香りが微かに混ざる。しかし、女は背を向けたまま、遠くを見据えるだけだった。
「先生、あちきらには、どうかかまわないで頂きたくありんす。静さまは、あちきが看ているでありんす……。ただ、先生には……ほんに感謝してござりんす」
療養して横になる女。その側で、黒髪を艶やかに垂らした女が、静かに口を開いた。廓言葉の柔らかな響きの奥には、主と従者の繋がりに距離を置こうとする意志が秘められている。
男は微笑を崩さず、静かに頷く。
「いや、私は大したことはしていない。そうですか……私はいつも部屋におりますので、何かあればいつでも声をかけてください」
静かに引戸を閉じ、足音をひそめながら遠ざかる。
「しかし、あの女の痛みは……どこからきている? 不思議と、身体に異変は見当たらない……今の漢方や蘭方医術の限界か……未だ解かれぬ病なのか……」
男は頭を掻き、己の未熟さに頭を垂れた。
清が零闇を仕舞ってから、一ヶ月。
静は遠くからその様子を見守っていたが、突如、吐血し、動けなくなった。
花化従をはじめとする花傀儡たちは、彼女を担ぎ、医学館の門を叩いた。
看板には──『孤風医学庵』と刻まれていた。
ドンドン──ドンドン──
「開けておくんなまし……開けておくんなまし……!」
花化従が焦燥に駆られ、門を激しく叩く。
静の従者である花傀儡たちは舞を補助し、魂を導く存在であり、人の病を癒す術を持たない。それは清の従者である花護人も同様である。
中には花徒影は影に潜り、偵察などを担うことはあるが、治療の力はない。花雫の雫衣は痛みを和らげる効果こそあれ、癒しにはほど遠い。
つまり、彼女たちには静を救う術がない。
だからこそ、彼らが持たぬ力を求め、医学館の門を叩くのは必然。そしてその叩音は、必死の願いを受け取るように門内へと吸い込まれていく──。
門が重苦しく開く。そこには、丸眼鏡をかけた痩せこけた男が顔を覗かせた。
「いかがされた……? そんなに慌てて……」
「先生でありんすか? 静さまが……静さまが……」
花化従は取り乱し、声を荒げる。
「静さま……?」
仇花灯の籠の番人左手に抱えられた静が口から鮮血を滴らせ、意識を失っている。
「この方が……静さまでございますか?」
男は振り向き、花化従に問う。
「頼むでありんす……頼むでありんす……静さまの命を、どうか守って頂きたいでありんす……!」
花化従は丸眼鏡の襟をぐしゃりと掴み、自らの爪が肉に食い込むほどに握りしめた。それはいついかなる時も冷静沈着な姿はなかった。




