31話
軋む床。歩く度に湿った感触さえ漂う。奥に進むと、たんころに小さな火が灯されている。壺状の容器の中央に芯立てが、か細くジリジリと音を立てている。そしてその明かりに照らされ零闇が待っていた。零闇は微動だにせぬ。その影が灯りに滲み、歪んだ輪郭を作り出していた。
「怖くはないのですか? 清殿……なんの躊躇いも見えませぬが……」
清はそのまま床に膝をつき凛と背筋を伸ばし座る。
「怖さ……何ゆえに?」
零闇はその言葉に違和感を覚えながら言葉を続けた。
「私の視えぬ目に映る清殿は人として、何かが足りないと感じるのは手前の勘違いでございましょうか? いや……これは確かなものとしてそこにある……私の前に座る清殿から感じるものは憎しみと悦に浸る喜びだけ。なぜか悲しみや痛みといったものは感じませぬ。そして、決定的に感じるものは死に対しての恐怖……それは、死に対してまるで望んでいるかのように感じますのじゃ……」
清は目を瞑る。閉じたまぶたの裏側で、零闇の言葉が、まるで深く静かな水に落とされた雫のように清の心へと沈み込み、じわりと染み込んでいく。
──欠けている? 死を望んでいる? 私が……──
「いや、そのようなことは決して……ございませぬ」
たんころの少しだけ強く炎が揺らめいていた。背後にいる根音と根子には思い当たる節がある。お雪さまを仕舞うときも自らの舞の失敗に自身の身体のことなど考えずに行動を起こそうとした時もそう、灰音郷の崖の道から足を踏みはずとうとした時も、そしてこの今にも崩れそうな本堂に躊躇いもなく……。清の行動は間違いなく恐れを知らない。
「断じてそのようなことはありませぬ」
断ちきるように清は念を押した。
「そうでございますか……それはまだ、認める時期ではないのかも知れませんな……」
零闇は清の認めぬ強い意思を軽くいなした。たんころの明かりはまた静かな炎に変わる。
「それは憎しみが勝っているから……でしょうか? そう静殿への……」
零闇がその名を口にした瞬間、清の瞳の奥で、まるで灯が消えたような暗い光が揺らぐ。そして、次の瞬間──たんころの炎と共にそれが燃え上がった。 炎の渦巻きが清の全身に駆け巡る。
「なぜその名を……?」
冷静に応対していた清の目が一瞬で変わる。まるで本堂に火を放たれたような錯覚を零闇は感じた。清は、知らぬうちに拳を握っていた。爪が掌に食い込み血が滲んでも、その痛みを認識していない。
「わかります……あまりにもその感情が滲み出ている。目に見えぬからこそよけいに……」
冷たくじめついた本堂のはずなのに零闇の額には汗がうっすらと流れていた。冷たいはずの空気の中で、それは炎の熱ではなく──清の感情がこの場を支配していた。冷静な零闇は一瞬その場を立ち去りたいと願った。
──本当に静殿は恐ろしき願い事を頼まれたものだ……恐ろしきは清殿か、それとも静殿か……──




