30話
「すでにこの本堂も持たぬようだ、崩れかけている……。あまりにも『傲』にあてられたか……時に清殿、そなたこの本堂の中で手前と語り合うことができますかな? いずれ倒壊するやもしれぬこの本堂。手前は客人としてこのように立ち話をするわけにはいかないと感じております。それが手前の考える『礼』と考えておりますが……」
そう言い残すと零闇は杖をつきながら、確かな足取りで本堂に消えていく。杖をつく音が静寂の闇へと溶ける。『礼』の中に何かが宿る──彼の背が闇に消えた瞬間、梁がわずかに軋んだ。まるでそこに宿命が染み渡るかのように。梁が軋む音は、ただの老朽ではない……まるで、見届けるものがそこにあるかのような響き、そして『礼』を刻む者の見え隠れする『傲』でもあるようだ。
零闇の杖の音と梁の軋む音は清にだけは招く声に聞こえた。杖の音が、ただ響くだけではない。まるで清を呼び込むかのように、彼女の鼓膜に染み込んでいく。清は何も言わず覚悟を決めるかのように地面を蹴り進み始める。それは覚悟と言うより、死ぬことを恐れていないように、むしろ受け入れたいと言わんばかりの表情だ。安らかな顔で向かおうとする。
「いけませぬ、清さま……ご覧の通り、今にも崩れそうです。もし本堂内で舞えば間違いなくあの本堂は倒壊します。私どもは人外との花護人として構いませぬが、清さまは人の子。倒壊あってはいくら清さまとて無事ではすみませぬ。ここは零闇殿を説得して、本堂外で……」
根子が清を引き留めた。もちろん根音も袖にしがみついたまま離そうとはしない。
「ダメだ……清さま……清さまを護る身としていかせられねぇ」
「何を怖れるのです……あの場所で零闇殿は『礼』を尽くそうとされている。ならば私はそれに応えるまで……」
清は二人の手をそっと優しく振りほどく。迷いもない。震えもしない。逆に清の目はあの倒壊寸前の中に何かを見ている。二人は『礼を尽くす』と言う言葉の裏に何か違うものを感じていた。
「それに倒壊して舞をやめてしまえば零闇殿は半死に……」
清はぴくりと眉を動かしたが強く言い放つ。
「例え何があっても舞はやめませぬ。……あの姉さまとは違うのですよ……」
静のことを思い出すと、また怒りの炎が舞い上がる清。そして清は二人の制止を振り切り本堂に向かった。
根音と根子は目を合わせ、頷き清の後を追いかけた。それは崩壊へと至るものなのか? なんなのかわからぬまま……。




