7 その本質は
サラは不思議だった。
きっと、サラにこの話を持ちかけたハリスもそうだろう。
ゲイル村の事件が『黒靄の夢魔』の仕業である確証はなかった。にもかかわらず、ふたりとも同一の魔物を思い浮かべた。相似点があり過ぎたために。
いっぽう、違うとも思えた。
今回の事件が新たな黒靄の仕業として、なぜターナー兄弟が狙われたのか?
その必然性がわからなかった。
ウィルとエリオットは、サラのような莫大な魔力や膂力を有していたわけではない。
ごくふつうの職人たちなのに。
けれど、現場となった工房を見て、村長宅で村の生業について聞かせてもらい、じっさいに他の職人たちの作品も眺めて、落ち着いて観察すると気がついた。
――ふつうではない。
兄弟の作品と窯には、魔法を抜きには語れない要素がある。
簡易の結界を村全体に張ったサラは小屋に戻り、片腕で男児を抱いたまま冷えた窯の上部に触れた。
なんとなく、敬語で話したい気分に駆られて。
◆◇◆
「レンガ窯は村長殿の家の庭にもありました。いろいろと聞きましたよ。陶器は完成までに二度の『火入れ』が必要だそうですね。どちらも一晩から一昼夜、炎を絶やせない」
「……そうだよ。でも、うちだって薪を使ってる。一緒だ」
「条件が同じでも焼き上がりが違うんです。ほら」
「……」
サラは壁際の棚を見渡し、とくに目を引く品を取り出した。
こってりとした濃紺と乳白色の境を彩る濃淡は、ところどころ紫や朱をまぶした銀砂が散る。まるで雲間に滲む夜明けのよう。
こういった唯一の風合いは、おおむね焼き加減によるとアズリオは言った。
また、兄弟の器には陶器としては稀な薄さと繊細さがあった。多くの貴族のテーブルを飾る高級磁器ほどではないにせよ、風合いの素朴さと意匠の華やかさの両立は独創的。個性的である。
「私は素人なので、詳しいことは知りませんが、土の配合がオリジナルにしても、鍵を握るのは窯の温度と焼きむらをなくすこと――ですよね? 村長殿の家の庭にもありました。村の共用窯がふたつ」
「…………」
「火入れは素焼きで一晩。仕上げは半日以上。そのあいだ村人が数人ずつ交代で番をすると聞きました」
「そうだよ。でも、おれだって……」
「あなたがたは違う。兄弟だけの窯を使っている。同じスペックの窯で仕上がりがこうも違うのは――そして、あなたとエリオットさんの火の番で差が生じないのは。ふたりが無意識に魔法を使っていたと考えるのが妥当です。主に高熱や温度保持の」
「……!」
ぎゅっと唇を引き結んだウィルは、咎めを受けたかのような顔をした。
――わかる気がする。
知識や記憶はそのままでありながら、年齢の影響からは逃れられない。体の幼さに引きずられ、感情をうまくコントロールできないのだろう。
ほろりと笑んだサラは、そっとウィルを剥き出しの土間に下ろした。
ウイルは、泣き出しそうな瞳でサラと、サラが持つ器を交互に見つめている。
「……魔法は……あったかもしれない。村の窯と、うちの窯で燃え方が違うのは気づいてた。でも、呪文なんかないし、説明はできない。配合だって教えられない。エリオットとの秘密だから」
「いいですよ。あなたが大事に覚えていてください」
「けどっ……、だめなんだ。こんな体になって、誰もおれをわからなくて。エッ、エリオットも消えて。……つくりたいのに、つくれない。手が、足がこんなにちいさくて弱いんだ。土も触らせてもらえない。こんなのおれじゃないよ。戻りたい――――!!」
ワァッ、と泣き出すかに見えたウィルは、けれど耐えた。くしゃくしゃの顔でサラに尋ねる。
「……あんた。それ、好き?」
「ええ。買い手がないなら買い受けたいわ」
「いい目をしてる。それさ、エリオットが焼いたやつではいちばんいい出来なんだ。本人は認めなかったけど」
「そう……」
サラは手のなかの器を角度を変えて眺め、つやつやとした色合いとあたたかな質感を堪能してから棚に戻した。
すっぽりと両手に納まるすり鉢状の直線がうつくしく、底の磨きも丁寧だった。欲しいと感じたのは嘘ではない。
――よし、と奮起して振り返る。
「決めた。あなたも、エリオットさんも助けてあげたいわ。頑張ってくるわね」
◆◇◆
「サラさんって、本当にお人好しだよね」
「そう?」
昨日と同じ山道をたどる。
サラは、後ろをついてくるディエルの呆れたような声音に聞き返した。「そうだよ」と、間髪入れず返事が来る。
サラは、手にした予備の魔石――ウィルの魔力を流し込んだもの――を媒介に、昨日わずかな反応がみられた地点をめざした。
三日目にここを探索した、フォアロード辺境伯軍の兵士たちがついぞ行けなかった場所だ。
朝食後、村長のアズリオにも確認した。村の水源となる川の上流に滝つぼがあるという。
ちょっとした洞窟があるらしいので、予想に外れはないだろう。
――――――
じょじょに水音が近づいてくる。
「行くわよ。護符代わりの結界は任せて」
「了解っ!」
適性はともなく、なりゆきで臨時パーティを組んだ青年は元気だ。根っこがどうしようもなく冒険者なのか。
ディエルは油断なく備えながら足を速め、サラを追い越した。




