6 砕けた欠片
「エリオットは、いい器を焼くんだ。本当は、かなわないとわかってる」
チャリ、と足元の破片をちいさな靴が踏みしめる。
どこからか寒々と風が吹き抜ける。
朝もやの薄明が埃を白く浮かび上がらせる。
無人と化した工房兼住居で、まだ四歳になっていなさそうな男児が大人びた口調で告げた。
◆◇◆
着いた初日に魔物討伐のあらかたを終えたサラとディエルは、村長宅でたいそう歓待を受けた。
どこも平屋の集落内で、ここだけが二階建て。木と石と漆喰を使ったきちんとした家屋であり、有事の際は兵舎として供されるという。おかげで管理は行き届き、部屋はいくつもあった。
ひと仕事やってのけた冒険者のふたり組は、就寝にはそのうち、ふたつを貸与されたことになる。
村長も奥方も、口には出さないが食卓ではウィルを扱いかねており、いなくなった兄弟の生還を諦めているようだった。
そのため、一泊すればノルヴァに帰るとばかり思っていた冒険者の片割れ――不思議な色合いの髪の美少女――が、「明日はウィル君に話を聞きたい」と言い出したときは夫妻で揃って驚いた。
アズリオはもちろん「どうぞ」としか言えなかったのだが。
翌朝、大人たちの会話を理解していたウィルは、きちんと身支度を済ませて待っていた。
三名は、早起きの奥方に断りを入れてから朝食前の散歩に赴いた。
砂利道を自分で歩くと主張する幼児をむりやり抱えたディエルは、にこにこと「あー、この画っていいかも。アルゼさんに見せたい」などと軽口を叩いた。
サラは無言で流したけれど。
(……んんん……。若いうちに所帯を構えたいなら、やっぱり辺境伯軍に斡旋したほうがいいのかしら。引く手あまただろうし)
憧れの女性の胸のうちが、ひたすら純粋な世話焼きで満たされていたことをディエルは知らない。知らぬままに不屈の精神を養っていた。明るさは、もはや貴重な固有スキルかもしれない。
それはさておき、到着した小屋に降り立ったウィルは、ぽつぽつと語り出した。
――かつての自分たちと、『あのとき』何があったかを。
◆◇◆
「ちょうど新作が焼き上がったところでさ。あのときも、喧嘩した。些細なことだったなぁ……」
「あのとき?」
「夕飯前だった。ふたりとも、腹が減ってたのかな。カリカリして――だって、あいつったら、せっかくの器を『違う』とかって。じゃんじゃん割るんだぜ。信じられる?」
「おお……」
「豪快ね。もったいないとは思うわ」
「だろー!?」
我が意を得たり、とほくそ笑む見た目は三歳児。
が、擦れた勢いは続かなかった。しょんぼりと肩を落とす。
「飯も作らずさ、日も暮れるってのに。『土採ってくる』って。さすがのおれも『ばかかよ』って罵った。窯から目を離して名前を呼んだ。止めるつもりだったんだ。そしたら急に――消えたように見えた。上着だけ、出入り口にバサッと。でも、その後も足音は聞こえたから」
再現してくれているのだろう。窯の前でしゃがんだウィルは、ちいさな体を精一杯に伸び上がらせた。
窯の向こうの戸板を、必死に視界に納めるために。
いたたまれなくなったサラは「大切な弟さんね」と呟く。気を利かせたディエルは、エリオットの消失地点と思わしき薪割り台の辺りへ移動した。
「外に出て、一、二……三歩ってとこですかね。崩れた石垣までは六歩くらい。残りの服は見つからなかったんスよね」
「ええ」
サラは思案した。
昨日、山中で発見したのはエリオットの衣服ではない。
神聖魔法では消えなかった闇だ。
主体が影でありながら、どこまでも生気に似た輝きを宿す。輝きは転じて闇色をなす。
生気と呼んでいいのかもわからない。
生きた時間そのものを魔力に置き換えて吸われるのだから。
奪われた証に、被害者は色を塗り替えられる。
髪を黒に。
――瞳もやがて。
「黒靄の夢魔。まだいたなんて」
「……冒険者さん?」
「いえ。ウィル、く……ウィルさん」
「! はい」
おそらく、初めて自分を『ウィル・ターナー』と認めてもらえた喜びゆえだろう。ウィルは、パッと顔を上げて水色の瞳を輝かせた。
サラは、その色が昨日よりも灰色に近づいていないことを確認する。
ホッと視線を寛がせ、膝をついて目線を合わせた。
「落ち着いて聞いてね。おそらく、あなたと、あなたの弟さんは」
――――と、そのとき。
小屋の外で朝日が翳る。曇ったからではない、意志持つ闇が渦巻いた。
熱を伴うそれは壁を外側から炙り、じゅうといやな音と煙を出させる。
次いでディエルの声。
「くっ……そ!! 何だよこれ!?!?」
パァン! と、硬質なものが砕けた。
サラはウィルを抱え、即座に動いた。
「ディエル、やられた!?」
「や…………っ、られてない!!!! 何なの、サラさん!? まじで!!」
「よかったわ無事で」
「よくない! 割れたよ。護符……せっかくくれたのに」
「でしょうね。見せて」
幸い護符は、ディエルを守るついでに壁の火も消し止めた。闇の気配も残り香程度。つかつかとディエルに歩み寄ったサラは、ぐいっとペンダントにした鎖をたぐった。
「っ」
至近距離のサラの額にディエルが息を呑む。
サラの手のひらに、月長石に似た輝きはなかった。粉々である。
「お手柄ね。ありがとう、ディエル。ここに先回りしてくれて」
「え、あ、どうも……?」
ぼんやりと返すディエルに、サラはにこりと笑む。
それから、腕のなかのウィルを見た。
「冒険者さん? 今のは」
萎縮して固まる幼児に、サラは憐憫のまなざしとなった。
「あなたたち、村長殿にも隠してることがあるのね。熱に関する魔法を――稀有な才能と言っていい。ふたりとも潜在的に持っていた。魔物は、それに目をつけたのよ」




