最初の依頼 完
安藤さんを家に送り届けた後、俺は組織所有の建物に向かっていた。
色んな名義で様々な場所に物件を買っている理由は何も商売の目的だけではない。
「むぐぐううう!ぐうっうう」
岩野は暗い部屋の中で椅子に拘束され、猿ぐつわをはめられている。
既に組織のメンバーによって拷問が加えられた後があった。
「それで被害者のデータの方はバックアップなんかがないか、ちゃんと吐かせたか?」
「はぁい、社長。私が身体に効いたから大丈夫ですよぉ。他のメンバーが消しに行ってますよ。」
白髪の白衣を着て、マスクをつけているこいつの名前は藤堂右京という。元医者で女口調だが、性別は歴とした男である。拷問好きのサディストに見えるが、拷問対象はあくまで悪人限定で、過去に自分の妻と子供を留守中に強盗目的の暴漢に殺された過去があり、悪人に対する憎悪から徹底的に復讐対象を徹底的に苦しめているらしい。
「さあどうしますか?あなたにはこの男を裁く権利がある。」
今回の依頼者の女性に対して俺は問いかける。被害者の希望があれば復讐対象を拷問している様子などを直で見られるようにしている。今回の被害者はそれを希望した。そして場合によっては自分自身で殺めると言う選択肢も尊重している。
「その猿ぐつわを外すことは出来ますか?」
被害者がその返答の代わりに質問を投げかけてきた。俺はそれに対して頷くと、右京に命じて、猿ぐつわを外させた。
この部屋はきっちりと防音対策がされてるため、あくまで苦痛に耐えかねて、舌を噛み切らないようにという配慮だ。
「私を覚えてますか?監督。」
「はぁはぁ…誰だ…助けてくれ…頼む…」
岩野は縋り付くような目で、被害者を見つめ、拷問でボロボロになった手を伸ばし、必死に助けを求めている。
被害者には一生消えない傷でも、加害者にとってはただの過去でしかなく、
復讐代行をしていて、被害者を忘れているケースは決して珍しくない。
そしてそれは例も見ずに被害者の逆鱗に触れる。
「ぐああああああぁっ!?」
右京から渡された拷問器具のハンマーを手に持ち、岩野の伸ばした手を思い切り打ち付ける。
「覚えてない…ふざけるな…」
「や、やめてくれ…あやまるから、頼む…ぐあぁあっあ」
何一つ謝罪も言い訳も聞かない。被害者の女性は岩野の身体をハンマーでめった打ちにする。ハンマーが頭に当たり、鈍い音がして、岩野はそのまま動かなくなった。
「ハァハァハァハァ…」
「ご苦労様でした。死体の処理などは私たちがしておきます。」
被害者の女性は息を整えると、ゆっくりと頭を下げ、その場から離れていった。
これで彼女の心が少しでも前に進めばいい。
復讐は何も生まないと言うやつがいるが、そんなのは温室育ちの甘ちゃんの考えだ。
これから出る被害者と今までの被害者が現にこうやって救われている。
被害者たちに必要なのはそんな薄っぺらい慰めじゃない。
「暁、これからの計画はどうなっている。」
「岩野はオンラインカジノで多額の借金をしていました。借金取りから逃げるために失踪したと言う筋書きがいいでしょう。岩野の車を運転した工作員が監視カメラに引っ掛かるようにして足取りを残しています。」
「そうか。良くやった。」
「良くやったとおっしゃるなら、黙って頭を撫でるのが宜しいかと」
「そうだな。忘れてたよ」
俺は撫でられるために差し出された頭に手を置き、優しく撫でる。
花火も暁も他の仲間ももう家族はいない。
俺は本当の父親のように、彼女たちを守ってあげなければならない。
一一一一一
「急に帰っちゃうんだもん。びっくりしたよ。咲も松前くんも」
「ごめんごめん。急用でさ」
「もういいよ。そう言えば相談があるって言ってたけど、どうしたの?」
「実はさ…私好きな人出来た…」
「え!?誰々!?教えてよ!」
今まで恋のこの字もなく、バスケにひたむきに打ち込んできた友人が、どんな人を好きになったか弥生は興味津々になり、食いつくように質問した。
「あの転校生くん…。」
「転校生くんって、松前くんのこと!?」
「うん…。」
咲は赤面になりながら、照れ臭そうに答える。
以前弥生に話していた咲の男性のタイプはシルヴェスタスタローンみたいな筋肉ムキムキのおじ様と言っていたが、全く正反対のタイプで弥生はかなり意外だった。
「タイプ全然違うじゃん。一体何がきっかけだったの?」
「うん…まあ。私が困ってた時にちょっと助けてもらって…その姿が格好良くてさ。」
「あの後、松前くんといたの?」
「あ…うん。まあたまたま会ってね。」
岩野に襲われそうになった所を助けられたとは友人にも言えず、咲は言い淀んだ。
弥生なら変な目で見ずに接してくれるだろう。
頭では分かっていても、周りに知られたくはなかったのだ。
「応援するね。咲なら絶対付き合えるよ!」
「もう気が早いよ…。でもそうなれたらいいな…。」
電話が終わり、先ほどの弥生の言葉を思い出し、咲は松前と自分が付き合っていることを想像してしまう。
(付き合ったらあんなことやこんなことも…)
「キャー!ダメ…まだ早いよ!結婚してからじゃないと」
岩野たちに襲われそうになったことは本当ならトラウマになっていたことだろう。しかし咲の頭は松前のことでいっぱいになっていて、恋は人を盲目にさせるというが、それが今回はいい方向に向いていた。
「よし!明日から早速アピールタイムだ!」