安藤咲の問題③
「監督どこに向かってるんですか?」
突然目的地も告げられず、ついて来いと言われ、練習を切り上げ、咲は岩野の車に乗っている咲。
先輩から岩野はお気に入りの選手に手をかけていると噂を聞いたことがあり、選手になりたい一心でついてきたが、冷静になってそれを思い出し、咲は少し警戒をしていた。
「俺の知り合いに有名な整体師がいてな、怪我で狂った感覚もそいつなら治せるかもしれんからな」
「あ、有難うございます!」
岩野の思わぬ提案に咲の不安は晴れた。心の中で岩野に対する不名誉なレッテルを貼ったことを謝罪する。
(監督も私のために色々してくれる。大会までに間に合わせないと)
「着いたぞここだここだ。」
車が停まった先は特に整体師がいるような医院などではなく、寂れた廃墟のような場所だった。こんな所に本当に有名な整体師なんているのだろうか。晴れた不安が元に戻る。
「何してるんだ降りろ。お前のために予約を取り付けたのに」
「わ、わかりました。」
不安もあったが、今の咲は蜘蛛の糸を掴むような思いで、チャンスに縋りついていた。
車から降り、岩野の跡をついていく。
廃墟の中に入っていくと、数人男たちがいて
何か撮影の機材のセットのようなものが置かれていた。
「監督これってどういう…」
「お、岩野ちゃーん。今回の子はベリーナイスだね。岩野ちゃんのお手つきじゃないの?」
サングラスをかけた色黒のいかにも怪しい風貌の男が近づいてきた。
「俺の好みじゃないからな。まあ報酬は弾んでくれよ」
「え、監督さっきから何を?」
咲は突然の事に動くことが出来ず、未だに今の状況を飲み込めずにいた。
「ほんっとにお前は頭悪いな。あんな貧乏な家庭の親の遺伝子だから仕方ないか。」
「お、お母さんは悪くないです!私や兄弟をを育てるために、お父さんが死んでから、一生懸命働いて!」
「そんな話はどうでもいいんだよ!」
自分の大切な母親を侮辱され、抗議の声を上げた咲の頬に岩野は平手打ちをした。
咲は小さい悲鳴をあげ、地面に倒れた。
「ちょっとちょっと!岩野ちゃん。顔はやめてよ!商品なんだから」
「悪い悪い。ついカーッとなってな。最近ギャンブルの負けが込んでイライラしてたんだ。」
岩野はポケットに手を突っ込み、気が立ったのを落ち着かせるように、タバコを咥える。
「まあちゃちゃっと終わらそうや。」
「オーケー始めちゃうわね。」
サングラスをかけた怪しい男は隣にいる筋肉質な男に目配せをすると、男は頷き、咲の元へ近付いてくる。
「やめてっ!来ないで!」
咲は必死に抵抗をするが、大人の大柄な男に叶うわけもなく、腕を抑えられ組み伏せられる。そして目隠しをされ
男はそのまま咲の制服のボタンを引きちぎり、下着に包まれた胸部を露わにさせる。
「いやぁぁぁ!誰か助けて!!」
咲の絶叫が建物内に響き、男が咲の胸に手を触れようとした瞬間、男は急に動かなくなり、倒れ込む。
「なんだ!大丈夫か!?」
サングラスの男が倒れた男の元に駆け寄ると、口から血を吐いて目を見開いた状態です男は死んでいた。よく見ると、こめかみに穴が開いていた。
それを皮切りに、周りの男たちが次から次へと倒れていく、咲は目隠しをされていて、何が起こっているのか全く分からないでいた。
それは視界が開けている岩野たちも同じで、状況が掴めず、逃げ惑っていた。
何人かは出口に向かったが、扉にたどり着く前に撃たれ、また一人また一人と地面に倒れていく、
「さて近距離戦と行こうか」
潜んでいた涼介は銃をしまい、ナイフを取り出す。そして射線が通らない男たちを手にかけていく。
「待て!助けてくれ!金ならいくらでも払う!」
サングラスの男が土下座をして、必死に命乞いをする。涼介はそれを一瞥し、ナイフで首を躊躇なく切り付ける。
「ダメだよこれお仕事だから」
サングラスの男の首から血が吹き出し、地面に倒れ込んだ。
「ヒィっ!?」
岩野は腰が抜け、必死に這いつくばりながら入り口に向かう。俺はそれを足で踏みつけ、押さえつけた。
「安心して、あんたは生かしてやる」
「ほ、本当か!?ありがとう!」
「少しの間だけね…」
「えっ…」
涼介は岩野を殴り気絶させた。そして合図をすると外に控えてる男たちが廃墟の中に入ってきて、岩野を運び出した。
遅れて入ってきた暁が涼介の元に近付いてくる。
「ご苦労様でした。後は我々が後片付けをしておきますので、安藤咲のことを頼みます。」
暁と一緒に入ってきた男たちは掃除屋と呼ばれる依頼すれば、殺しの現場だろうがなんだろうが一切の痕跡を無くしてくれる業者だ。
あれから涼介はすぐに掃除屋を手配し、GPSを頼りに暁に用意させた車で岩野を追跡していた。
「何とか間に合って良かった…」
「え、一体何がどうなって」
手袋をはずすと、それを暁に渡して、涼介は咲の元に近づく、乱れた服装を隠すように自身の制服の上着をかけ、目隠しをしたまま、咲をお姫様抱っこし、廃墟から外に出た。
そのまま暫く歩いてみると、咲がようやく冷静になり、目隠しを取った。
「ま、松前くんどうしてここに!?」
「良かった怪我はない?」
「う、うん。助けてくれたの?」
「安藤さんが車に乗せられたのを見て、何か嫌な胸騒ぎがしてさ、つけてたんだけど、隙を見て安藤さんを連れ出して、逃げてきたんだ。」
「そ、そうなんだ!本当にありがとう…。私もうダメかと思って…まさか監督が…」
「怖かったよね。もう大丈夫だよ。」
涼介が咲に笑顔を向けると、安心して緊張の糸が切れたのか、咲は涼介に抱きつき泣き始めた。
「ひっぐ…ぐす…怖かったよぉ……」
涼介は咲をそのまま抱きしめ、頭を撫でて落ち着くまで待った。
「…監督とかあそこにいた人たちは?」
「分からない。必死で逃げてきたからさ。これからどうする?」
「警察に行くべきだよね…でも私が乱暴されそうになったなんて、周りに知られたくない…」
「そうだね…とりあえず無理して言う必要はないよ。また何かあったら俺が守るから」
「う、うん。本当にありがとう。」
咲は顔を赤らめて、涼介に見惚れるようにじっと見つめていた。襲われた恐怖は既に消えかかって、今は自分が初めて感じる感情に心が支配されていた。
そう、この日この瞬間
安藤咲は初めて恋をしたのだ。




