10-10話 戦車競走
会場の外からですら、その熱狂を感じるのは容易かった。
それほどに戦車競走の会場は熱く燃え上がっていた。
具体的に言えば、プランが最近参加した街中お祭りになっていたトーナメント。
あれよりもその熱気は高かった。
熱を帯びているというよりもそれはまるで熱そのもの。
まだ試合が始まってもいないにも関わらず常に割れる様な大歓声と怒声が入り乱れ響き渡っていた。
正直ここまでとはプランは当然過去に経験のあるサリスすら予想していなかった。
「こんなに盛り上がるのですね……」
エージュはぽつりとそう言葉にした。
「うむ! まあ色々と理由はあるが、やはり好きなチームを応援出来るというのが白熱する原因となっているのだろう」
マルクの言葉にエージュは首を傾げた。
「チームですか?」
「うむ。赤、白、青、緑のチーム分けがされており、チーム毎の勝負となっておる。だから試合も四組か八組、十二組十六組と四の倍数で行うのが基本だな。二組の時も稀にあるが」
「なるほど。好きなチームを応援するからこそ観客はこの熱気と……」
「その通り。ついでに言えば賭けの方も領として公式に執り行っておる。……まあ……賭けに競技にと盛り上がりすぎて……観客同士で喧嘩や殺し合いが多発する位には熱気が渦巻いているとも」
そうマルクは苦笑しながら呟いた。
「そりゃあ……これだけ盛り上がりゃあそうなるわな。というか既に喧嘩起きてるじゃねーか」
サリスはそう呟いた。
「……どの辺りかわかるか?」
マルクの言葉にサリスは会場の左斜め前を指差した。
「……白の陣営の方か。そこの衛兵よ。白陣営に向かって騒動を止めて来い」
マルクの言葉に兵士の一人が背筋を伸ばして命令を受け、駆け足で会場の中に走っていった。
「僕達は安全な貴賓席だから安心して欲しい。……いや、市民の喧嘩に巻き込まれる心配なんて君達にしなくても良いか」
そうマルクが冗談っぽく言葉にすると、エージュはくすくす笑いながら頷いた。
「そうですわね。ハワードさん何か嬉々として喧嘩に混じりそうですし」
「おいおい否定しにくい事言うなよ。それを言うならお前の方こそ喧嘩を始めた全員に説教かましそうな癖に」
「あら? 悪い事をしたなら叱るのも貴族の生まれとしての義務では?」
そうエージュは本気か冗談かわからない事を口にした。
「あはは。皆個性的だねー本当に」
他人事の様にプランがそう言葉にすると、サリス、エージュ、マルクの三人は揃ってプランを納得いかない風にジト目で見つめた。
「……え? 何?」
「……お前が一番やばい」
サリスの言葉に、エージュマルクの二人は頷き同意した。
「私普通だし……というかやばいって何よ私何も出来ないよ?」
「いえ……プランさんは……その……喧嘩する人を洗脳してしまいそうで……」
エージュがそう口にするとプランはケラケラと笑った。
「そんな訳ないじゃん。冗談にしてもありえなさすぎるよー。ねぇ?」
そうサリスとマルクに尋ねるが……。
「いや……あながち否定出来ないぞ……」
サリスが本気でそう言葉にしているのを感じ、プランは困ったそっと空を見上げた。
「……空は、青いねぇ」
「いやプラン。それでは誤魔化しきれないからな」
マルクの鋭い追い打ちに対し、プランは耳を塞ぎ事なきを得た……つもりになった。
到着したプラン達だけしかいない豪勢な部屋、まさしく貴賓の為だけの部屋。
そのガラスの先にあるのは、競争という名前の勝負の世界だった。
二頭の馬に引かれる小さな一人乗りの戦車。
その戦車が計八台。
八人はそれぞれ服の上に、自分の所属するチームの色の布を巻いている。
そんな彼らは皆横並びになって試合が始まるのを今か今かと待ちわびていた。
観客達からの歓声は騎手に、そして馬に届いている。
力強い応援の声。
だが、そんな歓声よりも罵声の方が遥かに多かった。
四チームの内自分の応援するチーム以外の三チーム。
それらに観客は罵声や怒声を浴びせ続けている。
負けろ。
壊れろ。
死んでしまえ。
そんなシンプルな悪口から。
よくもうちのチームを裏切った。
どうしてうちのチームに来なかった。
お前が勝つところだけは見たくない。
そんな個人単位の恨み辛み、怨嗟の声が響き渡る。
だが当の選手達はそんなの慣れっこの様子でそんな声には見向きもせず試合に集中しきっていた。
「楕円のコースでおよそ六百メートル。それを計七周行う事で勝敗を決する」
そうマルクは三人に説明した。
「んー。今回は八人。四チーム各二人ずつ出てるんだよね?」
プランの言葉にマルクは首を縦に振った。
「ああ」
「んじゃ、順位とかポイントってどう計算するの?」
「シンプルだぞ。一位以外には全く価値はない。試合前は対等で、試合後は一人の勝者以外全員敗者。赤チームが二位と三位になったところで、青が一位なら栄光は青のみだ」
その言葉に、エージュが質問を出した。
「では、各二人と言う事は片方が妨害役に徹するというのもあり、と言う事でしょうか?」
そう言われ、マルクは腕を組み首を傾げた。
「うーむ……ありかなしかで言えばありだ。だが……それをするチームは限りなく少ないな」
「それはやはりそういう手段が卑怯であるからですか?」
「いや。戦車競走に卑怯という文字はない。ルールに反していない限り何でもありだ。実行しない理由は二つある。一つは同じチームであっても手を取り合う仲ではなく競い合い仲であるからだ。敵チームは純粋な敵で味方チームはライバル。そういう関係と思えば間違いないだろう」
「なるほど。ではもう一つ――いえ、その前に……ハワードさんはどこにいかれました?」
いやに静かだなと思ったエージュはサリスがこの場にいないという事実に気づき、二人にそう尋ねる。
プランとマルクの二人は顔を見合わせ揃って首を横に振った。
「……おいまさか迷子か。このスタジアムは想像以上に広い。これは探さないなと――」
そうマルクが叫んだ瞬間、ガチャっとドアが開かれサリスが戻っていた。
堂々と、当たり前の様に出かけたサリスは、広い初見の場所であっても当たり前の様に戻ってきていた。
何をしていたのか、それを聞く必要はなかった。
巨大なトレーを持ち、その上に十種類以上の食べ物を抱えたサリスを見て何をしていたのか疑問に思う人はいないだろう。
「ん? どしたそんな顔して。にしてもえらく安いじゃねーかここの食いもんは。思わずあるだけくれって言ってしまったぜ。プランとエージュは甘い奴の方が良いよな」
そう言った後サリスは飴やらパンケーキやらを二人の前に並べた。
「んでマルクは何が良い?」
「……はぁ。お主は本当に……蒸し鳥をくれ」
「ん? 蒸し鶏ってどれだ?」
「そっちの白い色の骨付きのだ」
「これか。ほれ。美味いのかそれ?」
「いや。悪い油使ってないから胃もたれしにくい」
「ほーん」
真っ白な鳥足が十本くらい入っている容器をマルクの前に置き、残った食べ物をテーブルに所せましと並べるとそのまま食べながらレースが始まるのを待ちわびた。
「……先程の話だがな」
そうマルクが言い出すと、サリスは食べながら首を傾げる。
「どれのふぁなし?」
それを見てマルクは苦笑いを浮かべた。
「食べる物が異様に安い。という話だ。祭り特価どころか普通の食事として見ても安かったであろう?」
「おう。何か理由があるのか?」
「うむ。実はな……このスタジアムの入場料は無料である」
「ほー。……それがどうして安くなるんだ? どっかで金取らないといけないんだからむしろ高くしないといけないんじゃ……」
「無料で観覧出来るという事は……金がない者であっても今この場にいるという事だ。この貴賓席を除けばの話だが、ここは平等なのだ。貧乏人も金持ちも、貴族も平民も、武官も文官も。皆が対等にただの客となれる。だから、食事の質も値段も最も金のない者に合わせておる。平等にな」
そう言われるとサリスは少しだけ理解出来た。
肉にしろ野菜にしろ質は控えめで量だけはあり、そしてパンはやたらごわつき硬かった。
「……んじゃ、この芋も……」
サリスは小さな正方形の揚げた芋を串に差しながらそう呟いた。
「使いにくい小芋を少ない油で揚げる為にそんな形状となった。出来るだけ早く揚がる様にわざと小さくもしてるな。ま、食えない物ではないだろ?」
「まな。……なるほどねぇ。俺としちゃ悪くない……いや、むしろ好ましい位だ。安い物を沢山食う。これが俺のスタイルだからな。だけどお前らは……」
サリスはプランとエージュの方をちらっと見た。
「サリス。昔私はね……この揚げ物すら出来ない様な場所で、塩だけのスープと端切れの野菜で生きていた事があるんだよ……。それに比べりゃご馳走ですとも」
そう、プランはしみじみと呟いた。
「そいやそんな事言ってたな。つか俺より貧しい生活ってどういう事だよ……まじでお前どこの生まれだ」
サリスは困惑した表情でそう呟き返した。
「実は、私もこの食事は好ましいと思っておりますわ」
エージュの言葉にサリスは僅かな驚きを見せた。
「お前が? こういう下品な飯は好みじゃなかったはずだが」
「……皆が対等というのが素晴らしいと。普段豪勢な食事を取る人すら、ここでは皆が同じ物を食べ同じ物を見て、そしてそれを食べながら皆が同じ物に夢中になる。普段分け隔てられた人達が同じ事を楽しむというのは……素晴らしいという言葉以外出てきません」
「そんな高尚な話ではないのだがな。それでも、我が領に対する賛美、ありがたく受け止めよう」
そう言葉にするマルクの顔は自分が褒められた時より何倍も嬉しそうだった。
四人でサリスの買って来た庶民の知恵がこれでもかと盛り込まれた格安料理の工夫と味を楽しんでいるその時、唐突にファンファーレが鳴り響く。
それと同時に、プラン達は空気が変わるのを感じた。
賑やかで、乱雑で、それでいて乱暴で。
そんな空気に、更に突如として張り詰めた糸の様な空気が加わる。
その張り詰め具合、息苦しさ。
それはプランが経験したトーナメントよりも更に鋭く、その空気は本当の殺し合いさながらの様だった。
「ここまでかよ……」
サリスはそう言葉にし、若干の怯えを飲み込みニヤリと笑って見せた。
「そうそう言い忘れておった。どうしてチームメイトがいて片方が妨害に徹しないかという質問のもう一つの答えだがの、午前のレースは午後よりも制約が厳しくぬるい。それでも……半数もゴールには到着しない。だからどっちかが残るという不確定要素に頼らず、二人共が本気でゴールを目指すのだ」
そうマルクが言い放った瞬間、大砲の号令と共に八組の戦車が一斉に発射される。
一瞬のうちに最高速まであがり直進するその速度。
安全の為少々離れた位置にある貴賓席からですら、その迫力は息を飲む程であった。
何が起きたのかわからない。
音と衝撃、迫力で意識が飛ぶ。
そして我に返るその前、始まってからあっという間の時間で先頭の馬車が最初のコーナーに差し掛かる。
そして……。
「ナウフラジア、と言ってな」
マルクの言葉と同時に……ガラスの向こう側で戦車が粉々に砕け、花吹雪の様に散っていた。
先頭を走っていた白の戦車が後続の赤の戦車と接触し、白の戦車は壁と赤の戦車に潰される形となりそのまま完全に破損した。
飛び散る木片と鉄片、暴れまわり観客席に突撃する二頭の馬、ボロボロになりながら必死にコース外に出る白の選手、レースを続行するものの怪我で頭から血を流す赤の選手。
はっきりいってボロボロである。
だが、それに反して観客製の盛り上がりは最高潮に達していた。
「事故により走行不能となる事を『ナウフラジア』と呼ぶ。見ての通り、最も盛り上がる瞬間でもあるな」
事故、とマルクは言葉にしたが、誰がどう見てもアレはわざとだった。
それはつまり、故意の接触が許可されていると言う事である。
そりゃあ盛り上がるだろう。
あれだけの戦車をあれだけ派手に壊すのだから楽しくない訳がない。
「……これでまだ大人しいのか……」
巻き込まれる後続を見ながらサリスはそう呟いた。
「午後の部は武器が出るからの」
その言葉には流石に予想外だったらしくサリスは目を丸くした。
最初のコーナーを皆が抜けた後、大量にいる乗馬した人達が破片を片したり落馬した人の安全を確保し出す。
結局最初のコーナーを終えただけで、既に三組の戦車がナウフラジアによりリタイアとなっていた。
残っているのは青二組と残り一組ずつ。
先頭は赤のままだが青二組は横に並走し赤の背後を虎視眈々と狙っていた。
「……これは青が有利、で良いんですわよね?」
エージュの言葉にサリスとマルクは頷いた。
「うむ。チームとしてなら青が有利だな。二人と一人、四頭と二頭。どっちが有利か考えるまでもない。その上赤は最初に仕掛けた時に怪我を負い顔に血を浴びておる。視界も塞がれておるだろう」
マルクの解説に二人はうんうんと頷き真剣な様子でレースを見つめる。
その様子を見て、プランは微笑んだ。
どうやら悲しい事に自分は三人程夢中になれそうにない。
楽しくない訳ではないのだが、どうも性に合ってない。
むしろ、サリスとマルクが少年の様な瞳で、エージュが固唾を飲んで真剣に。
そんな三人がわくわくした様子で楽しそうにしている事の方がプランには嬉しく楽しい事だった。
皆が夢中になる者に夢中になり切れない事に少々寂しい気持ちを持ちつつ、プランは笑みをこぼしながらレース片手にサリスの用意してくれた菓子を片手に掴み、口に運ぶ。
パンの中にガリっとした固い焦げの様な物が入っていた事にプランは望郷の懐かしさを思い出した。
再度、大砲の音が響き勝負は決する。
最初の予想通り青が一着、続いても青のワンツーフィニッシュで青チームの応援らしき陣営は大盛況と呼ぶ程に盛り上がり叫び声を上げ続けていた。
「……はー。思った以上だったなー。こりゃすげーわ。なあ次の試合はいつだ?」
サリスがワクワクした様子でそう声を荒げるとマルクはドヤ顔のままサリスを宥める様な手の動きを見せた。
「まあ落ち着け。試合が片付いたらすぐに次の準備が始まる。十分もかからぬよ」
「そか! 俺ちょっと賭けてくる!」
「ちょっと! お待ちなさい!」
そう、エージュはサリスに叱責するように声を荒げた。
「……何だよ。賭け事は良くないって言うのか? 良いじゃないかこういう場なんだぜ」
その言葉にエージュはいつもの真剣で、そして真面目な顔のまま口を開いた。
「いえ。私も行きますので一緒に行きましょう。その方がお互い迷子になりにくいです」
そうエージュが言葉にするとサリスは無言となり、そしてニヤリと笑った。
「お前、どこに賭けるつもりだ?」
「断然、青です。両選手とも慎重な立ち回り、その上二位三位に落ちても無理をせず勝機を逃さない粘り強さ。あれこそが馬を走らせる者の真の戦い方です」
その言葉にサリスは鼻で笑った。
「はっ。常に全力で独走を狙う赤こそ一番だろ。良し行くぞ! どっちが正しいか思い知らせてやる」
そんなサリスの言葉に何も言わないが、エージュは自分こそが正しいのにという顔をしている。
そんな二人を見てプランとマルクは揃って苦笑いを浮かべた。
そのままサリスとエージュはドアを開き、外に行こうとして……ドンっと、サリスはあるはずのない壁にぶつかった。
どうやら誰かが外にいたらしい。
ぶつかった後、サリスはその方角にぺこりと頭を下げた。
「わりぃ! 前見てなかった。大丈夫か?」
強めに当たってもびくともしなかったから大丈夫だとは思うが、一応サリスはそう尋ねる。
するとその相手は……。
「大丈夫だ。すまん。俺も慌てていた」
そう、言葉を返した。
その声に、皆聞き覚えがあった。
以前見た特徴的であったぱっつんぱっつんの服装ではなく普通の革の服をした男性。
それは依然共にパーティーを組んだマルクの従者、ガンネだった。
「ガンネか。どしたお前も見に来たのか?」
そうサリスが言葉にするが、ガンネは顔を曇らせたまま反応しなかった。
「……何もないのにガンネが僕の所に来る事はない。常にシルドの傍に立つ様命じておるからな。……つまりシルドに何かあったという事だ。ガンネ。何があった?」
そうマルクは静かに尋ねる。
すると……。
「マルク様。皆を連れてすぐにいつもの避難地に」
そう、ガンネは答えた。
どうやらシルドではなく、こちら側に問題が生じているらしい。
「……何があった?」
「ちょっとここでは言えません」
「パターンは?」
「完全にDですね。最悪としか言えません」
そのガンネの言葉にマルクは立ち上がった。
「すまん皆。すぐに移動する」
「え!? 続きは? つか食い物置いていったままじゃ……」
そうサリスが言おうとするのを、プランは真剣な眼差しで黙らせた。
「サリス、エージュ。ガンネからきっつい殺気が漏れてる。本当にまずい話っぽい」
そうプランが言うとサリスとエージュはさっきまでの遊びに夢中であった空気を切り替えプランに追従した。
「……すまん。せっかく遊びに来てくれたのに」
そうマルクは呟き、返事も聞かず急ぐ様に皆を先導し会場の外に出る。
背後で戦車競走に熱狂する観衆の叫び声が、どこか違う世界の事の様に感じられた。
ありがとうございました。




