10-11話 汚泥の様な絶望の始まり
戦車競走競技場を出てから向かった先は、裏路地だった。
競技場の、それもわざわざ貴賓席直結の隠し通路から抜け出してそのまま人込みを避けながらまっすぐ裏路地。
しかも目的地であるマルクの現住居地下とは正反対の方角にだ。
それはどう考えてもおかしい行動であり、逆に言えば道案内をするガンネはそれほどに用心しなければならない問題を抱えてここに来たという事でもあった。
「それで、一体何があったのだ?」
裏路地で先導するガンネにマルクはそう尋ねた。
「……ちょいと……俺からは何も言えなくて……」
歯切れが悪く、申し訳なさそうで、それでいて困った顔。
それはずけずけ言うタイプのガンネにしては珍しい態度だった。
「言えない? わかっているのに何も言えないと?」
その言葉にガンネは無言を貫いた。
「すまんが誰か周囲の気配とかわかるか? 追手が来てるか調べたい」
そうガンネが尋ねると、プランとエージュはサリスの方を見る。
サリスは後頭部をぼりぼりと掻いた後、きょろきょろと周囲を見渡した。
「……怪しい奴なら右後方と右前方に。後ろのは単独で何かうろちょろしてるな。前にいるのは二人で……うわ盛ってやがる……ってしかも女同士だこいつら」
サリスは頬を赤らめ顔をしかめた。
「ありゃ。そういうのサリスも照れるんだね」
プランがそう言葉にするとサリスはバツの悪そうな顔となった。
「匂いがきついんだよ」
そうサリスは吐き捨てる様に呟いた。
「サリス。他には誰もいないか?」
「いや。さっきのはあからさまに怪しい奴だけで他にもいるぞ。あと……三集団位かな俺がわかる範囲で路地裏内だと。後方に商人と列になってる客達がいるし前方の奥の方には自警団ぽい奴ら。それと左の近くに鎧を着た集団がいる。ああ、鎧の奴らはどうもこの領の兵士らしいな。そういう会話してる」
「……相変わらずとんでもない探知能力してますわね。レンジャーとかスカウト泣かせとしか言えません」
エージュは苦笑いを浮かべながらそうサリスに呟いた。
「んでガンネ、どう動くんだ?」
ガンネはそっと、右手側を指差した。
「左と、正面を避けて通る」
その言葉の真意を理解り、マルクは顔をしかめた。
それは兵士や自警団を避けるという事。
つまり……マルク達の敵は……。
「……ガンネ。まさかシルドの奴が……」
マルクは悲しそうにそう呟くが、ガンネははっきりと首を振った。
「……いえ。シルド様は皆様をお待ちですので急ぎやしょう」
ガンネの言葉にマルクはほっと安堵の息を漏らした後、困惑したような顔となった。
「シルドでないなら一体誰が……いや、一体何が起きているのだ……」
何一つ状況がわからず、焦燥感と危機感だけが高まっていく。
それが怖くて、マルクは誰も答えられない問いを呟いていた。
非常に遠回りをして兵士達に出会わない様移動し、一同はマルクの住居に到着した。
ガンネは即扉を施錠すると同時にテーブルを扉に密着される様にくっつけ、ついでに通りにくい様簡易的なバリケードを作る。
その後暖炉の隠し通路を通って地下の拠点に移動すると、ガンネはその隠し通路も塞ぎこの場所とマルクの住居を完全に遮断した。
「……そこまでするほどか」
そうマルクが呟くと、ガンネは頷いた。
「終わったら新しい住居を用意しないといけない程度には」
にっこりと笑いながらのガンネの言葉にマルクは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「それでガンネ。一体何があったの? それどシルド様はどこに?」
拠点内にシルドの姿が見えない事に対しキュリオはそう言葉にする。
それに対し、ガンネは一つの扉を指差す。
そこは、医務室だった。
ガンネはノックをしながら声をかけた。
「シルド様、今大丈夫ですかい?」
「あ、ああ……。大丈夫……」
その言葉を聞き、ガンネはドアを開き、中を見せる。
白い部屋、白い壁、白いベッド。
そのベッドの上で、シルドは赤く染まった包帯に巻かれ横になっていた。
胴体と、両腕に包帯が巻かれ、かつ尋常ではない血が染みている。
その足元に包帯が転がっている変えた後の包帯もまた血まみれであり、顔色もあからさまな程悪かった。
「シルド!」
マルクは叫びシルドの傍に駆けだした。
「……兄上。起き上がらない不作法お許しを」
「このような時まで馬鹿な事を言うな! 大丈夫なのか? 本当に大丈夫なのか!?」
その言葉に、シルドは嬉しそうに微笑み頷いた。
急に息が荒くなり頬が紅潮しだしたのは……体調が悪い所為だろう。
「大丈夫です。ですが……僕はしばらく戦えそうにないですね。血が足りないのと……他の傷はともかく……この怪我は……」
そう言ってシルドは左腕の包帯をゆっくり外す。
そこには骨にまで達している深い切り傷が残されていた。
「そうか。いやまて…………そんな馬鹿な……切り傷だと?」
マルクは何を驚愕の表情を浮かべ、そう呟いた。
「すいません。油断していなかったと言えば嘘になりますが……」
「多少の油断があってもお主が斬られるなんて早々……」
「切り傷だと、何か不味いの?」
プランはマルクとシルドにそう尋ねる。
それに対し、ガンネが変わりに答えた。
「キュリオ。シルド様の包帯を変えてやってくれ。頼む。聖水は奥に桶で用意してある。んで、シルド様が斬られた事にマルク様が驚いている理由ですよね。そりゃ単純です。マルク様がプランのお陰で覚醒した様にマルク様に触れたシルド様も覚醒しました。特にシルド様はもう……戦闘方面に顕著な成長を果たしまして、比喩でも謙遜でも嫌味でもなく、純粋な事実として、十歳程度という齢で公爵領五本指の一人となりました。俺が五人いても相手にすらならないでしょう」
「……まじか」
サリスが茫然としながらそう呟いた。
「……ちょっとピンとこないんだけど……それってどの位強いの?」
プランの言葉にエージュは少し考え込み、そして答えた。
「ヴェルキス先輩とミグさんを相手にして八割以上の勝率を保てる位は強いですわね」
「えぇ……うっそぉ……」
予想よりもやばい答えにプランは眉を顰めた。
「他の武器ならともかく……シルドがで剣で斬られたと言う事、それはつまりシルドよりも強い奴が相手であるか……またはシルドがそれほどに油断する人物であったか……いや、両方か」
そこまで言葉にするマルクは、既に下手人に心当たりがある、というよりも消去法で既に誰か検討が付いていた。
その人物には理由も動機もない。
むしろこんな事をすればマイナスでしかない。
だが……他にシルドを傷つける程の実力があり、尚且つ兵士を動かせる人間などこの領に存在していなかった。
「……シルド。きついのはわかっている。だが……済まないが事情を説明してくれ」
キュリオに包帯を変えられ顔をしかめながら、シルドは頷いた。
「あの……それは、私達は聞いても良い問題なのでしょうか?」
エージュはあからさまな程不穏な空気を察知し、そう尋ねた。
貴族であるサリスや貴族令嬢であるエージュは下手なもめごとに巻き込まれただけで公爵領の傷となるし、場合によっては公爵領のハワード領、バーナードブルー領との戦争になりかねない。
そういった考えでそう尋ねたのだが……シルドはそっと首を横に振った。
「いえ、もうそういった範囲の問題を越えてしまっています。ですので出来るなら聞いて下さい。その上で……もしよろしければ手を貸して――っ!」
急に顔を顰め、シルドは強く咳込む。
その咳の中には、鮮血が強く混じっていた。
「……俺が説明する。俺もその場にいた。というか、俺が弱い所為で、足を引っ張った所為でシルドは怪我をしたのだし、俺に償わせてくれ」
そう言って部屋の奥から姿を見せたのはクコだった。
その表情は誰が見ても、一目で悔やんでいるとわかる程落ち込んでいた
「兄上の客人である貴方を庇うのは僕の当然です。気にしないで下さい」
「その姿でそう言われて気にしない程俺は愚鈍じゃない。それに、マルクとだって俺はそこまで親しい訳では……」
「何を言うか。馬車の中で語り合った時間があった。共に同じクラスにいた。共にプランと親しい。それだけで我々は無二の友である。僕にとっては大切な弟も友であるクコも共に大切である。あまり卑下にしないでくれ」
そうマルクに言われ、クコは唇を噛みしめ、そして作り笑いを浮かべた。
「お前ら兄弟と言いプランと言い……人誑しが多いなここは。じゃ、体調の悪いシルドの代わりに説明する。マルク、ガンネ。補足があれば頼む」
その言葉に二人頷いた。
どうしてそこで自分の名前が出て来たのか、マルクはもう問いかける事すらしなかった。
「……これは謀反……という言葉は正しくないな。代わりに何と言えば良いかわからん。だから……とりあえず起きた事実だけを述べよう。シルドを斬った奴の名前はグランディール・モノ・ロスカル領主。つまり……現公爵だ」
「おい待ってくれ。公爵様って事は……二人にとって……」
サリスはそう呟き、何と言えば良いかわからず黙り込んだ。
「ああ。僕は父上に斬られた。父上は間違いなく、僕を殺すつもりで剣を振った」
そう、シルドは言葉にした。
「……もう少し詳しく話そう。シルドが公務の兼ね合いと俺の資料閲覧の許可の為に公爵の館に向かった。そこで客間にて待つ事数分、明らかに様子のおかしい公爵が現れ、突然斬りかかって来た。実力で言えば、二人の間にそこまで差はなかった様に見える。ただ……ガンネとシルドだけならともかく、俺が足手まといにしかならなかった。そして俺を庇ってシルドは負傷。そのタイミングでお茶を持って来たメイドが現れ、領主の姿を見て悲鳴をあげ、公爵の気が反れたタイミングで俺達は逃げ出した。そして情報を仕入れつつ今に至る、って感じだな」
「即席煙幕なんて良く持っていたよなクコ。本当に助かった」
ガンネはそう言ってクコに微笑みかけた。
「……試作中だったが、おかげで一つ改善点が見えた。次作る時は傷口に優しい物を作る」
そうクコは呟いた。
「そうしてくれ。流石に傷に染みたよ」
そう冗談めいて言葉にした後シルドは微笑み、起き上がってベッドから降りた。
「クコが調べてくれたおかげでわかった事がある。父上は僕だけじゃなくて兄上も……僕達兄弟を本気で殺そうとしている事だ。今その為だけに軍の兵士どころか武官すら父上は動かしてる」
シルドの言葉に同意する様クコは頷いた。
「当然、二人を庇う声も大きい。だが、公爵はその全てを黙殺し、場合によっては直訴した者に処罰すら下してかなり強引に話を進めてるな」
「それでクコよ。肝心の……その……父上の動機、または理由はわからぬだろうか? 正直、父上が我らを殺す理由が思いつかぬ。どちらか片方ならまだわかる。だが両方だと……ロスカル家がこのまま途切れるぞ? それとも父上はどこかに隠し子でもいてそちらに継がせたいというのか?」
マルクは至極冷静に、とても実の父に命を狙われているとは思えない程冷静にそう言葉にした。
「……すまないがそこまで調べられなかった。だが、誰かを跡継ぎを擁立する動きは見せてない」
「そう……か。このタイミングで候補者を出さないという事はいないという事。それなら……考えたくないが……父上は『権力者の病』に陥ったか……」
そうマルクは呟き、俯いた。
「……あの……『領主の病』って何?」
重力が倍になったのかと言わんばかりな程重たい空気の中、プランはそっと手を上げそう尋ねた。
「位の高い領主の方々は、何故か時折自分のこれまでを偉業を全て台無しにする様な事をしでかします。経済発展させた領主が自分でその領の経済を自ら殺したり、聖人君子と言われた領主が色に狂い何もしなくなったりと。それを私達は『領主の病』と呼んでいますわ。あくまで非公式ですが。病と言いましても治る様なものではなく……重圧により心が潰された故に起こしてしまう凶行と言われています」
そう、エージュは説明した。
百人に一人か千人に一人か。
数自体はそれほど多くない。
だけど、昔から唐突に領主が変貌するという話は残されている。
善良であればあるほどその重圧を強く感じ、そしてその善良さが逆転する。
そう、ノスガルドでは語り継がれていた。
「……それで、これからどうするの?」
プランがそう尋ねるとガンネ、キュリオ、シルドの三人はマルクの方に目を向けた。
「……シルド、父上とシルドの所持兵力は現在どの位差がある?」
「九対一位ですね。……相当甘く見積もって」
「そう……か。もう少し僕が頑張っていたら三割位にはいけたかもしれぬな。すまぬシルド」
「いえ。兄上のお陰で一割もマトモな兵力が持てたのですから」
「そう言って貰えると助かる。と言う訳で、僕達は今から父上に謀反する。というかせざるを得ない」
「……会話とか、交渉とか、逃げるとか、何か手はないかな?」
プランは泣きそうな顔でそう尋ねた。
プランだって為政者が理想で生きていない事位理解している。
どれだけ綺麗事を言ってもその通りに実現出来る訳がなく、その広げた手の隙間から砂が零れる様犠牲は必ず出てしまう。
能力があって、人材があって、金があって。
それで有能な為政者であったとしても、それでも全員を救う事は不可能だ。
だから為政者の闇が深い事位自分を能天気だと思うプランですらも理解出来ている。
それでも……それでもやはり、家族で殺し合う事だけは納得したくなかった。
だが……。
「無理だ。会話どころか逃げる事すら難しい。それ位……公爵は本気だ。今日中には民衆全員を巻き込んだ戒厳令が敷かれ完全な包囲網が築かれる」
クコはそう答えた。
「……うむ。……すまんな。ロスカル領の良い所を見せたいなどと僕が言わねば巻き込まなかった。とは言え、まだ希望はある」
マルクはそう言ってプランに微笑みかけた。
「希望? 説得できる可能性があるの?」
「いや。狙いが僕達だからプラン達は逃がしてやれるという希望だ。まだ戒厳令も出ていないしシルドの方には兵士も武官もいる。性格は腐っているがそこそこ有能な文官もな。だから逃げる時間位は稼げ――」
「――おい。それはアレか? 俺達にお前らを見捨てておめおめと逃げ帰れって事か? それは……」
サリスは激昂した様な様子でマルクの方につかつかとにじり寄った。
「そうだ。逃げて欲しい。他の誰でもなく、僕達の為に」
そう、マルクが断言するとサリスは伸ばした手をぴたりと止めた。
「……為に?」
「ああそうだ。十中八九僕達はここで死ぬ。そうなった時、サリスとエージュが命を落としてみろ。身内争いに巻き込まれてプライベートで旅行にきていた領主と伯爵令嬢が死んでみろ。このロスカル領が、愛すべき我が領が戦場となってしまう。それだけは避けたい。例え僕達の命がなくとも、民を犠牲にする未来だけは避けねばならぬのだ!」
マルクの言葉にシルドは頷いた。
本気でマルクがそう言っているとわかるからこそ、シルドも同意し、またサリスもそれ以上何も言えなかった。
唇を噛みしめ、わなわなと震え、それでも、サリスはマルクの本気の言葉に納得してしまった。
同じ様に、エージュも何も言えない。
貴族という物、為政者という立場、それがどれほど重たく、そしてちょっとした事で民を巻き込むものなのか。
それを知っているエージュでは何も言葉に出来ない。
だけど、プランは違う。
平民という立場である自分なら、皆とは違う答えが出せる。
だからプランは――。
「あのね。私は――」
「――ふざけるな。そんな自分達だけの理屈を振り回すな。俺は絶対に逃げないぞ」
プランが何か言うのを遮りクコはそういった。
いつもの様にどこか自虐的で、それでいて卑屈ではなく、まっすぐとマルクとシルドの二人を見つめ、クコはそう言葉にしていた。
ぽかーんとした顔で、プランはクコの方を見つめた。
「……お主は……調べたからこそわかっておるだろう。この絶望的な状況を」
マルクの言葉にクコは頷いた。
「なのに……どうして……」
マルクは絞り出す様にそう尋ねた。
「……どうしてかと言われると色々思い当たるがな、一番の理由は単純明快だな。俺が何もしない間に、誰かが犠牲になるのは嫌なんだよ」
そう、クコは言葉にした。
「それは一体どういう意味だ?」
少し考え込んだ後、マルクは意味がわからずそう尋ねた。
それを聞き、クコは嗤った。
いつもの自虐的で卑屈で、それでも夢だけは遥か高みにある、そんな笑みを浮かべた。
「お前らみたいな奴はわからないだろうな。ここにいる奴全員有能で、どこか誰にも負けない部分を持っている。そして俺にはそんなスペシャルな能力は、ない。俺には何にもない。本当に何一つ凄い部分がない。だからいつも後悔ばかりして生きている。わかるか? あの時ああしてたら良かったとか、あの時どうして俺はあんな事したのかとか。俺の人生何時だってそんな事ばっかりだ!」
そんな魂の叫びをクコは解き放つ。
今までずっと溜めていた心の声、今までずっと秘めていた内なる自分。
プランにずっと、我慢しなくて良いと言われていた、本当の想い。
それが、クコの軸でもあった。
「後悔するほど人生を生きていない子供で済まぬ。それで、その後悔とやらが今回と一体どう関係があるのだ?」
マルクはきょとんとした顔で尋ねた。
「後悔が重なるとな、身動きとれなくなるんだよ。後悔ってのは体に巻き付く布の様なもので、貯まりに貯まると雁字搦めになって何一つ出来なくなる」
「……僕は少しだけわかります。兄上に反抗した事を今でも後悔してますから」
そうシルドは付け足した。
「まあ、それでもその後悔を振り切って成長出来たシルドは本当に凄い。俺と違ってな。俺の場合、後悔に縛られたら動けなくなるのがわかっている。そして、俺の体には既に相当後悔が溜まり動きがのろく、それでいて心が臆病になってやがる」
「だからクコよ。結局何が言いたいのだ?」
「だからこれ以上後悔したくないって言ってるだろうが! ここでお前を見捨てたら、お前らガキをもし見捨てたら俺は一生後悔する。そんなのはもう嫌だ! だから俺にも手伝わせろ。俺を臆病者じゃなくて、友達を守る事に命を賭けられる愚か者にしてくれ」
クコはまっすぐと前を向き、マルクにそう宣言した。
「……お主そんなキャラだったんだな。……もう少し頭が良くて真面目で、慎重な人間だと思っておった。そんな損得も数えられない、命の危険もわかっていない……大馬鹿だったとは……」
そう言いながらマルクは笑った――泣きながら。
今まで色々な事があった。
それをずっと、何があっても堪えて来た涙だが、ここにきて限界が訪れた。
父に殺されるという恐怖と民を守る為に何が出来るかという重圧に晒されている中、損得なしで伸びてきたその手。
それにマルクが、どれだけ恰好付けようとも、幾ら有能であっても、ただの十二歳に振り払う事など出来る訳がなかった。
「プラン。俺達はどうする?」
サリスはプランにそう尋ねた。
「え? そんな決まり切った答えを聞く必要ある?」
プランが当然の様にそう答えるとサリスはニヤリと笑った。
「だよな。エージュ。お前はどうする? うちはまあ俺が死んでも別に何も起きないぞ。だがお前んとこはやばくね? うちと違ってバーナードブルー家は巻き込まれたら絶対介入してくるだろ?」
「ええ。ですので今の内に一筆書いておきますわ。ここで私に何があってもそれは私の問題で、バーナードブルー家とは関係がありませんって。これを後でシルド様の兵士に届けておいてもらいましょう」
完全に覚悟が決まりきった顔でそうエージュは答えた。
「……珍しいな。お前がそんな熱意をむき出しにするなんて」
「私が熱くなるよりも珍しい人が熱くなって、あんなに頑張ってますから。私も少しだけ……当てられたみたいですわ」
そう言ってエージュはくすくすと笑いクコの方を見た。
「おいプラン。良いトコ全部持ってかれたな」
そう言ってサリスはプランを肘でつついた。
「にゃはは。それはそれで良いんじゃない。クコ君らしいし」
自虐的で、卑屈で、それでいて誰よりも勤勉で。
それが皆の知るクコである。
だけど、プランはそれだけではないと知っていた。
クコが誰よりも優しくて、家族想いで。
そして臆病なのに勇気があって、誰かの為に命を賭けられる人だという事を。
泣くのを堪えていた少年の涙を誘い、その背中を支えるクコの姿はとても凡人には見えない。
それはまるで……物語の英雄の様だった。
ありがとうございました。




