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10-8話 三者三様(中編)


 平等とは、殺す者と殺される者という明確な差によって生まれる。

 平和とは、その平等が常に維持され、どの様な状況でも己の餌が無くならない事を意味する。

 そんな世界を人は動物……いや、畜生の世界と呼ぶ。


 だからこそ、それはどうしようもうない程に不平等に見え、その実悲しい程に平等だった。


 暗闇の中、獣はその巨体から人の子に腕を振る。

 ごく普通のサイズである人であっても、その巨体から見れば子供にしか映っていなかった。


 一度、二度。


 そのかぎ爪を人は回避する。

 人と人同士の戦いであるなら、その回避した後のタイミングで簡単に隙を穿つ事が出来るであろう。

 体力や筋力は当然、連撃を行うという事は呼吸を止めるという事になる。

 だから本来なら、数度の連撃を避ければ必ずその隙が生まれる。

 ただし、それは人の道理でしかない。


 三度、四度。


 人の身では、ただ避ける事しか出来ない。

 鋭い爪を受け止める盾を持っておらず、また連撃の隙間は縫う事すら出来ない程に短い。


 なんと人とは脆弱なのであろう。

 夜目は利かず、足も遅く、それでいて肉は柔らかく美味い。

 その上目の前の人は単独で行動し、しかもどうやら雌らしい。

 それは食ってくれと言わんばかりでしかないではないか。


 もしも、相手が人であればためらう事もあるかもしれない。

 だが、ここにいるのは一頭の、ただの獣。

 普段肉を食わない生活の獣だが草食という訳ではなく、またその獣は確かに空腹を覚えている。

 それが見逃すという選択を取る訳がなかった。


 六度、七度、八度、九度、十度、十一度、十二度。

 合わせて十二度、左右で六度ずつ腕を振り必殺の攻撃を重ね、そこでようやくその獣は小さく呼吸を整える。


 それを見て、人は何等かの武器を持った腕を振る。

 分厚い毛皮で覆われた獣はその程度当たっても痛くもかゆくもない為どうでも良かったのだが、獣は武器を避けた。

 当たってやる事すら出来ない程に、その攻撃があまりにも遅かった。


 そして、再度獣は攻撃を開始する。

 今回はしっかり息を整えられたから、先程よりも長く攻撃をする事が出来た。

 獣相手であるなら人はたった一度のチャンスに一度しか攻撃が挟めず、その一度も武器を持った割に弱弱しい攻撃でしかなかった。

 だが、獣はそんな甘い事はしない。

 当たれば一撃で殺すだけの攻撃を、幾度と連続で繰り返した。


 これこそが弱肉強食の世界、これこそが真の平等。

 その獣、大柄の熊は彼女を嘲笑う様な顔を浮かべている様だった。


 だからこそ、その獣は気づかない。

 獣である以上、気づく事は出来ない。

 彼女がどれだけ攻撃を避けても、全く疲労を見せない事なんて気づく知能、ある訳がない。

 少しでも傷つけずに殺す為に弱るまで待っているなんて発想、獣に出来る訳がなかった。


 此度は二十もの攻撃が重ねられた。

 だが彼女には一撃たりとも当たらない。

 彼女の反撃は同じ様に弱弱しく、それを気軽に獣は避けもう一度攻撃のターンに移る。

 それを数度と繰り返した時、一度も攻撃が当たらず弱った様子も見られない為何かがおかしいと獣が思った時には、既に手遅れだった。


 手を抜くという発想なんて持たない獣では、その時を常に全力で生きる獣では自分の体力が尽きている事に最後まで……意識を途切れさせ最後を迎えても、気づく事はなかった。




 バタンと、大きな音で倒れ込む大柄の熊。

 それを見てサリスは小さく溜息を吐いた。

「あー終わった終わった。……ただなぁ……熊かぁ……」

 そう言ってサリスは絶命した熊をつんつんと突いた。


 熊肉は決して悪い訳ではない。

 むしろかなり美味しい部類に入る。

 それこそ、特別高級な物を除くなら熊肉は旨い肉ベスト三に入るとすらサリスは思っている。

 だがしかし、状況が悪すぎる。

 熊肉は恐ろしい程に早く、不味くなっていくからだ。

 血抜きが少しでも遅れるだけで一気に不味くなるし、たとえ即座に血抜きをしたとしても時間経過で肉の質はあっというまに悪くなる。

 そして幸か不幸か、まだ狩りは始まったばかりである。


 この熊が美味しく食べられる可能性は、限りなく低かった。


「と言っても、もったいない事だけはしたくないから一応血抜きしておくけどな」

 そう言いながらサリスは三百キロは軽く超えるその巨体を軽々と持ち上げてから木にぶら下げ血抜きを始めた。

 そのついでに周囲に接触すれば音がなる鳴子の罠を仕掛ける。

 この熊を他の肉食獣が食うのもそれはそれで良いだろう。

 美味しく食えないなら美味しい内に自然に帰るのもまた一興だから。

 代わりに、その熊を食いに来た奴を狩る。

 そうサリスは決めていた。


 食う者と食われる者、その差はたった一つ、力が強いかどうか、ただそれだけ。

 だからこそ、この自然は恐ろしい程に平等であった。


「さて、もう少し奥に行くか」

 そう言葉にし、サリスは真っ暗な森の中を明かりも付けず堂々と進んでいく。

 確かに普通は見えない範囲であるが、サリスにははっきりとこの暗黒の世界が見えていた。


 しっかりとした足取りで、それでいて音を聞く事に集中しながらサリスは足を進める。

 サリスの狙いはたった一つ、でかくて美味い肉。

 誰が見ても一目で勝ったとわかるような強敵。

 そんな相手をサリスは欲していた。

 先程の熊も味という意味でなら決して悪くないのだが、出来たらもっとインパクトある奴が欲しい。 

 絶対この森にはもっと凄いのが、もっと美味いのがいるはず。

 この森の雰囲気からサリスはそう確信していた。


「……あっち……だな」

 ピリピリと肌を刺す様な感覚、若干の恐れ。

 そんな何かの気配を察知し、サリスは足音を最小限に減らし森を駆け抜ける。

 それでもまだ草の踏みしめる足音が煩いと考えたサリスは木の枝に飛び乗り枝から枝にジャンプするように森を駆け抜ける。

 最小限の揺れで、最小限の移動音は風の通り抜ける様で。

 それはまるで山猿か何かの様だった。


 そこから数百メートル進むとサリスは他の得物とは少々風格の異なった獲物を見つける。

 獲物は狼。

 その灰色の狼(グレイ・ウルフ)は一目で全力だとわかる程の速度で地を抜けている。

 その獲物が美味いのか、狩るべきなのか。

 そもそもどうして走っているのか。

 そんな事すら考えずサリスは全力で追いかけた。

 逃げる獲物を見つけて追いかけずにいられる程、サリスの野生は弱くはなかった。


 だから、サリスはその違和感にギリギリまで気づかなかった。

 自分の体に付いた何かが自己主張する様な小さな違和感に。


 そしてその狼に追いつき、首を落とす手斧の一撃を決めようとしたその瞬間、その違和感は確かな形となった。


 りぃん。


 そう小さく震える鈴を感じ、サリスはようやく気が付いた。

 それはこの狼が誰かが追い掛けていた獲物であるという事と同時に、すぐに狩れる状況であるのに自分が邪魔をしているのだと。

 サリスは小さな声で「すまん」と謝罪をして即座にその狼を追うのを止め、横っ飛びにジャンプする。

 その直後、サリスの背後辺りから赤く輝く炎の矢が出現し、狼の体を見事に射抜いた。

 たったそれだけでサリスは理解出来た。

 後ろにいる誰かさんは狩人としての腕だけでなく、戦闘力という意味でも自分より遥かに格上の相手であると。


「お見事」

 そう呟いて小さく拍手をするサリスの前に、先程の矢の位置とは全く異なる位置から男性の狩人が現れた。

 片手に弓、もう片手に解体用のナイフ。

 それ以上に目につくのは、紫の髪に緑の目、そして儚さすら感じる程に美しい顔だった。

「ありゃ。偉く綺麗な顔の兄ちゃんだな。ああ、すまん。悪口じゃないんだ。俺何かよりよっぽど綺麗な顔だなーって思ってな」

 そうサリスが申し訳なさそうに言葉にすると美形の男性は優しく微笑んだ。

「別に良いさ。それが嫌味とか口説いてきたとかならともかく、あんたはただそう思ったから言っただけだろ?」

「おう。別に顔の良し悪しで男を選ぶ程飢えてもないし、顔が良い男を僻む程人間腐ってもない。むしろその腕の方に嫉妬を覚える位だ」

「ふっ。さっぱりとしてて良い性格だな。んで、その狼を狙ってたのか? だったら何かすまんな」

 サリスは首を横に振った。

「良さげな獲物だとは思ったけど人の得物を取る程糞野郎にゃ落ちぶれてないさ」

「そっちが先かもしれんぞ?」

 その言葉を聞いて、サリスは鼻で笑った。

「そこの灰色狼はあんたに追い詰められかけていた。それ位は俺の腕でもわかるさ」

「……そうかい。下手な狩人より良い腕してそうだけどな嬢ちゃん。特にその目が良い。……嬢ちゃん呼びは嫌か?」

「嫌じゃないけど……似合わないから寒気がする。俺はサリス。呼び捨てで良いからそう呼んでくれ」

 男はその言葉に頷いた。

「ああ。俺はリカルドだ。まあ宜しく。んで、こんな時間にサリスは一人で何してるんだ? 狩りにしちゃ変な時間だし……」

「ダチと競争してんだ。どっちが良い獲物を狩るかってな。と言う訳で兄ちゃん」

「リカルドで良いぞ」

「おう。リカルド、どっかでよさげな獲物知らね? 強くて珍しくて死ぬ程美味い奴」

 その言葉にリカルドは苦笑いを浮かべた。

「欲張りだな。とりあえず、そこの狼持ってくか? それなりに美味いと思うけど」

「あん? そりゃあんたの得物だろ?」

「俺が欲しいのはこれだけだ」

 そう言ってリカルドは狼から指先を切り取りその爪を見せた。

「爪……素材目当てか」

「おう。ちょっと武器の素材を研究中でな。だから毛皮すらいらん」

「ほーん。でもリカルドが使うのは弓だろ? 矢じりにでも使うのか?」

「短刀も使うぞ。だがこれはそうじゃない。俺用の武器じゃないんだ」

「誰かへの贈り物か?」

「おう。愛しの愛しの女性にな」

 そう言ってきざったらしい恰好をするリカルドを見てサリスは噴き出し笑った。

 それは似合っているのだが似合っていないという変な印象だった。

「さすがイケメン。彼女さんがいるんだな」

 リカルドは両手を横に広げニヒルな笑みを浮かべた。

「残念。片思いなんだ」

「あー。だからプレゼントで気を引く……いや、その彼女は武器とか素材とか送られて喜ぶのか? 俺じゃないんだから」

「喜ぶかどうかというよりは、彼女の必要になるだろうってのが正解かな」

「もっと喜ぶ物とか気の引く者贈らないのか? 例えば……やっべ俺の周り俺含めて普通の女いないからわかんねーや。……肉とか?」

 そう言ってサリスはあちゃーと困った顔を浮かべた。

「良いんだよ。別にあの子の気が引きたいんじゃない。俺はあの子の役に立ちたいんだ。とは言え、会えない事を寂しいと思う位は惚れてるけどな」

 そんな歯の浮く様な台詞を聞き、サリスは珍しく頬を赤く染めた。

「聞いてるだけでこそばゆくて恥ずかしくなるわ。ああ全く俺には遠い世界の話だ」

「はは。悪い悪い。嫌な感じで自分語りしちゃったな。んで、この狼いるかい?」

「いらない。競走中だからな。俺は俺の腕で狩らないと」

「言うと思った。短い付き合いだがサリスの性格は何となく把握出来たよ。……んじゃ、あっちだな」

 そう言ってリカルドは左奥の方を指差した。

「あっちに何かいるのか?」

「いやわからん。ただしあっちの方何故か知らないが土壌が恐ろしく豊かだからな。何かいる可能性は限りなく高いぞ」

 その言葉にサリスは顎に手を当て考え込んだ。


 土壌の豊かさなんて考えた事がない。

 だから知らない奴の言う事を聞かない事が安牌なのだが……このリカルドと言う男の意見は信じるべきであると自分の勘は囁いている。

 だからサリスはどちらにすべきか考えた末に、自分の勘を信じる事にした。


「あっちだな。わかった。んじゃリカルド、また会おう」

「ああ。サリス。いつかまた」

 そう言葉を交わした後、サリスは気の枝に飛び乗りあっという間に見えない場所まで移動していった。


「……若くて綺麗なのに随分優秀な子だな。体力とか俺よりあるんじゃないかな。……プランちゃんみたいな凄い子って案外いるもんだなぁ……。さて、続き続き。この辺で取れそうなのは……」

 そう呟いた後リカルドは自分が用意したメモを手に取り、何を狙うか思考を始めた。


ありがとうございました。

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