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10-7話 三者三様(前編)


 後方にはキャンプ地、左手側にそそり立つ山岳。

 右手側には生い茂った森林地帯で、正面には広大な平原。

 そんな場所に案内されたサリスは馬に乗ったまま信じられないといった顔を浮かべた。

「……どこからどこまでが狩場だ?」

 その言葉を予想していたらしくマルクはにっこりと微笑んだ。

「お主の想像する範囲より更に広いぞ。ああ、安心して欲しい。狩猟地区との境界線には目印もあれば監視員もいるから間違って外に出る事はない」

「……あの、そもそも私はほとんど見えないのですが……」

 サリスの後ろに乗せてもらっているエージュは薄暗い中目を細めて遠くを見ようとしながらそう呟いた。


「うむ。ではエージュはは見通しの良い正面方向の平原で狩りをすると良い。奥に行かなければ比較的安全に狩りが出来るぞ」

「ああ、はい。ありがとうございます」

 そう言ってエージュはぺこりと頭を下げた。


「つーっ事はだ、逆に言や奥に行きゃ凄いのが出るのか?」

 ニヤリと笑いながらサリスはそう呟いた。

「そうだな……四メートルを超える位の獲物なら出るぞ。草食も肉食も。それが美味いか不味いかははっきり言えないが……まあ長く生きた分栄養を蓄えてはいるな」

「ほうほう。じゃあさ、森林、山岳、平地、この三カ所ならどこが一番獲物が多い?」

「断然森林だ。獲物の種類、質共になかなか素晴らしく、特に森林中央付近は未知の食材で溢れていると言っても良い。ただしそれに比例する様危険度も跳ね上がるがな。日中ですら薄暗い程光を閉ざし木々とぬかるみ、蔦に蛇と足場も悪く危険が山盛りなのだが……夜は夜行性の肉食獣が蔓延っておる」

「……悪くねーな。それじゃあ俺は森林に行くぜ。森林中央って良くわからないが、とりあえず奥行きゃ良いんだろ?」

「うむ。中央に近い程危険度の高い動物が出る様になっておるから体感で理解出来ると思うぞ。とは言え、手前側でも肉食獣も出るし毒持ちもいれば天然のトラップもある。油断するなんて間抜けな事はないよう頼むぞ?」

 挑発じみた言い方をするマルクにサリスはニヤリと笑い返した。


「二人が別の地区に行くなら僕は山岳地帯に行こう。共に同じ場所で狩りを競うにも悪くないが……純粋に勝負をするというのも楽しそうだからな」

「ほぅ……。マルクお前本気で俺に勝てると思っているのか?」

 サリスの挑発をマルクはふっと鼻で笑い飛ばし、堂々とサリスを見据えた。

「むしろ二人がかりでも僕は一向に構わないぞ? 年齢だけがハンデではきついと思っていたところである」

「ぬかせ。そこまで言うなら賭けるぞ。勝った方が負けた方に酒……はまずいな。俺は当然マルクも」

「うむ。では僕が負ければ明日一日サリスの命令に従おう。僕が勝ったなら……そうだな、明日一日僕の代わりに掃除でも頼もうか」

「良いぜ乗った。俺が勝ったらうんざりする位街を案内させてやるぜ」

「それはそれで楽しそうであるがな。ではルールを決めようか」

「適当で良いだろ」

 勝ち負けというよりも勝負する事自体が目的であるサリスらしい言葉にマルクは微笑んだ。


 お互い挑発的な態度ではあるのだが険呑さは一切見えず、誰が見てもじゃれ合っている様にしか見えない。

 そんなやり取りを二人は行っていた。


 真剣に勝負をし、お互いを称え、勝者を褒められ敗者を慰める。

 そんな当たり前の遊戯を、マルクはずっとずっと、首が伸びる程待ち望んでいた。

 そんな事が出来る相手を、全力をぶつけられる遊び相手を、マルクは心の底から渇望していた。


「では勝敗を決めるのは料理人であるプランと言う事で。制限時間は終わりの時が来れば合図が出るから合図が出て三十分以内にここに集合。それで良いな?」

 マルクの言葉に二人は頷いた。

「うむ。では勝負の前にこれを渡しておこう」

 そう言葉にし、マルクは松明と着火用の火打石、それと青い鈴を二人に手渡した。

「松明はまあわかる。この鈴は何だ? 熊避けか?」

「いや。人避けだ。貸し切りという訳ではないからな。時間的にあり得ないとは思うが……まあ用心の為に付けておいてほしい」

「どう使うんだ?」

「付けたらわかる」

 その言葉に従い、サリスは首、エージュは腕に鈴をつける。

 そうすると鈴は震えだしりぃん、りぃんと定期的で一定の音を発し始めた。

 ちなみに、思った以上に煩かった。


「その様に鈴を持っている者同士が近くにいると音が鳴りだす。近い程音は大きくなるぞ。その時はお互い離れるのがマナーだ。逆に鈴を付けていない者を見かけたなら容赦なく狩って構わんぞ。密猟者には死を。それがロスカル家の伝統である」

 マルクは静かな怒りを見せながらそう呟いた。

「オーケー使い方はわかった。それじゃ、時間がもったいないしさっさと始めるか」

「うむ。困った事があれば助けを求めても構わんぞ。僕が飛んでいって助けてやろう」

「そっちこそ、心細くて泣いて良いぞ。慰めてやろう」

 そう言いあい、二人は睨み合う。

 ただしその顔は心底楽しそうな顔だった。


 こういう応戦の様な言葉のやり取りであっても、楽しくさっぱりとした気持ちで行える。

 それこそがサリスの一番の魅力なのだろうとエージュは考えた。


 三人は無言で馬から降り、後ろにある小さな拠点に馬の手綱に繋がる紐を弱くくくりつける。

 何かあった時馬が逃げられる様緩く結ぶのは一種のお約束のようなものである。


 そして最後、サリスとマルクは挑発的に睨み合った後、サリスは右手側に、マルクは左手に走り出す。

 それを見送った後、エージュはゆっくりと正面に足を進めた。




 マルクを例えるならば、きっと龍であるだろう。

 恵まれた家柄、恵まれた才能。

 それらに一切奢らず、重圧に折れもせず努力を重ね続ける麒麟児。

 ただそれだけの事であり、どれか一つ位なら凡人であっても努力次第で追いつける領域である。

 だが、その全てを持ち合わせるとなると話は異なり、常人では決して追いつけない領域である事を意味する。

 それは人と呼ぶよりも化物の方に近い。

 だからこそ、マルクを例えるなら空を駆ける龍となる。


 サリスを例えるならば、虎となるだろう。

 優れた肉体、強靭かつ純粋で単調な性格。

 食欲という強い獣欲を持ちながらも一端仲間と受け入れたらこれでもかと言う位大切にする強烈な同族意識。

 それはまさしく、獣そのものである。

 動物顔負けの驚異的な身体能力にそのまっすぐな気質は見事にマッチし、その上で人のソレを遥かに凌駕した感覚すら兼ね備えている。

 だからこそ、サリスを虎と形容する事が出来た。


 そんな二人と比べるなら、自分は地を這う蛇となるだろうか。

 そうエージュは自嘲する様に考えた。


 とは言え、エージュも平均から見れば十分以上の上澄みに位置するだけの能力を持ち、見る人が見ればマルクと同様龍の様に見える。

 だが、才能、家柄共にあり努力を怠らないエージュだからこそマルクという存在の優秀さ、その異常さを噛みしめていた。 

 似た様な境遇であっても、天と地ほど差があると表現しても良位だ。

 これで十二歳というのだから末恐ろしいという言葉ですらまだ足りない。


 そして真っ当に優れたマルクと比べるならサリスは邪道と言い換えても良い。

 身体能力で上から殴る事を第一としているのだからある意味正道でもあるが。

 だが、その邪道であっても優れている事に変わりはない。

 それに努力ではどうしようもない特別さを持ち合わせているのだからサリスもまた本当の意味で特別である。

 

 サリスが特別である事をエージュは誰よりも理解している。

 あまりにも違いすぎて、心が彼女を求めてしまう程には。

 心が恋い焦がれ、喉から手が出そうな程求めてしまう。

 そんな特別な友人の心の強さに、エージュは心から、そして昔から憧れていた。


 世間一般で言えば優秀なエージュであっても、二人と比べるとどうしても見劣ってしまい必要のない劣等感を覚えずにはいられなかった。

 そんな理由で、エージュはこれを二人の勝負であると認識していた。

 暗視が出来ないという時点で、勝負の土俵に上がれないのだからどうしようもなかった。


「ま、そんな私は私で出来る事を致しましょうか」

 てくてくとゆっくり移動しながらエージュは呟いた。

 ここまで移動した間に狩った獲物は一匹もいない。

 代わりに、バッグの中にはそこそこの量の野菜が入っていた。

 どうせあの二人だから狩りに夢中で肉しか取らないだろう。

 いや、サリスの場合は例え気づいてもわざわざ野菜を取る事はないだろう。

 だから自分が皆の代わりに肉以外の食材を集めよう。

 それがエージュの考える『ここにいないプランの代わりにする事』だった。


「……思ったよりも早く見つかりましたわね」

 そうエージュは呟き、大きな池の前で足を止め、自らの出来る範囲での準備を始めた。

 狩りという条件で自分が勝負に勝てるとはとても思えない。

 それでも、腐る必要なんてない。

 自分しか出来ない事はあるはずだからだ。

 そうエージュは学園で学んだ。


 ただし、それを教えてくれたのが心からの友であるサリスやプランではなく、ヴェインハットだというのはエージュにとって少々以上に納得したくない事実ではあったが……。




「……まあこんなもんでしょうかね」

 松明や椅子、釣り竿等の準備を終えたエージュはそう呟いた。

 他の物はともかく、釣り竿だけはヴェインハットのゲリラ的発想ととんでも魔法利用法がなければ出来なかっただろう。

 だからこそ、やはり悔しかった。

 木の枝同士を氷の魔法で溶接するのではなく、木の枝を繋ぐロープの方に氷の属性を付与し繋げ、その上で枝全体を強化の膜で覆い一本の棒とする。

 細かい動作ながらも魔力消費は微量で済み、維持される時間も長ければ耐久力も十分。

 魔力が多い程便利であるという常識を軽く覆す方法を知っているのに、自分は魔法が使えない。

 一体ヴェインハットはどんな境遇にあってこれを学んだのだろうか。

 エージュは気になって仕方がなかった。


「さて……次は……」

 そう呟き、エージュは自らの妖精を呼び出した。

 本来、妖精とは魔法を使う為の使い魔の様な存在である。 

 だからこそ、魔法を使う者を妖精使いと称する。

 だが、その発想からかけ離れた存在がいた。

 それがプランである。


『妖精さんにアイスクリーム作らせたら便利だよね』

 そんなあり得ない発想を出す友人をエージュはあり得ない存在と考えた。

 だが同時に、自分の世界の狭さを理解したのもまた事実だった。


 妖精にも自由意志があるのだから友となれるし、何か仕事を任せる事も出来るはずである。

 それを出来ないと思い込んでいたのは自分の度量の狭さに外ならない。

 と言っても、それが魔法使いのスタンダードである。

 単純な仕事を命じる程度で、後は魔法の補助具として扱い、妖精に自由にさせない。

 それが魔法使いの当たり前であった。


 だが、妖精を使い魔として命令を下すだけの関係より、妖精さんにお願いをして叶えてくれる方が、友達としての関係を持つ方がきっと楽しい。

 そんな素敵な考えを持つプランの考えを羨ましいと思う程度には、エージュもロマンチックだった。


「その……お願いがあるのですが……」

 そうエージュが呟くと妖精は八の字でぐるぐると跳びまわる。

 それは混乱している様にエージュは見て取れた。

 これまで命じてばかりであり願いをした事は一度もないのだから、混乱しても仕方がないだろう。

 とは言え、嫌そうな気配を感じないから手段としては間違っていない……はず。

 そうエージュは思った。


「果物等甘い物をここに集めて下さいませんか? それも出来るだけ沢山。報酬としてその果物でデザートを用意しますから。……プランさんが」

 残念というか当然だが、エージュの技量とプランの技量は大きな差がある。

 プロとアマの差と言っても良い。

 であるなら、報酬としてありがたいのは間違いなくプランの方だろう。

 そう思ってエージュはそう提案した。


 その提案に対し、妖精はぐるぐるとエージュの周りを飛び回る。

 それは抗議をしている様だった。

 何となく、取ってくる事ではなくご褒美の事で抗議を言っているのだとエージュは理解出来た。


「……すいません。どの様な意図か私には……。プランさんならたぶんわかるでしょうけど……」

 その言葉を聞き、妖精は飛び方を変え何かの図形を描く軌道で空を舞う。

 長細い台形の様なそれがコップであると気付いたエージュはぽんと手鼓を打った。

「ジュースですね。わかりました。プランさんに頼みましょう!」

 その言葉に、妖精はより一層抗議の声をあげた。


「ち、違いましたか。いえジュースであるのは確かですが……もしかして私に作ってもらいたいのでしょうか?」

 それに対し妖精は先程よりは弱いが抗議をします為に飛び回る。

「さっきよりも近いけどやはり違うと……。うーん。……あ、もしかして……」

 もしかして程度だが、その可能性に気づきエージュはそう口にする。

 これが違えば、相当恥ずかしい発言になるだろう。

 だが、何となく妖精と通じた様な気がして、そうなんだと語ってくれている様な気がして、エージュは恥ずかしそうに思いついたその可能性を述べた。

「もしかして、ジュースを作って私に飲ませてくれるのですか?」

 その言葉に、妖精は同意を表す様エージュの頬にすりすりと体をこすりつけた。


 お願いを聞いてあげるから、私の作ったジュースを飲んでほしい。

 美味しいの作るからね。


 そう思ってくれている程愛されていると知ったエージュは、不覚にも泣きそうになった。

「そんなに私の事を……。ありがとうございます。はい。では美味しいジュースを期待していますね」

 そうエージュが瞳を潤ませながら答えると妖精は嬉しそうな雰囲気を醸し出し、元気良くどこかに去っていった。


「……そうですわよね。妖精が友達って言うのは、本当に素敵な事ですものね」

 それを当たり前としたプランの事を考え、エージュはくすりと微笑み椅子に腰を下ろし、釣り竿を握った。

「餌はどうしましょう。一応パンは持ってきてますが……」

 そうエージュが呟いた瞬間、どこからか悲鳴が響く。

 それは人の者ではなく、獣の悲鳴だった。

 金属を削った様な甲高い鳴き声を聞き、エージュはその方角に目を向けた。

「……何かが罠にかかったようですわね」

 そう呟き、エージュは解体用のナイフを持って椅子から立ち上がり、ゆっくりと足を進めた。

 その獣が、魚の餌として都合が良い事を願いながら。


ありがとうございました。


いつもの事ですが誤字脱字報告本当にありがとうございます。

久々に、この場を借りてお礼を申し上げさせていただきます。


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