10-6話 地位も名誉も誇りもあるからこそやりたくても出来なかった時間の使い方
「あー。そんでさ、悪いんだけど俺は馬鹿だから端的に、そしてはっきり教えてくれ。俺らは何したら良いんだ?」
そうサリスは後頭部を掻きながら尋ねた。
何か大きな事をしている。
だから呼ばれた。
だけど何したら良いかわからない。
そう、サリスは考えていた。
そんなサリスを見て、マルクとシルドは共に顔を見合わせ……首を傾げる。
何を言っているのか理解出来ぬ風に考え込み、そしてサリスの勘違いにマルクは気づいた。
「いや最初から、徹頭徹尾言っている通りただロスカル公爵領を楽しんで貰いたいだけだぞ僕は」
そうマルクが言うと、シルドもこくりと頷き同意を示した。
「はい。強いて言うなら、楽しかった部分を学園等自分の知人の方々に紹介して頂ければ」
シルドはそんな言葉を付けたしマルクは頷いた。
「いや……それならさ、俺らにシルドの事説明する必要ないじゃん。シルドの事を伝えたって事はさ、何か手伝って欲しい事があるんじゃないか?」
プランとエージュはサリスの言葉に「確かに」と呟き驚きの表情を見せた。
そう、教える必要が最初からないのだ。
それでもシルドの事を、この場所の事を紹介したという事は、何か裏があるという事なのだろう。
「サリス。お前偶にやたら鋭くなるよな」
ガンネはサリスを見ながらしみじみと呟いた。
「……っつー事はやっぱりあるんだな。遠慮せず言えよマルク。何をして欲しい?」
「いや。鋭い指摘ではあるが……今回のそれはただの勘違いで、今のとこ特にないぞ?」
「……まじで?」
その言葉に、マルクは頷いた。
「うむ。それで、シルドの事をわざわざ説明した理由だがそれはお主ら……というかプランにある」
「……私?」
プランは自分を指差し首を傾げた。
「うむ。僕とシルドがこういった口喧嘩をしているのを見れば、必ずお節介をしに来ると思ってたからだ。そして事情を知らないそなた達が僕達の事を心配しながら動き回った結果がどうなるか予想すら付かない。だから先に説明する事にしておいたのだ。……実際はまあ、僕達の仲が悪そうな演技である事すら見抜かれた訳だが」
「ああー。それなら納得出来るわ」
サリスはそう言ってプランの指差しゲラゲラ笑った。
「私だってちゃんと空気読む時は読むよ」
「プランさん。『空気を読む』ではなく『読む時は読む』と言っている時点で全く説得力ありませんわ……」
苦笑いを浮かべながらのエージュの言葉に、プランは「えー」と呟き眉を顰めた。
「んじゃ、俺ら呼んだのは……」
「お主もある意味疑い深いな。というよりもお節介を焼きたくてしょうがないという辺りプランに似てるな本当。何度も繰り返すが世話になった礼と領自慢をしたいという意味でしかないぞ。時期が良いというのもあるな」
マルクは胸を張りながらそう答えた……ただ友達と会いたかっただけという本音を黙って。
「ところで兄様。彼らの宿泊場所はどうなさるのですか? もし兄様が宜しいのならば夜だけでもこちらで引き取りますが」
シルドの言葉に頷き、マルクは少し考えプラン達四人に声をかけた。
「プラン、サリス、エージュ、クコ。そなた達はどうしたい? 僕の住居は残念ながら質素としか言いようがない。もちろん個室位は用意出来るが所詮その程度だ。対してシルドのいる館でなら公爵領という名を最大限に使った贅の限りを尽くせるであろう。ただ、シルドの傍にはこの国に蔓延る害となる者が多いから不快な思いをする可能性も否定は出来ないがな」
「皆はどうしたい?」
プランはくるっと後ろを振り向き三人にそう尋ねた。
「俺はマルクの方が良いな。ぶっちゃけ金持ちの堅っ苦しい生活は好まん。まあエージュがあっちの方が良いって言うなら付き合う位の嫌さだが」
サリスの言葉にエージュは少し考え込んだ。
「マルク様シルド様は私達がシルド様の方にお世話になる事をどうとらえますか? 正直、あまり好ましい状況になると思えませんが……」
エージュはそう言葉を漏らした。
マルクの客人である冒険者が、シルドの館に泊まる。
それはわざわざ友人を招いたマルクの評判を下げるのは当然として、その客人をかっさらったシルドの人としての評価も下げるのではないだろうか。
そんな風にエージュは考えた。
「……いや、その方が都合が良いまであるな。無論どちらでも構わないしそこまで大きな事には発展しないが」
マルクは呟き、シルドも頷いた。
「そうなのですか?」
「うむ。僕の評価に関しては低い方が将来的にシルドの天下になりやすいからむしろ積極的に下げておるし、シルドの方もある程度悪名が必要だからあのような嫌な奴の演技を頑張っておるところだし」
「はい。僕が兄様を見下し領を好き放題していると思わせておけば、それにわざわざ醜い塵がこちらに群がってきてくれますから処理しやすくなります。兄様の手伝いにもなれるし掃除にもなるし」
そう少年二人は真面目な顔で考えながら呟き、二人で納得する様に頷いた。
「そのお歳でそのご聡明さ……お二人共真に感心しました。そしてそれだけ考えた上で、私達に決断を託して頂いた事感謝します。と言う訳でプランさん。好きに決めて良いですよ」
「え!? あれ? エージュ決めなくて良いの?」
慌てふためくプランを見てエージュはくすりと笑った。
「はい。言い方は悪いですが豪勢な生活は慣れておりますし、逆に普通の生活も貧しい生活もお二人のお陰で慣れました。ですので私はどちらでも構いませんので何時もの様にプランさんに選択は任せますわ」
「ああ。俺もそれで良いぞ」
サリスにまでそう言われ、プランは困った顔を浮かべた。
「んー。マルク君と一緒にいるのも悪くないけどシルド君とももう少し話したいし……キュリオはマルク君とでガンネはシルド君。んー。どっちかなぁ」
うんうん悩みながら首を左右に振り、プランにしては珍しく決められずにいた。
それを見て、マルクはぽつりと呟いた。
「僕の所なら調理台好きに使えるぞ」
「やっぱりマルク(様)のところで」
サリスとエージュは見事なまでに声を揃えた。
「……えぇ……それが決断の材料になるんですか?」
シルドはくるっと意見を変えた二人を見て困惑した表情となった。
「なるんだよなぁこいつの場合は……」
ガンネは楽しそうにプランを指差しそう呟いた。
「あー。話変わって……ちょっと悪いんだが、相談良いか?」
クコが手を上げ静かに言うと、その場の全員はクコの方に目を向けた。
「どうしたクコ。要望があるなら言ってくれ」
マルクの言葉にクコは頷き、シルドの方に目を向けた。
「そっちの館には書庫があるか?」
その言葉に、シルドは少し考え込む仕草をして見せた。
「ふむ……ありますが、どの様な物をご所望でしょうか?」
「この領にしかない情報なら何でも良い。出来るなら治安維持や治水、周辺の地理についての情報が欲しいが……」
「ふむふむなるほど。……ですがそれは流石に難し――」
「シルド。クコの友として頼む。何とか出来ぬであろうか?」
「――お任せ下さい」
煌びやかな笑顔で、シルドは前言を翻し快諾して見せた。
「……いや、俺はありがたいが……良いのか?」
クコの言葉にシルドはニコニコしたまま頷いた。
「はい。他ならぬ兄様の願いであらば、この一身を賭して叶える所存であります。と言っても、全部が全部公開出来る訳ではありませんが」
「それはわかっている。領の隠し事を見せろなんて言えないさ」
「はい。ですので館に住む文官と相談して見せられる範囲だけを用意します。その上で、更なる情報が必要でしたら……」
そう言いながらシルドはマルクをちらっと見た。
「うむ。その時は僕が父上に謁見と資料公開の嘆願書を用意する」
「いや、そこまでして欲しいとは……」
「だが、必要なのであろう?」
その言葉に、クコは黙ったまま思い悩み、そして頷いた。
「……俺みたいな才能ない奴は他人の叡智を盗み見てようやく人並程度。それでもまだ……俺は皆から置いて行かれる。だからこそ、せめて出来る事をしておきたいんだ……」
そう、絞り出す様にクコは呟いた。
それについて、プラン達三人は何も言えない。
大なり小なりあるが、自分達が身体的な意味で恵まれているとはっきり自覚があるからだ。
「そうか? 僕はクコがその程度とは……いや、人がどうこう言う事ではないな。だが安心して欲しい。クコの望みが叶う様、我ら兄弟が出来る事をしよう。なあシルド」
シルドは『我らが兄弟』という言葉を聞き恍惚とした表情のまま何度も頷いた。
シルドとガンネにクコが着いて行くと残されたマルク達は地上に戻ってから一つのテーブルを囲み座り、それに合わせてキュリオが全員分のお茶を用意し長旅の疲れを吐き出す一息着いた。
「……これ、何のお茶ですの?」
エージュは怪訝そうな表情でそう呟いた。
「お気に召しませんでしたか?」
キュリオの言葉にエージュは首を横に振り、困惑しながらもう一口カップを口に運んだ。
「いえ、とても美味しいのですが……独特過ぎてちょっと予想外な味わいが。それなりにお茶は嗜んで来ましたが……何の味で何の茶葉かさっぱりわからなくて」
仄かな甘みが楽しいあっさりとした薄味で、それいで透き通っている。
緑茶と呼ばれるお茶に似ている様な気がしないでもないのだが、それらよりえぐみが少なく遥かに飲みやすい。
半面、あまりにもあっさりとしすぎているからその意味では好みが分かれる味にも感じた。
「何か薄めた草みたいな味だな。いやまずくはないんだけどな」
そんなサリスの言葉にエージュは苦笑いを浮かべながらそう呟いた。
「ハーブっぽいよねー」
プランはのほほんとした表情のままカップを両手で持ちまったりと楽しんでいた。
「うむ。ハーブの一種に近いかもしれぬな。これはクマザサ・ティーと言ってな。まあ味わってもらったらわかる通りのあっさりしたお茶だ。味の割に栄養があるからと渡された父からの土産である。ちなみにシルドはお気に召さなかったようだから嫌なら嫌とはっきり言ってくれて構わぬぞ」
そう言ってマルクははははと高笑いをあげた。
「ほーん。珍しいお茶なんだなー。んじゃ味わって飲まないとな」
そう言葉にし、サリスはぐいっと一気にお茶を流し込む。
そして、眉を顰めた。
「やっぱり薄い草の味しかしねーや」
その言葉に、皆が噴き出し笑った。
「さて、一区切りついたところで大切な話がある。聞いて貰えるだろうか?」
そうマルクが切り出すと、皆黙り込んでカップを置き、マルクの方に顔を向ける。
その後、マルクはふぅと小さく息を吐き、話を始めた。
「僕の現状は見ての通り、公爵家嫡男であるとは思えない状況になっている。それは僕自身望んだ事でありこの事に文句がある訳がない。だが、問題が何もないのかと言えばそんな事はなく、制限された状況だからこその問題があり……」
「まどろっこしい。本題を話せ。何がどうなってどうして欲しいんだ?」
サリスは話をぶった切り、本題を話す様せっつく。
それが無礼からではなく、サリスならではの優しさであるとわかるマルクは微笑み、両手の上に顎を置き、ぽつりと呟いた。
「僕達しかここに居ない上に僕は君達の迎えに出ていた。つまりは……真に残念な事だが……夕食は準備どころか材料の用意すら出来てない」
そう、真剣な様子でマルクは呟く。
真顔のままプラン達は皆で顔を見つめ合い、沈黙の時が流れる。
一秒、十秒、一分。
時間が着々と進み、耳に入るのは時計の針が進む音のみ。
それでも尚、皆が沈黙を続け……そして我慢が出来ず皆が同時に噴き出した。
「ぶふっ。何だよそんな事かよ」
「うむ。そんな程度の事だサリス。だが食の悩みというのは中々に難しいぞ。幸い、金銭には困っておらぬがな。と言う訳で材料の買い出しに行く予定なのだが……調理担当のプランよ。意見を求める!」
その言葉にプランは笑顔で手を振り上げた。
「あいあいリーダー! 調理担当として言えば、調理場もちゃんとしてたしぶっちゃけ何でも良いので好きに食べたい物を発言する事を要求するであります!」
「と言う事らしい。一人で全体の八割を食うサリスよ。好きな物を言うが良い。何でも用意してやろう。プランが」
マルクの言葉に三人は再度噴き出した。
「マルク様はもう少し真面目な人だと思っておりましたが……以外と冗談を言うのですね」
エージュの呟きにマルクは頷いた。
「うむ。と言っても、僕がここまでふざけられるのは余の友である君達の前だけだがな」
そうしみじみと言葉にすると、キュリオは穏やかな笑みを浮かべる。
決して安息などではなかった日常を過ごす主の楽しそうな顔。
それはマルクを支え仕えるキュリオではなしえない表情である。
だから少しだけ悔しさを覚えるのは確かだが、大切な人が笑っている事が嬉しいと思う気持ちの方が強かった。
「馬鹿言うなよ。小食の奴らばかりだろうが。九割は超える自信があるぜ」
キリっとした口調のサリスにエージュは微笑んだ。
「プランさんを小食と例えるのはハワードさん位ですわよ」
成人男性よりも食べる自信のあるプランはそっと顔を反らした。
「んで、俺が希望を言って良いのか? お前らは?」
サリスの言葉に皆が手を向け、『どうぞどうぞ』と遠慮ない様ジェスチャーを送った。
「……んー。それじゃ……よっしゃ一狩り行こうぜ!」
「良し! キュリオよ馬を用意せよ!」
マルクは即座に立ち上がり荷物を用意しながらそう叫んだ。
「既に人数分用意しております」
「うむ。さすがである。では皆。行こうか」
そう言ってウキウキした様子でマルクは狩りの準備を始めた。
「……いや。言い出した俺が言うのも何だが……即断即決すぎねーか」
「うむ! 言ったであろう僕も楽しみにしていたと。もし言ってくれなければ僕は明日が楽しみで夜眠れなかったかもしれぬぞ!」
そう言ってはははとマルクは笑った。
「んー。もう結構良い時間で日が暮れるからー……狩りの時間とー調理でーおゆはん九時過ぎるけど大丈夫? 夜更かしにならない?」
プランの心配にマルクは微笑んだ。
「大丈夫だ。これでも夜は弱くない」
「あいあい。んじゃ私は皆が狩り頑張ってる間足りない調理器具や調味料買っておきたいから店の場所とか教えてくれる?」
そうプランが言うと、マルクは少し寂しそうな顔を浮かべた。
「お主は狩りに参加しないのか?」
「私下手くそだから。ただ狩るだけならともかく狩りの勝負に参加はちょっとねー。迷惑になっちゃう。それに、三人いれば人数分のお肉十分狩れるでしょ?」
そんな挑発じみた言葉を聞き、サリスは自信満々に自分を指差した。
「当たり前だ。俺一人で全員分余裕だぜ」
「当然、僕もだ」
そうマルクが返すと、サリスはマルクを睨みつけ、マルクも睨み返す。
とは言え、険呑な雰囲気ではない。
確かに睨み合っているが、二人とも口元は緩んだままだった。
「……はぁ。私はあまり得意ではありませんが……まあプランさんの代わりに色々と頑張ってみましょう」
そう困った顔で呟くエージュも口元が緩んでいるが、プランは指摘せずニコニコするだけにしておいた。
「では、プランさんは私と共に。行きつけのお店を案内します」
キュリオの言葉にプランはきょとんとした顔になった。
「ありゃ? マルク君に付いてかないで良いの?」
「はい。真剣勝負となるなら邪魔になりますから。それに……その……えっと……プランさんに料理について教えて頂きたいなーと……」
「ありゃ? 料理とか苦手だっけ? そんな事なかったと思うけど」
「そう言う訳ではありません。ただ……その……もっと上手になりたいと言いますか……」
そう言いながら、キュリオはちらっとマルクの方を見る。
その様子を見てプランはにまーっとした表情を浮かべた。
「ほうほうなるほなるほ! もちろん良いよ! まあ私もそこまで上手って訳じゃないけどそこそこではあると思うからたぶん教えられるし。んじゃ一緒に準備しよっか」
「はい。お願いします」
無表情ながら少しだけ頬を染め、俯きながらキュリオはそう答えぺこりと頭を下げる。
その普段らしからぬキュリオの様子をマルクだけは理解出来ず、一人そっと首を傾げた。
ありがとうございました。




