表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/334

10-番外編 人より外れた者


 大陸全体のおよそ四割、更に言えば南半分以下ならほぼ全てを領地に治めている国、ノスガルド。

 そのノスガルドと同様か若干少ない位のおよそ四割、そして北側のほぼ全てを支配する国、ディオスガルズ。

 そのディオスガルズは、現在ノスガルド交戦関係にある。

 何時から争っていたのか。

 それがわからない程その歴史は長く、そしてお互いの主義主張が異なる上に好戦的な性格をしているディオスガルズにより、その戦争が終わる目途は未だ経っていない。


 この二国は、良くも悪くも表裏であり全く異なる性質であり、まただからこそ似通った部分が存在する。

 ノスガルドは正義という建前を国の中枢とし、ディオスガルズは力そのものをお題目とした。

 正義により協力し合い纏まるノスガルド。

 強者に従う代わりに強者に集い、挑戦し続け蠱毒の如く成長を果たしているディオスガルズ。

 その国の柱はどちらも大国を形成する軸として確かに機能している。

 だが、同時にそれは国を大きく発展させる事を阻害する足枷ともなっていた。


 例えば、ノスガルドは戦中のあらゆる略奪は全面的に禁止している。

 それは非常時や貧乏人からは当然として、どれほど相手が豊かであっても強制的な徴収権を軍が持つ事は出来ない。

 極論で言えば、王都の兵士が防衛として他所の領に派遣され、防衛活動を終えて食料がなくなっても、そこの領主は略奪禁止を盾に助けてくれた兵士達に支援せず、それどころか追い出す事すら出来る。

 だからこそ、どれだけ緊急時であっても食料ならびに物資を十分なだけ用意する事が必要不可欠となり、またその補給線の維持も必要となる。

 つまり、その分だけノスガルド兵士の足は遅くなり、同時に必要以上に国の負担が増えるという事だ。


 もっと最悪なケースをあげるならば、ディオスガルズ等他国から土地を奪い取った時、または奪い返した時、そこの民が飢えていた場合である。

 正義をモットーとするノスガルドはその時どうしなければならないか。

 たとえ自国の者でなくとも、飢えた者を正義が放置して良いのだろうか。

 答えは、良い訳がない。

 建前とは言え正義を掲げて動いている以上、困った者に手を差し伸べるという義務がノスガルドには生じていた。

 そう言った理由で、正義という建前は現在ノスガルドに対し非常に強い足枷となり国の発展を足踏みさせている。


 それでも、悲しい事にディオスガルズよりはマシだった。

 力こそ全て、自分達こそが魔族であると豪語するディオスガルズは力というお題目の所為で国という体をギリギリで成していない。

 国民の大半が力があればどんな事でも何とかなると本気で信じている辺り、その辺りは顕著でわかりやすい。

 とは言え道徳や犯罪という意味で考えるならば、実はノスガルドよりも平和で庶民は暮らしやすかったりする。


 力こそ全てであり、強者は何をしても良い。

 それがディオスガルズの理である。


 それは確かに事実なのだが……ただそれだけの野蛮人しかいない修羅の国という訳ではない。

 同時にディオスガルズでは強者こそ正しい存在であり、真の強者は弱者をいたぶらないという考えが根付いている。

 だからこそ、ディオスガルズでは相手からちょっかいをかけて来ない限り、自分より弱いとわかる者に手を出さないという暗黙のルールがある。


 例えば。

『俺はあの女を力で物にしてやったぜ』

 そんな言葉をノスガルドで言えば最低な屑男と呼ばれるだろう。

 だが、ディオスガルズでそんな言葉を叫べば皆から尊敬の眼差しを向けられる。

 個人間の関係性においてでは、自分より弱い者を暴力で組み伏せるという発想自体がディオスガルズには存在していないからだ。

 つまり……。

『自分よりも格上の強い女性にプロポーズの決闘を申し込み、勝ち取って愛しい嫁を手に入れました』

 さきほどの言葉をディオスガルズ風に正しく訳すとこうなる。

 常に正々堂々であり、そして相手にはそれを強要しない。

 強者であるからこそ弱者は強者を恐れ敬う。

 それさえすれば、強者は自らを恐怖する弱者を生かす義務が生じる。

 ディオスガルズとはそういったおかしくも不思議な国だった。


 これもまた建前ではあるのだが、ディオスガルズには暴力と恐怖をモットーとし民達を恐怖で支配するという目的がある。

 だからこそ、ディオスガルズはノスガルドと同等かそれ以上に面倒な事態に直面する事が多い。


 例えば……ディオスガルズでは戦略的な能力を持つ指揮官の数が絶対的に足りていない。

 それは力こそ全ての最大の弊害と言っても良いだろう。

 理由は単純で、力こそ正義であるという図式が皆の脳内にある為指揮官レベルの人間であっても脳味噌まで筋肉が詰まっている人間が多い。

 戦略を用いて戦う将もいない訳ではないが……大多数は『俺に続け』敵な軍師が大半であった。


 そんな訳で、外見や特色こそは大きく異なれど実質的な意味で言えばノスガルドとディオスガルズという二大大国はあまり大きな違いがない。

 むしろそれ以外の僅かな土地で暮らす小国の方がよほど個性的であると言える位だ。


 その大差ないという事を前提とした上で、どちらの方が暮らしやすいかと言えば……ディオスガルズに軍配が上がる。

 何故ならば、ディオスガルズは弱者を虐げないからだ。

 弱いという事はそれだけで罪の為弱者は最低限の権利しか保証されず、搾取される存在である。

 逆に言えば、ディオスガルズで暮らすならば最低限の生存権は必ず保証され、その上で不当に扱われる事もなければ物を盗まれる事もない。

 貧乏だから、弱いからという理由で虐げられるという事はなかった。


 対してノスガルドは弱者と強者の扱いに対する差はほとんどない。

だからディオスガルズと異なり弱い事が原因で金持ちになれないという事は決してない。

 だが、ノスガルドではディオスガルズと違って盗賊や山賊が蔓延り、場合によっては権力者が弱者から不当に搾取し、時には命やそれに並ぶ物すら奪い取られる。

 少ないながらも盗賊が出現するノスガルドと、それらが一切ないディオスガルズと比べたら悲しい事に後者の方が安定して暮らせると言って間違いないだろう。


 ノスガルドは正しく、正義の国である。

 少なくとも、多くの国民はそう信じている。

 だからこそ、盗賊や山賊の集団などは完全に殲滅対象なのだが……それでも広い領地に完全な領主制、それに加えて教育による格差が生じておりどうしても一定数以上彼らの様な存在が生き残ってしまう。

 アルスマグナ冒険者学園の様に最低限の受け皿となりつつその下をくぐる物を容赦なく処分していく施設があっても、それでも盗賊という職業がなくなる事は当分不可能だ。


 現に、この王都から相当離れた小さな男爵領にも盗賊達の巨大なアジトがあり、暴力と恐怖で領地を支配し好き放題な生活を行っていた。




 流石にリフレストやフレイヴ男爵領ほど田舎ではないが、その男爵領も相当以上に辺境で広々としている。

 良く言えば素朴で牧歌的。

 悪く言えばド田舎で閑散として何もない。

 それでも、笑顔だけは溢れていた。

 去年までは――。


 使い古され廃棄されていた石造りの軍事用砦に、突然盗賊達が乗り込んで来た。

 当然領主もその盗賊を退治しようと色々手段を講じてみたのだが……そのどれもが上手くいかなかった。

 それに加えて、何故か加速度的に盗賊の人口が増えていく。

 田舎ではあるが飢える者がいない程度にはうまく統治出来ていた。

 そのはずである。

 少なくとも、数値上はそうであった。

 それでも、どこからともなく盗賊は勢力を恐ろしい速度で増やしていった。


 そして打開出来ないままとうとう一年経ち、今では領主の保持する軍事力よりも盗賊の方が遥かに強くなり、この男爵領でその盗賊に誰も逆らう事が出来なくなってしまった。


 当然の話だが他領や王都への協力要請も既に行っており実際討伐の為に多くの人が動いてくれた。

 それでも、それらは全て失敗に終わりまだ盗賊はその砦に居座っている。

 規模の割に少な目な被害と王都から遠いという事により、大した勢力が来ていないというのは大きな要因となっている様だった。


 その、千をも超える人員を抱えた盗賊の拠点に、今日……一人の老人が捕まった。




 そこは寂れた砦とは思えない程には綺麗に整えられ、そして絢爛豪華な調度品に溢れていた。

 その広い部屋の奥には椅子が一つだけ、宝箱の様な金銀細工に満ちた椅子が置かれている。

 それはまるで玉座の様であった。

 ただし、それは玉座でもなければここは城ですらない。

 その玉座に座るのは無精髭に塗れた巨体で小太りの品のない男である。

 そしてその男の周りにいるみずぼらしい恰好をした男達は下品な笑みを浮かべながら地べたに座り酒を飲んでいた。

 場所こそ豪勢だが、やっている事はただの酒盛りでしかない。

 玉座に座る男は骨つき肉にかぶりつき、そしてその油で汚れた手を玉座になすりつける。

 最上級の上品である椅子を、最低の下品で汚す。

 物の価値がわからない訳ではなく、わかった上で自分達盗賊が金持ちの大切な物を汚して楽しむ。

 それはまるで彼の、いや彼らの醜い生き様を表している様でもあった。


 ゲラゲラとバカ騒ぎをしながら、ただ酒を飲む。

 そんな最中に部下である細身でなよっとした男が一人、この酒盛りの部屋に入り玉座の男の傍に寄って来た。

「隊長。今宜しいでしょうか?」

 隊長と呼ばれた男は不愉快そうに顔を顰め、ぺっと口の中に入った肉の筋を地べたに吐き捨てる。

 そしてゆっくりと息を吸い……。

(かしら)と呼べぇい! 誰が隊長だ! 貴様軍隊上がりのインテリだからって偉そうにすんじゃねーぞ!」

 そう言葉にし、玉座の男は呼んで来た部下をぶん殴る。

 それを見て、周りの男達は殴られた男を馬鹿にする様ゲラゲラと笑った。


「……頭。ちょっと良いでしょうか?」

「おう。早く要件を言えまどろっこしい奴だ」

「はっ。怪し気な男を捕まえました」

 玉座の男の顔はとたんに険しい物となり、同時にさっきまであったゆるい空気が消し飛び鋭く張り詰めた空気を身に纏った。

「怪し気だぁ? おめぇにしちゃあやふやな言い方だなあ。怪し気ってのはどういう意味だ? 間者か?」

「その……たった一人でここに来て、そのまま門の前で捕まりました」

「はぁ? こんな辺鄙な場所にたった一人で? 腕自慢とかか?」

「いえ。捕縛されるまでも、されてからも争いを望んだ形跡はなかったです。武器を取られる時も、縄で縛られる時も一切抵抗すら見せていません」

「……気狂いの類か?」

「かも、しれません。ただ……」

「ただ、何だ?」

「あの……嗤っていたんです。ずっと……最初から……最後まで……」

 部下の男が気味悪そうにそう言うと、玉座の男は考え込む仕草をし、そして笑ってみせた。

「良いだろう! 気狂いなら気狂いとして、酒の肴にでもしてやる。そいつをここに呼べぇい!」

 そう玉座の男が声を荒げると、周囲の男達は品のない歓声を上げる。

 呼びに来た男は任務を果たす為、そこから逃げる様に立ち去った。




 その老人が連れてこられたのを見て、玉座の男は馬鹿にした様なにんまりとした顔で頷いてみせる。

 数百人に囲まれた状態で、盗賊達から下卑た笑みと汚い罵声を投げかられ、その上でその老人はニコニコと楽しそうにしていた。

「なぁるほど! 確かにこりゃ気狂いの類だな。……いや、これは白痴かもしれぬ。おい貴様。名を名乗れ」

 玉座の男にそう命じられると、縄で縛られた老人はニコニコしたまま言葉を返した。

「さて、誰でしょうかね」

「……状況がわかっているのか?」

「ええ。思ったよりも面白そうだという位には」

 その言葉を聞き、玉座の男は老人を睨みながら顔を真っ赤にし……そして大きな声で笑い出した。

「ぐわはははは! まごう事なき気狂いであったか。盗賊である俺達以上に道理が通じんわ」

 その言葉に、老人はにこやかな顔のまま頷いた。

「では『剣狂い』とお呼び下さい。それなら私にぴったりでしょう」

「……ほぅ。ではそう呼んでやろう剣狂い。であるなら……俺は盗賊の……いや、蛮族の王として『蛮王』とでも名乗ろうか」

 そう蛮王が言うと、剣狂いはにこりと笑みを投げかけた。

「では蛮王様。短い間ですがよろしくお願いします」

「ぐわはははは。よろしくしてやろう剣狂い。さて、最後の晩餐として欲しい物はあるか? 酒でも、飯でも、それこそ剣であっても愉快な道化っぷりに免じて好きな物を工面してやろう」

 その言葉に、剣狂いは少しだけ考えこみ、そして答えた。

「では、剣を一つ」

「名前の通り剣に狂って死ぬか」

「ええ。私はその為に生きていますから。とは言え、ここで死ぬつもりはありませんがね」

 そう剣狂いが言葉にすると、静寂が広がる。

 蛮王は当然、さっきまで酒を飲み肉を食い剣狂いを馬鹿にし嘲笑っていた皆が黙り込み……そして、爆発したかのように全員が一斉に笑い出した。

「ぐわはははは! 今までで一番面白い冗談だ! 良いぞやってみろ。出来るものならな! おい! 誰かこいつに剣を渡せ! ついでに縄も解いてやれ」

 そう蛮王は言葉にするが、誰も動こうとしない。

 こんな状況でもにまにまと笑う剣狂いは単純に気味が悪く、遠巻きに馬鹿にするのには良いが傍に行きたいと思う者は誰もいなかった。


「……ちっ! おいお前、お前の剣を渡して縄を解け」

 適当に目についた盗賊にそう蛮王が言い渡すと、その盗賊は顔を顰め嫌そうにしながら言われた通り縄を解き、自分の剣を剣狂いの足元に突き刺した。


「ご丁寧にどうも」

 剣狂いはぺこりと頭を下げるとそっと剣を抜き、そしてその剣を蛮王の方に向けた。

「何だ? この俺を獲れると思ってるのか? 良いだろう。やってみろ! そうすれば次は貴様がここの(かしら)だ」

「いえ。そんな物に興味はありません。むしろ、私の興味は貴方自身の方にあります」

 その言葉に蛮王は顔を顰め、気持ち悪そうな顔をした。

「お前……そういう趣味か。……長い事盗賊をしてきたが……俺の体が目当てでここまで乗り込んで来た奴は初めてだぞ」

 そう言葉にし、蛮王はうぇっと気持ち悪そうに吐きそうな顔をした。

「あながち間違いではないですが……少々誤解がありますね。私の興味は……貴方の腕にです。この中では比較的マシそうですので」

「……はて。マシ……マシとな。ふむ……。そうか。マシか……。俺をましと呼ぶか」

「はい。まあ他よりマシかな程度には凄いと思ってますよ」

「ふむふむ。そうか……。よし――殺せ」

 蛮王はそう言葉にし、腕を振るい部下達全員に命令を下す。

 その言葉に従い、その場にいる数百人全員が己が武器を抜き剣狂いの方を向いた。

「ああ少々お待ちを」

 剣狂いは手を前に出し、唐突にそう言葉にし皆を静止させた。

「何だ? 今更命乞いか? それならよほど面白い芸でもせんと認めんぞ」

「いえいえ。命乞いではなく……もう少し皆様に緊張感が欲しいなと思いまして」

「は? 貴様は一体何を――」

 そう言葉にした後、ぽたぽたと音が響き蛮王は己の手が濡れている事が気が付いた。

 どうしてかと思い持っていたグラスを見てみると……酒を注いでいた土器が綺麗に切断面が生まれ、まっぷたつとなり酒が零れていた。

 剣狂いから蛮王までその距離は数十メートルはある。

 その為剣狂いが何かしたようには見えないし、この距離で何か出来るとは思えない。

 だが、割れたならともかく見事に両断真っ二つなど、自然には絶対にありえない。

 しかも、切断されたのは蛮王の土器だけではなかった。


 周囲にある略奪品である豪勢な調度品、食料や酒を入れていた壺や樽、その他戦闘に関わりそうにない小道具が全て、部屋の隅から隅まで置かれた道具が軒並み見事に切断されていた。

「これで少しは緊張感を持っていただけたでしょうか?」

 そう言葉にし、相変わらず穏やかな微笑を浮かべる剣狂い。

 それにより、盗賊達は二つの事を理解した。

 一つは、剣狂いは自分達が思っている以上に、狂っているという事。

 っそしてもう一つは……今回捕食者が自分達ではないという事。

 独りしかいない敵の剣狂いでなく、数百人いる自分達の方が餌である。

 だからこそ、盗賊はかつてない程に力を入れ、本気で剣狂いを殺しにかかった。


「ええ。それで良いです。でも……まるで足りませんよ?」

 そう言葉にし、剣狂いはちらりと蛮王を見る。

 それは完全に、お代わりの催促であった。

「……おい、待機している全員を呼び起こしてこさせろ。大至急だ。こない奴は俺が殺すって言え」

 最初殴られた男にそう蛮王は命じ、自らの剣を持ち構える。

 その構えに盗賊らしさは欠片もなく、まるで一流の剣士の様に美しく見事な立ち振る舞いだった。




 たった一太刀で、間引きは終わった。

 鋭く、冷たい刃は一瞬の煌めきと同時に数百人の命を奪う。

 人の形をしていた物達がごとりと崩れ、石の床に大量の血液が滴る。

 たったそれだけで、ただの盗賊である者は完全に戦意を喪失した。


「……うーん。なかなかに難しいですねぇ」

 剣狂いはそう呟き、首を傾げながら再度剣を振る。

 返し刃は更に数百人の命を奪った。


 さきほどまで、盗賊達は金持ち達から奪って来た調度品を使い権威や権力を馬鹿にする為だけに使っていた。

 肉の油まみれの玉座に手垢塗れの宝石や汚れの目立つ絵画。

 価値を知る者から見れば恐れおののき涙を流す様な芸術を冒涜する行為。

 だが、それでも今よりははるかにましだと言わざるを得ない。


 大量の血液が床に滴り、壁に飛び散り、肉片がそこら中で倒れ重なっている。

 それを見て多くの盗賊は失禁し、発狂し、涙を流す。

 そのオマケの様に調度品はバラバラに切断され、同時に血のデコレーションが施されている。


 そう、剣狂いは文字通り、その盗賊達が馬鹿にしていた物を、盗賊達自身と共に文字通り蹂躙していた。


「……ええ。やはりそうでなくては……。大分片付きましたがまだそれなりに残っていますね。では、余計なものは片付けましょう」

 剣狂いは嬉しそうに嗤い、嗤い、嗤い……。

 そして当然の様に怯え竦んだ者共を皆殺した。




 盗賊は、皆殺した。

 抵抗出来る力ない者は剣狂いの狂いきった剣により動かぬ塊となり果てた。

 それでも、剣狂い以外にまだ人が残っている。

 それはつまり……。

「ええ。やはり盗賊でない者が混じっていましたか」

 にこやかな笑顔で、剣狂いは生き残った男達にそう話しかけた。


 生き残ったのは、蛮王と名乗っていた男とその後ろに四人。

 巨体でいかにも悪そうな恰好をする蛮王とは異なり四人は皆細身で、そして来ている服も軽鎧にローブを羽織るという盗賊らしからぬ服装をしている。

 その四人は杖を持ち、自分達五人だけを守る様な横に広く囲う様な形の透明なガラスの様な障壁を生み出していた。


「貴様の目的は何だ?」

 さきほどと異なり冷静かつ冷徹な表情の蛮王がそう尋ねると、剣狂いはにこやかに微笑んだ。

「おや。もう演技は良いのですか?」

「白々しい。我らの事を潰しに来たのであろう。ここの領主程度で貴様を呼びこむ事は出来ないだろうし、そういう動きも見られなかった。となれば中央か? それとも他領か? それとも……まさかディオスガルズか?」

「おや。私がディオス出身の様に見えます?」

「いいや見えんな。じゃあ中央か?」

「いえ別に。というよりも、貴方達が誰でどういう所属で、そしてここで何をしているのかなんて私にとってどうでも良いです。はっきり言いますと、興味ありません。ですので説明する必要もありませんよ」

「……ならば貴様、何が目的だ」

 その言葉に、剣狂いは嗤った。

「剣に狂って死ぬ。そう貴方が言ったでないですか。私には、他に理由はありません」

「ちっ! 厄介な。作戦行動中に全く運がない。とは言え……十二分に成果は出したと言えるからまあ良いだろう。撤退前の一働きだ。一と二はこのまま障壁維持! 三は魔力を保持しつつ他のサポート。四は最大火力で焼き払え。砦ごと焼いても構わんぞ」

 蛮王の命令に後方にいる四人の男は返事を返し、言われた通り命令を実行する。

 その淀みない動きと感情を抑制した統率的な動き、それはまさしく軍属の動きであった。


「……どこかの軍……いえ。それ以前に貴方武官ですね」

 蛮王に向かってそう言葉を紡いだ。

「興味ないんじゃなかったのか?」

「はい。全く興味はございません。ただ……久々に武官が斬れると思いましたら少々昂るものがありまして。ええ。全く私は運が良い」

 ドロドロと煮詰めたナニカを秘めた悍ましい嗤い方をし、剣狂いは異様な程鋭い殺気を周囲に撒き散らす。

 それは兵士として、武官として長い事働いてきた彼らですらここまで酷い殺気は見た事がない。

 五人にとって剣狂いは、本物の化物にしか見えなかった。




 その戦いは、一分にも満たなかった。

 いやそれ以前に――結論で言うなら、それは戦いですらなかった。


 魔法による障壁はわすか二撃であっさりと斬られ、炎の魔法は撃つ暇すらなくあっという間に魔法使い四人は生命活動を止めた。

 残された蛮王こと隣領の武官は一騎打ちに活路を見出そうとするのだが……悍ましい嗤いを浮かべる怪物と戦うには覚悟も技量も足りず数合の打ち合いの末、そのまま地面に倒れる。

 最後に蛮王が見た剣狂いの顔は……穏やかな笑み(退屈そうな作り笑い)を浮かべる剣狂いの顔だった。


 そこで、ようやく、蛮王は思い出した。

「貴様は……まさか……剣……き……」

 その一言を最後に蛮王は意識を手放し、そして二度とその意識が目覚める事はなかった。


「……ふむ。ちゃんと剣が振れたのはたったの六度ですか……。うーんもう少し長持ちする相手が欲しいものです。それでも……ええ、悪くない。まだ上が目指せるというのは本当……悪くないですね」

 そう剣狂いは呟いた。

 少し前、剣狂いは理想の剣筋というものをみた。

 その人物、彼女の技量や実力自体はそこまで強いものではない。

 実際剣狂いが本気になれば百度戦っても九十九度は勝つであろう。

 問題なのは、その剣の煌めきがとても美しかったという事にある。


 剣筋が、剣技が、その一閃が美しいという事は即ち、剣としての機能美に優れているという事。

 それを一言で言えば、無駄がないという事に他ならない。

 確かに実力という意味で言えば剣狂いには及ばなかった。

 だが脱力した体から最高の体捌きを行い、余分な力を入れず最低限の力で最高の効率を出す、その剣筋は美しいという他ない。

 その無駄の少なさは剣狂いが理想と思って今まで振って来た剣よりも、更に無駄が少なく遥か高みにいた。


 それはつまり、まだまだ自分の剣から雑念を、無駄を、余分な物を排除出来るという事にある。

 だからこそ、老人という歳の剣狂いであってもまだ成長の余地があるという事であり、そしてお手本を見た今、剣狂いはこの年ではあり得ないはずの成長と学習を楽しんでいた。


「ええ。……もう少し錆を落とし、磨き、高めておかないといけませんよね。その時に失礼になってしまいますから」

 そう呟き、剣狂い――剣鬼ティロスは次の餌を探しに再び旅立った。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ