9-13話 きっと再会すると信じて
トーナメント参加者の残り人数が十人となりこれからの試合は全選手が当たり合う総当たり制へと変わる。
それと同時に、祭りの盛り上がりも最高潮に達した。
お祭りにとってただ強い人を選ぶだけのトーナメントなんて所謂建前でしかない。
それでもそのトーナメントは、強者という誇りを掛けた決闘は予想を遥かに上回る程盛り上がった。
というのも、その十人の中に有名な王都の武官がいたり美人剣士がいたりと個性豊かな選手が揃い、その上で戦い方も千差万別かつ派手。
それは戦いそのものに興味がない者ですらもトーナメントが魅力的に映ってしまう程だった。
だからこそトーナメントはあり得ない程の盛り上がりを見せ、それに伴って祭りもまた盛況という言葉では足りない程度に街は賑わっていた。
そんな幸せに包まれた街を背に受けるだけで、プランはつい笑みを零してしまう。
誰かが幸せそうだと、誰かが嬉しそうだと、それだけでプランの心は満たされ温かい何かが灯される。
そんな自分が、知らない人の幸せを心から願える自分がプランは好きだった。
「んで、お前はもう良いのか?」
街正門を出て少し離れた位置で一人ぽつんとしているプランに向かってハルトはそう声を掛けた。
「ありゃハルトじゃん。どしたの?」
「そりゃこっちの台詞だ。今からが盛り上げるとこらしいけどもう帰るのか?」
明らかに旅支度を終えているプランに対しハルトはそう尋ねた。
「あー。前も言ったけど私今学生なのよね。だから用事終わったら帰らないと」
「もう数日位良いだろ。これからどんどんイベントやら屋台やら増えるらしいし。今俺らがいる街の外まで屋台やテントで溢れるそうだぞ」
「へー。それ楽しそうだね。でも帰らないと。友達にも早く会いたいし」
そう、皆が幸せそうだからこそ、プランの中には帰りたいという確かな気持ちが宿っていた。
「そうかい。それならしゃあないわな」
「ハルトの方は最後まで楽しむ感じ?」
「いんや。俺も別に。話変わるけど、あんたの知り合いのリーゼ。あいつとは帰らないのか?」
「あら? リーゼ知ってるの? もしかして知り合い?」
「いや……うーん。良くわからん。何か昔会った事ある様な気が……」
その言葉にプランは眉を顰めた。
「昔? 最近じゃなくて?」
「ああ。いや気のせいかもしれんけど……昔……物心つく前位に会った事がある様な……何か知った匂いな気がするんだ」
「まじか。……まじかぁ……」
ハルトの嗅覚は悲しい程に信用に値する。
鼻が良い事と顔が怖い事から狂犬とからかわれる位には鼻が良く、実際犬並かそれ以上じゃないかと思われた事もある。
そんなハルトが昔会ったという事は……そう言う事なのだろう。
「んー。だけど私覚えてないんだよなぁ」
「あん? 何か言ったか?」
「ううん。何でもない。知り合ってあんまり経ってないけどさ……それでもそれ以上にリーゼの事は良くわからないなーって」
「どんな奴なんだ?」
「良い子だよ。それは間違いない。その上で……悪い子」
「悪い子?」
「あの子怪盗だよ。それも王都を賑わす希代の」
「……は? 冗談だろ?」
「まじだよ。この街の新聞にも載る程度は有名なレベル」
「……つか何でそんなんと知り合いなんだ?」
「成り行き……かな」
「さいで……。お前もお前で良くわからん人生送ってんだな」
「困った事にね。と言っても、リーゼの事は好きだから別に良いけどねそれ位」
その言葉を聞いたハルトは後頭部をぼりぼりと掻いた。
「悪いな。リカルドの阿呆あんたにホの字みたいだったから見送り位は来ると思ったが……」
「良いよ良いよ。でもリカルドどこ行ったの?」
「否定しないって事は……まじでリカルドこいつの事好きなのかぁ……。世の中良くわからんもんだなぁ。いや。何か納得出来る気もするけど。ちなみにどこ行ったかは知らん。突然どっかに行くって言って、そのまま消えた」
「ほーん。まあ大丈夫でしょう。リカルドだし」
「だな。リカルドだし」
そう言った後二人は無言で顔を見つめ合う。
そして、まるで無二の親友の様にゲラゲラと楽し気に笑いあった。
「何でこんなにウマが合うんだろうなぁ。あんたの事名前すら知らないのに」
「さて? 何ででしょうねぇ」
「何か知ってやがるなこいつ。……全く、あいつもこいつもあっちこもこっちも。どいつもこいつも訳知り顔でいやがって。もっと俺みたいな馬鹿でもわかりやすい様な世界になれば良いのに」
「世界中の人類がハルト位の頭になれと?」
「……うん。それはないな。訂正する」
「うん。私も人類の世界が猿以下になるのはちょっとごめん被る」
「おいおい。猿と同じ位はあるだろ。たぶん」
そうハルトが言葉にしてもプランは一切頷く事なく、ハルトの方を追求するような目で見つめ続ける。
それに対しハルトもまた不満を表す様見つめ続け……そして二人は同時に我慢しきれず噴出した。
「んで。お前はどうやって帰るんだ? 徒歩っつー事はないだろ?」
ハルトはきょろきょろと周囲を探り、馬どころか誰もいない事に気づきそう尋ねた。
「ん。迎えが来る予定だよ」
「そうかい。……んじゃ、それ位は待ってやるか」
そう言葉にするハルトの背中に大きなバッグが持たれている事にプランは今さら気づいた。
「ありゃ。ハルトも帰っちゃうの? これからお祭り楽しくなるんでしょ?」
「おう。色々面倒事増えたし鍛える時間も欲しい。あんたには二度と負けたくないからな」
「……そか」
「おう。……なぁ。お前の迎えの馬車ってちゃんと安全か?」
「ん? 心配してくれてるの?」
「そりゃそうだろ」
その言葉にプランはむふーと嬉しそうに微笑んだ。
「そかそか。あんがとさん。大丈夫だよたぶんだけど、馭者さん私より強いし」
「……ぽんぽんとお前より強い奴が出て来るんだなぁ。世界って本当広いわ」
「そうだね。だから大丈夫。それに――」
そう言葉にしてからプランは気配を殺し、抜刀しハルトに剣を向ける。
意識外を狙いうち暗殺の様な剣、気配も音も消え去った暗殺の如く無拍子の一閃。
それはただ才能任せで剣を振っていた今までのプランでは放つ事が出来ない技だった。
「ほら? 私も強いし大丈夫――」
剣を首筋に合わせたつもりであるプランはそう言葉にしようとし……そして唖然とした表情で言葉を失った。
首に当てていると思っていた剣はハルトの口元にあり、そしてその剣はハルトによって動かない様に歯で咥え込まれている。
それはまるで、犬が骨を加えている様だった。
「え、えぇ……」
想定外の光景にそうプランが呟いた後ハルトは首を動かしてプランから剣を奪い、そのまま剣の持ち手を掴みドヤ顔をした。
「言っただろ。もう二度と負けるつもりはないって」
「……うん。だけど……」
「だけど?」
「きちゃない」
「……すまん」
ハルトはそう返し、自分の袖で涎のついた部分を拭い取り剣を返した。
そんな馬鹿犬の様な姿を見せるハルトを見て、プランはくすっと笑った。
「冗談よ。その程度気にもしないわ。……っと。迎えが来た様ね」
プランはこちらに寄ってくる小型の馬車に目を向けそう呟いた。
正門付近とは言え道から少し外れたこの辺りに他の人が来るとは思えない。
そう考えると、その馬車の目的はプラン位しかなかった。
その人物を見た瞬間……ハルトの体は蛇に睨まれたカエルの様に固まり、微動だに出来なくなった。
確かに、その男は恐ろしい程に強い。
ハルトの目から見てもそう感じるだけの実力を秘めており、どう控えめに見てももし戦えば勝ち目がないだろう。
それほどまでに、プランの迎えにきた人物は強かった。
だが、ハルトが固まった理由はその人物が強かったからとは全く関係がない。
その人物が……酷く奇抜な恰好をしているからだった。
自分よりも体格の大きな大男が女性用の服を着て、顔が際立つ様なまつげばっしばし唇真っ赤の女性がしたとしても派手過ぎるメイクをしている。
そんな人物を見たからこそ、ハルトはぴしりと氷の様に固まっていた。
「はぁいプランちゃん。お迎えに来たわよー」
「ありがとージュールさーん」
「良いのよ。でも、遊びたいならもう一日、二日位なら待つわよ? 私は急ぎじゃないし」
「ん? ジュールさんがお祭り楽しみたいなら待つけど」
「んーん。プランちゃんが良いなら私は別に構わないわ。そんな事よりもプランちゃん。ちょっと良いかしら?」
「はいはい。何です?」
「そっちの可愛いお・と・こ・の・こ。……紹介、してもらえないかしら?」
ハートマークがたっぷり見える様な猫なで声で、ジュールはそう言葉にする。
それを聞き、恐怖と震えからハルトは失いかけていた意識を取り戻した。
「ああ。とりあえずお互いに紹介するね。こっちはジュールさん。大きな商会の店長さんだから超偉い人だよ。んでこっちはハルト。トーナメントで知り合った人で私に勝った人」
「あら……。やっぱりお強いのね……うふ」
そう言ってウィンクをするジュールを見て、ハルトは一歩……まるでジャンプして逃げたかのような大きな一歩で後ずさった。
「いえいえそちら様程強くは。これはまた立派で逞しい筋肉をお持ちで……」
「あらぁ。初対面で体を褒められちゃった。……これは脈アリね!」
「ねーよ」
ハルトはつい無意識に突っ込みを入れていた。
「さて、二人の距離感が縮まった事だし……」
「縮まって欲しくないしこれ以上絶対縮めてなるものか」
ニヤニヤするプランに対し鋭く、そして強い決意を込めてハルトはそう返した。
「ま。それはどうでも良いとして」
「良くねーよ。ふざけんなよ」
「ふふ。ハルトもそんな怯えなくても。可愛いでしょジュールさん」
「怖いっつってんだよ。お前こいつ可愛いって何だよ俺には猛獣すらも食い殺す最強の捕食者にしか見えねーよ」
「あらあら。でもそれは冗談だってわかるでしょ?」
「わかんねーよ。香水やら色々な香りやらでこいつが本気かどうか俺にはわからねーよ。それにやけに良い香りがして逆に恐怖を増幅してるわ」
「大丈夫よ。……たぶん」
「お前も自信ねーんじゃねーか! おい! こっち見ろおい!」
ハルトはプランをがたがた揺すり抗議するのだが、それに対しプランはそっと顔を反らししらないフリをするだけだった。
「あらあら。お二人仲良いのねぇ。妬けちゃうわぁ」
そうジュールが言葉にすると、ハルトは酷く神妙な面持ちとなった。
「……こいつと、こっち。……付き合うならどっちがマシだ? ……いやこいつよりは男の方が……」
「ねぇちょっと待って。私男と比べられる位嫌なの!? というかジュールさんに負けてるの私!?」
「……悩ましい。……心の底から悩ましい。嫌さ六、四くらいで悩む……」
本気で悩んでいる様子のハルトを見て、プランはむきーと怒りハルトをぽかぽかと叩いた。
その様子を見て、珍しく我儘を言って甘えるプランの様子を見てジュールは目を丸くさせながら驚き、その直後穏やかな笑みを浮かべた。
馬車の中でプランは手すらも振らず仏頂面で見送るハルトを見つめ返していた。
じっと見合う二人。
それはもう会えないかもしれないというにはずいぶん淡白な別れで、そして知人以上の絆を感じる別れ。
それを見てジュールは苦笑いを浮かべた。
「良かったのプランちゃん。もう少し居ても良かったけど?」
「別に良いよハルトだし」
「そ。……ねぇプランちゃん。あのハルトちゃんと知り合いだったの? やけに仲が良く見えるけど」
「そう? ……ジュールさんから見たらどう見えた?」
「……そうねぇ。私の目にはちょっとやんちゃなお兄ちゃんと甘えんぼの妹ちゃんに見えたわ」
「……私、そんな甘えてた?」
「ええ。存分に。私には見せた事がない位のわがままっぷりで甘えっぷりだったわ」
「そか……。甘えてたのか私。ふふ……」
そう言って、豆粒程度になったハルトの方に、何一つ変わっていない友人にプランは小さく手を振った。
ありがとうございました。
これで九話が終わりで、次からまた学園に戻ります。




