9-12話 誓いを果たした男、愛の奴隷であった事を思い出した男、そして運命の奴隷である女
「おいっす。元気してたかハルト」
リカルドは数日ぶりに、ハルトに顔を見せる為宿泊宿に訪れる。
その様子を見て、ハルトは怪訝とした顔で呟いた。
「……お前、何があったんだ?」
「んー? 俺そんなに変わったかなぁ?」
そう言葉にしてニヤついた笑みを浮かべるリカルド。
その時点で、ハルトの知るリカルドとは大きな隔たりがあった。
いつも重苦しい空気を醸し出し、苦しそうな表情を浮かべる。
良く良くここではないどこかを眺め、寂しそうに笑う。
そんな蔭を感じる様な仕草を常に行っているのがハルトの知るリカルドという男だった。
「いや……そんなにまーっとした馬鹿面晒す様な奴じゃなかっただろお前。苦々しい男だったぞ割と」
「んじゃ逆に聞くけどさ、その時の俺と今、どっちが俺らしい?」
「そりゃ……」
そう言われ、ハルトが気が付いた。
今の方が明らかにらしいだけじゃなく、これこそがハルトの知るリカルドの姿なのだと。
蔭を多く含んだ暗い姿よりも、今の様に明るく真っすぐで、それでいて暑苦しい、そんな炎の様な男こそがリカルドの本当の姿。
それを見た事がないはずなのに、ハルトはそう思わずにはいられなかった。
「ああそうか。前から言ってた太陽とか言うのにようやく出会えたのか」
「おう」
「おめっとさん。んでどうするんだ? リフレストにはもう戻らないのか? それなら俺からそう伝えとくが……」
「これからは放浪の旅をする事になると思う。とは言え、そっちでやるべき事があるからちょくちょく顔を出すつもりだ。つまり、今までと大差ない感じだな」
「あいよ。そう伝えとくわ」
「ああ。頼むわ」
そこまで語り、ハルトは微笑んだ。
ずっと苦しそうにしていた友人が幸せそうにしている。
それはハルトにとって目出度い事以外の何者でもなかった。
そしてそれと同時に、ハルトは良くわからない妄想に囚われた。
知るはずのないリカルドの太陽が、何故かハルトにはそれが誰なのか思い当たってしまっていた。
「……なあ。ちょいと尋ねるんだが」
「あん? 何だ?」
「……お前の太陽ってさ、もしかして俺と戦った女の子じゃないか? 茶色の髪に茶色い目のちんちくりんな……馬鹿っぽい奴」
「……他の奴だったらぶん殴るけどお前にゃ出来ないわ」
リカルドは苦笑しながらそう言葉にする。
それは、肯定を示すには十分な愛を感じる言葉だった。
「……悪い。失言だったな」
「いや。お前は良いんだよ。あの子の事悪く言っても」
「何でだ?」
「何でもだよ」
そう言ってリカルドは再度、苦笑いを浮かべる。
その顔は僅かな嫉妬が混じっていたが、ハルトにそれを読み取る事など出来る訳がなかった。
「それでさ、どうしてハルトはあの子だって思ったんだ?」
「ただの勘だ。だけど……俺の勘当たるんだよなぁ。本当。どうしてだろうか」
「さあ。どうしてだろうねぇ」
「……お前、何か知ってんのか」
「ああ。知ってるぞ。この違和感の正体とかな」
その言葉に、ハルトは押し黙った。
ここ数か月ずっと違和感がこびりついていた。
ここが自分の世界じゃない様に感じる、不愉快極まりない何か。
それが何なのかわからない怒りに加え、不甲斐ない自分を呪いたくなるほどの怒りが交じり合う。
それはハルトだけでなく、リカルドも、ヨルンも、ミハイルも……いや、リフレストに住む者の大多数が感じる物足りない不快感であった。
「……それを言わないって事は、言えない理由があるって事なんだな」
「おや。そこまで信用されているのかな俺って」
そんな軽口を取り、両手を横に広げ大げさに驚くリカルド。
それを見て、ハルトは真面目な顔となりリカルドを見つめた。
「当たり前だ。お前は俺達の仲間だ。例えお前がリフレストに生きなくとも、俺はお前を親友であると思っているぞ」
「……あんがとよ。ま、あれだ。その違和感を解く為……いや、あるべき人をあるべき場所に帰す為に俺はこれから動く。だから待っててくれ」
「何をだ? お前が問題を解決するまで大人しくしとけって事なら……」
「いんにゃ。俺がお前ら全員に助けを求めるまでだよ。親友だろ? 助けてくれや」
リカルドの言葉にあっけに取られた後――ハルトは大笑いをした。
そう、リカルドとはこういう男だった。
ハルトも薄らとだかそうなのだと覚えていた。
誰かに言われてリカルドと戦って、そしてリカルドを打ち倒して。
そこから二人は仲間になった。
そんな事なかったはずなのに、ハルトはそう心が覚えていた。
「ああ。そうだな。お前はずっとリフレストに奉公してきたんだ。それ位のわがままは言うべきだよなぁ」
そう言いながらハルトはリカルドの背中をバンバンと叩く。
その力が強く若干痛いのだが、リカルドは甘んじて受け入れた。
「……なあハルト。俺からも一つ、質問したい事があるんだが良いかい?」
「ん。ああ。そんな前置きいらん好きに聞け。どうせ隠し事なんてないしな」
「え? 幼い頃の初恋の話とか隠し事じゃないのか?」
「はぁ!? なんでお前がそれ知ってるんだよ! 誰に聞いた?」
「さて、誰だろうねぇ」
未来で本人にとは言えないリカルドは揶揄う様な笑みを浮かべ適当に流した。
「全く……元からだが訳わからん奴だ。それで何を聞きたいんだ?」
「ああ。大した事じゃない。お前はリフレストの武官、騎士だろ?」
「ああ。そうだな。現在たった三人……いや、二人……あれ? まあ二人の武官だけどな。お前が武官になってくれりゃ良いんだが……」
何故か二人か三人かで混乱しているハルト。
未来と過去の記憶、現実、空想、希望が混ざり合い、話の調合性を作る為に色々あやふやになっている。
それが現在のリフレストだった。
だからこその混乱、だからこその異変、そしてだからこその違和感。
それでも誰もそれが変であると気付く事はなく……リフレストは異常としか言えない毎日に満ちていた。
具体的に言えば、教会の大きさが毎日変わり、耕していないはずの農地が翌日勝手に耕されていたり、まだ来ていないはずのアインがいる事になっていたと思えばいない事になっていたり。
そんなあからさまな程可笑しい現状なのに、誰も気づかない。
何者かの思惑すらも越えたリカルド以外は――。
だからこそ、リカルドは大いなる存在が、神に匹敵する何かがプランに関わっていると理解出来た。
「まあ人数はどうでも良いんだ。どうせ三人になるし……。いや、ラステッド達も混じるからもっと増えるか」
「ラ……何って言ったんだ? すまん聞こえなかった」
「いや。良いさ。下手に藪をつついて何か凄いのとあの子の邪魔をしたくない。それに俺の聞きたい事には何一つ関係ないし。俺の聞きたい事は一つだけだ。ハルト。この前戦ったあの子の事、ちょいと思い返してくれ」
「あ、ああ。わかった。あのちんちくりんだな。化物みたいに強かった。くそ大剣壊しやがって。……お気に入りだったのに」
「はは。剣一つで勝ちを拾えたんだから良かったじゃないか」
「まあな。んで、あいつがどうしたんだよ?」
「いやさ、大した事じゃない。お前さ。リフレストの騎士だよな?」
「何かしつこいな。いやそうだけどそれがどうした?」
「ハルト。――あの子の為に死ねるか? リフレストを放置して、あの子を守る為に命を捨てる事が出来るか?」
「はぁ?」
何を言ってるんだというような怪訝な顔をし、ハルトは小さく溜息を吐いた。
「あのな。リフレストを、家族を、皆を守る為に俺は騎士になったんだ。俺がリフレストを放置する訳がないだろ」
「ああ。そうだな」
「んで、あいつの為に死ねるかだっけ? 意味がわからん。当たり前だろそんなの? 聞く必要あるのか?」
自分の言葉の違和感すら覚えず、ハルトはそう言い切った。
魂が、肉体が、意思が、ハルトを構成する記憶以外の全てが、そうであるべしと覚えていた。
「……ああ。だからずっと昔から……俺はお前が羨ましかった。あの子の恋人に、愛する人に俺はなれん。だからせめてあの子の一番の騎士に、あの子の為に殉じるナイトになりたかった。それすらさせてくれないお前の事を尊敬すると同時に……憎たらしい程に羨ましかったよ」
「……何言ってるんだ……って空気じゃないな。悪いな。だけど、俺は俺だ。お前がどうであろうと、俺は変わらん。」
「わかってる。だからこそ、俺はお前に挑戦するんだよ。あの子を護る為に」
「言いたい事は全く理解出来ない。だけど、お前が俺に挑戦するってのなら歓迎だ。ライバルは一人でも多い方が俺も強くなれるからな」
「……そういう意味じゃないんだけどねぇ。まあ良いわ強くなる必要があるのは確かだしな……」
あの時の事を覚えているからこそ、リカルドはその事実を知っている。
何もかも足りていないという恐ろしい事実を。
プランが今実力を高め、人を集め、コネを作って日々成長しているだろう。
ハルトもまた悍ましい程強くなったのは傍にいたリカルドだからこそ理解している。
だが、それでもまだまだ足りない。
リフレストをリフレストだけの力で守る為には、何もかもがまるで足りていない。
リカルドはそれを誰よりも悲しい程に理解していた。
「ああ。そうしてくれ。んで俺を追い越しついでに引き上げてくれ。あのちんちくりんにだけはもう負けたくない」
「はは。そうだな。あの子に俺は勝つ事が出来ないけど、ハルトにゃ俺も負けたくないし頑張らないとな」
「あいつに勝てないって?」
「弱みがあるからさ。惚れた弱みがね」
「ああそうかい」
「ま、大体話したい事は終わった。領の皆に挨拶は頼む。手紙位は近い内に出すから」
「おう。……ま、元気でな」
「ああ。そっちもな」
そう言葉にし、リカルドはハルトの部屋を去っていく。
別れは驚くほどあっさりとしたものだった。
というのも何てことはない。
どうせ近い内にまた再会するからだ。
事情がわからない。
だが、ハルトはそう直感していた。
「あん? ……お前……ドアから来いよ」
窓の外からちょろちょろとした気配を感じ、ハルトはそうぼやく。
その直後、鍵のかけてあるはずの窓は何事もないかのように開き、小さな少女が中に入って来た。
「あら? お客様がいたから無粋な真似をしない様遠慮してあげたのに」
そう小さな体で隙間を縫う様にベッドの縁に移動し、座りながらリーゼはくすくすと笑って見せた。
「はあそりゃお気遣いありがとーごぜーます」
「いえいえ。良いのよそれ位。私は気が利く女だからね」
「さいで。……にしても、お前ならきっと興味本位であいつを追いかけると思ったのにな。あんまり興味なかったか」
「……あいつってさっきの奴?」
「ああ。リカルドって奴なんだ。良い奴だぞ」
「私が興味引きそうな感じなの?」
「そうだな。まず、めちゃくちゃイケメンだ」
「どれくらい?」
「そうだな。ミハイルと同等位」
「……ミハイルってそんな恰好良いの?」
「めちゃくちゃ恰好良いぞ」
「へぇー。そうなんだ……。ま、まあ私べつに男の顔にそこまで興味ないけどね。そりゃ恰好良い方が私が映えるから良い方が良いだろうけどさ」
何故か少し慌てた様子でリーゼはそう一呼吸で言い切った。
「さいで。んで、狩猟が超上手い」
「ほーん」
「んで、魔法が使える」
「ほほー。良いね。それはポイント高いよ」
「ああ。戦闘に日常にお仕事にと我が領引っ張りだこさ」
その言葉に、リーゼは耳をぴくりと動かしハルトの方を見つめる。
その表情は、興味を持って追いかけまわす前の猫の様だった。
「そのリカルドって奴。リフレストの人なの? 誰の子供?」
「いや。元盗賊……? 市民? まあ色々あって我が領の食客扱いになった他所出身」
「幾らで来てもらってるの?」
「飯代オンリー」
「……何で武官相当の金銭貰ってしかるべき人物がそんな酷い待遇なの?」
「知らん。成り行きとヨルンの腹が黒いからだ」
「流石というか何と言うか……本当腹黒になったわねぇ」
「んで、最大の注意点だけど……」
「まだあるのか……属性盛り盛りねそいつ」
「あんたの友人に恋してる」
「――は?」
演技でも何でもなく、リーゼは言葉の意味が良くわからずその場でフリーズした。
「恋……というか愛だな。全てを捧げるって事でその目的を手助けに行った」
「いや……え? いつ出会っていつ愛し合ったのよ。というかプランの目的知ってんの?」
「一方通行だぞ。んで、出会ったのはたぶん昨日辺り。目的知ってるかどうかは知らん」
「なんで一日でそんな事になってんのよ……」
「知らん。一日で数年分でも取り戻したんだろう」
その言葉にリーゼは少しだけ考え込み、そしてそのままドアの前に移動した。
「会ってくるのか?」
「うん。超気になるし」
「おう。行ってこい行ってこい」
そう言ってハルトが興味なさげに手を振るがリーゼは振り向きもせず、そのままドアを開け、閉めもせず飛び立っていった。
「……当たり前の様にミハイルは知っている。でもその外見は知らない。……んー。誰だ? 会った事ある様な気はするんだがなぁ……全然思い出せん」
色々と情報を入手しようとしたハルトだが、基本脳筋いつも大雑把な性格である為上手く行かず、調べた情報を整理しても何一つわからない。
それでも、何かヒントが得られるかと思って上手くリカルドの元にリーゼを誘導出来たのは、我ながら上手くやった物だと内心自慢げな気持ちになっていた。
ハルトは開けっ放しのドアを閉め、その後わからない事を悩み考え続けるという徒労としか言えない時間の使い方をして一晩を過ごした。
「ねぇ! あんたがプランに恋したっていう男なの。私彼女と友達なの。ちょっと話聞かせてよ」
淡い紫色の髪を見てリーゼは慌ててそう声をかける。
それを聞いたリカルドはそっと後ろを振り向き――そのまま即両手に短剣を持ち、構えた。
周囲に人がいないとは言え宿の中での抜刀。
流石にそれは想定していなかったリーゼは慌てた様子で後ずさった。
「ちょちょ! タンマ! 何あんた? もしかして過去私に何か被害受けた事がある人? だったらごめん! でもとりあえずそっちもヤバイからこんな場所での武器は仕舞おう? ね? 金銭での賠償で済むならちゃんとするからさ」
その言葉に一切頷きもせず、短剣を構え妖精を出し、片方の短剣に炎の魔法をかける。
短剣は赤い光のロングソード位の刀身となった。
リカルドの表情は、そのロングソード以上に殺意を強く色濃く宿していた。
「うっわまじで将来有能だわ。いや、そうじゃなくさて。ね? 話を聞いて。ハルトと協力関係だしプランとも仲良いのよまじで」
ハルトとプランという言葉にぴくりと反応するも一切構えを解かないリカルド。
それを見て、チャンスと思いリーゼは言葉を畳みかけた。
「ほら。何かあるなら話を聞くし何ならプランとの仲を取り持っても良いしさ。いやまじで今はメロウとして来たわけじゃないの。本当よ」
そこまで聞いた後、リカルドはリーゼを睨みつけながら脅す様な声で呟いた。
「メロウなんて知らん。お前と会った事も迷惑を被った事もない」
「はぁ!? じゃあ何でそんな対応なの? 何? 初対面の女の子に武器を振るうのがあんたのやり方なの?」
「お前が……女の子?」
「いや。子という年齢じゃないけど……女である事は間違いないから」
そう言ってあたふたとするリーゼ。
その姿を見て、少しだけ警戒を解いた後リカルドはぽつりと呟いた。
「俺の目には……お前が人間にすら映っていない。お前は一体何なんだ?」
そう言葉にするとリーゼは目を丸くした。
「本当に驚いた。あんた、見えるの?」
「……何の話だ?」
「……ううん。そか。んじゃ隠し事も止めましょう。だからさ、そっちも隠し事を止めて事情を教えて。貴方はプランの何なのか。私に教えて」
その言葉にリカルドは警戒を取り戻し、武器を構える。
プランの傍にこんなのがいるなんていうのは、リカルドにとって恐怖その物でしかなかった。
「……はぁ。そうね。とりあえずこっちの話を聞いて頂戴。その上で、信じられないならこのまま喧嘩別れで良いから」
そうリーゼが言葉にするがリカルドは武器を、警戒を解かない。
だが、その場から立ち去る事もリーゼに攻撃を仕掛ける事もしていなかった。
「……話は聞いてくれるみたいね。んじゃ。改めて。私の名前は――」
そうして、リーゼが自らの正しい名前と身分を明かした瞬間、リカルドは息を飲み……そして即座に武器を仕舞い妖精を戻した。
その後、リーゼの事情を聴いたリカルドはリーゼと全面的な協力体制を取る事を心に決め、愛するプランにも親友のハルトにも連絡を取らず逃げる様に街から出ていった。
ありがとうございました。




