9-11話 二人だけの距離感
独りで過去に取り残される。
そこにいるのは知っている様な知人であってもプランを知らない、まるで別人の様な誰か。
それが今のプランの生きている世界。
それを選んだのはプラン自身であり、また自分が一人世界に忘れさられたとしても、後悔なんてない。
大切な物を守れるのであるならば、その可能性が残されているのならば、プランは何度でも同じ選択をしただろう。
だから後悔なんて、するわけがない。
とは言え……そんな未来から逃げる事をプランが選んだからと言っても、実際に実行したのは愛する妖精ワイスであり、プラン自身はどういう原理で何をしたのか、そして自分が今どんな状況なのかも良くわかっていない。
昔の未来の事をみだりに話すと自分が消える位しか知らないプランだからこそ、このさっぱりわからない状況でのリカルドその相対に、何故か自分を覚えているリカルドにプランはとにかく戸惑っていた。
「えと……その……何から言おうか。えと、その……。良くわからないと思うけどその……」
おろおろとしながらそう言うと、リカルドは跪いたまま優しく微笑んだ。
「久しぶり。ずっと、会いたかったよ」
目的も理屈もない、純粋な好意。
それを受け止められないプランすらも許してくれる様な、そんな心からの優しさ。
そんなリカルドだからこそ、プランは懐かしく感じ同じ様に微笑み返した。
「……。ん。ひさしぶりリカルド。元気だった?」
「あんまり。俺の太陽がずっと出て来なくてね。さっきようやくお日様が登って朝になった所だよ」
そう言葉にし、リカルドはプランにウィンクを投げかける。
それに対し、プランはふふっと小さく笑った。
馬鹿にしている訳もないし、逆にトキメクという事もない。
プランに合わせてリカルドはある程度冗談交じりでそう言う事を話してくれるからだ。
全てを投げ捨てるリカルドの無償の愛。
それを感じるプランは身も心も溶けそうになっていた。
「ぶっちゃけさ、駄目人間製造機だよねぇリカルド」
「そう?俺なんてまだマシな方だよ」
「えー? ほんとー? 誰と比べてマシなの?」
その言葉にリカルドはプランの方を今までと違う目つきで見つめた。
「万人を駄目人間にしかねないプランちゃん。リフレストの時は貧乏暇なしだったから誰も溺れなかったけどさ。そうじゃない環境ならプランちゃんは絶対駄目人間を量産する」
「へ? そんな事ないよ?」
「いいや。現段階でもプランちゃんがいないと生きられないって言う人が一人や二人や三人はいるでしょ。間違いない」
「そんな事――」
否定しようと思った最中、ミグの顔が出て来たプランはそっと顔を反らす。
それを見てリカルドはそれ見た事かとほくそ笑んだ。
「んで、それって男? 男なら悲しみつつ祝福するけど」
「女の子だよ。猫みたいに可愛い」
「……えと、祝福する様な関係?」
「恋愛感情はありません」
キリッとした顔でそうプランが言葉にする。
その様子が何故か面白くて、二人はお互いの顔を見ながら笑いあった。
「ま、元気にやってるみたいで良かったよ。それと、さっきの会話で現状も大体把握出来た」
「……へ? いや事情に関わりそうな事何も話してないよ?」
「現状に加えてプランちゃんの様子と状況。そしてプランちゃんがさっきの会話でどの話を避けてどの話を選んだか。それだけわかればある程度推測出来るよ」
「……まじで? リカルドそんな頭良いタイプじゃなかったじゃん」
「……ま、ハルトと同じ馬鹿側なのは否定しない。全く違ったら訂正してくれ。それ以外は否定も肯定もしなくて良いよ。それすら辛いかもしれないから」
「あい」
「まず、何かとんでもない事をして時間を巻き戻した。これは間違いない……だろう」
「どうでも良いけど妖精って契約する人間の願いを一度だけ叶えてくれるらしいよ。とんでもない代償と共に。ついでに言えば私の妖精ワイスは他の妖精より色々凄いです。えへん」
「オーケー大体把握した。んで次だ。何等かの事情で時間を巻き戻した弊害としてプランちゃんだけが皆から忘れられ、プランちゃんがいなかったという世界になってしまった。齟齬が出た場合は色々と帳尻合わせながら」
プランはじっとリカルドを見つめる。
それを肯定する事は、プランには難しい事だった。
その後も、リカルドはプランの現状をまるで見て来たかの様に次々と言い当てた。
過去に戻った弊害として未来の事を誰かに伝える事は許されず、領に帰る事も出来ない。
凄く大きな存在が色々と関わっている。
ワイスは出て来れない。
プランはそんな中戦う為の力を、仲間を探す事を目的に動いている。
その他も含め、様々な事を予測して伝えた。
「と言う感じでどう? 合ってるでしょ?」
その言葉にあっけに取られるプラン。
確かに肯定も否定も出来ない。
だが、その様子は大半が正解している事を見事に物語っていた。
ただし、重要な部分が一つだけ間違っていた。
「一個だけ良い? 否定出来るかわかんにゃいけど」
「ん。何?」
「んー。言えるかなぁ『私と出会った人の記憶が蘇る』ってのは違うね」
少しだけ顔を顰めながら、プランはそう言った。
「へ? あれ? 俺は……。いやそうか。そんな簡単に戻るんだったらプランちゃんの事もっと早く俺らは知れるか。ここにはあいつもいるんだし」
「あいつ?」
「ああそうそう。あいつあいつ。プランちゃんの事で一杯になってたから伝え忘れてたわ。このトーナメントにハルトも出てるんだよ」
「――ん。知ってるよ。戦ったから」
「まじで!? じゃあ……いや。そうか。あいつ勝ったんだな。お疲れプランちゃん」
穏やかな表情のプランを見て、リカルドはそう断言した。
「ありがと。……戦って負けるのってさ、何か悔しいね」
「本気を出せたらそうなんだよ」
「ん。ちゃんと本気出せたよ? 私凄く強くなれたよ。でも……」
「ハルトが何をしてきたのか、どれほど積み上げてきたかを見て来たから知ってる。ハルトは今のプランちゃんよりもっと強くなった。俺今のあいつとなら何回戦っても勝てないしな」
「……記憶ないのにねぇ」
「俺もあいつも、覚えがないなりにプランちゃんの幻影を見続けて生きて来たからね」
「そか。……ま、私の騎士だったんだからハルトが私より強いのなんて当たり前だよね」
「……今でもプランちゃんの騎士だよあいつは。だから領の皆ハルトを自由にしてる。あいつに命令して良いのはプランちゃんだけだって皆が何となく覚えてるんだよ」
「……そか。それなら……少し嬉しいかも」
そう言ってえへへと微笑むプランの顔を見て、リカルドは複雑そうに苦笑した。
「何と言うか。嫉妬するねぇ本当。これで恋愛感情二人がまじでないんだから何か複雑だわ」
「あはは。ま、兄妹みたいなもんだったからねぇ」
「そうだね。……さて、もう少し踏み込んだ話をしようか。どこか個室ある?」
その言葉にプランは表情を固くしながら頷き、リカルドを自分の部屋に案内した。
部屋に入ったリカルドは妖精を呼び出し、キラキラと緑色の粒子を周囲に散らせた。
「よし。これでとりあえず声は外に漏れない」
「……はえー。そんな事出来る様になったんだね」
「ああ。ミハイルとヨルンの二人にこき使われてきたからな。あいつら二人揃うと色々とえぐい事えぐい事」
「あはは。何かごめんね」
「良いさ。プランちゃんがいない事以外を除けば文句のない場所だったし。んでちょいと真面目な事尋ねるけど、諦める気はないんだよね?」
「……何を?」
「あの場所を救う事を」
「……諦められないよ。リカルドと一緒にいた人達も、あそこに住んでいるんだよ?」
「ああ、そうだね」
「だから私が助けないと……みんな……みんないなくなっちゃんだよ?」
「そうだね。プランちゃんしか助けられる人がいない。あの事を知っている人はもういないんだから」
「だから――」
「――でも、今は俺がいる」
「……はい?」
「リフレスト内部にいて、事情を知っている俺がいる。ぶっちゃけ何とかするなら制限が何もない俺の方が適任な位だ。例えば……俺が用心の為にあの場所にに防衛網を設置する様伝え、同時にもしもの時の為に領民全員が逃げられる避難場所を作っておく。たったこれだけでとりあえず誰も死なない事態には出来るじゃん。とりあえずは、だけどね」
「……あ。そか……。私じゃなくても良いのか」
全部倒さないと。
全部自分達でやらないと。
能力は足りないけど、それでも私が先頭に立って何とかしないと。
それはそう思っていたプランでは絶対に出てこない発想だった。
「……そ。俺でも良いの。もう全部一人でやらなくても良いんだ。俺に任せてさ。……それとも、俺が信じられないかな?」
その言葉にプランは迷わず首を横に振った。
「ううん。そんな事ないよ……」
そう、しょんぼりしながらプランは答える。
信じられない訳がない。
いや、そもそもの話、昔共にいた、あの場所にいた人ならプランは誰でも信じている。
友に、兄に、家族に、領民に。
その全員を、プランは心の底から信じていた。
だが、それでも……。
「その上でもう一度聞くけど、諦める気はないんだよね?」
……こくん、とプランは頷いた。
「だよねぇ。そりゃ頼っては欲しいけど……ま、プランちゃんらしい」
「えとね、リカルドの事を本当に信頼してない訳じゃないよ? 実際凄く頼りになるし。でも……」
「わかってる。だってプランちゃんだもん。自分でリフレスト領を、愛する皆を助けたいんだよね」
わかってくれる事が嬉しくて、自分の願いが伝わっている事が嬉しくて。
プランは何度も、首を縦に動かし頷いた。
「ん。と言う訳で、前までと同じ。俺はプランちゃんのサポートに回るね」
「え? 良いのそれで?」
「もちろん。遅くなったけど……一人で頑張らせてごめん。これからはちゃんと助けるから」
そう言葉にし、リカルドはプランの頭を撫でた。
「これくらいの役得は許されるかな?」
そう言って微笑むリカルドに対し、プランはそっと下を向いた。
「……もし、これが普通の女の子だったらきっと泣いてたと思う。だって、今のリカルド凄く安心させてくれるから」
「でも、プランちゃんは泣いてないね」
そう言われ、プランはリカルドの方に顔を向ける。
その顔は――溢れんばなりの笑顔だった。
「だって凄く頼りになる仲間が来てくれたんだもん! 泣いている暇なんてないよ!」
「それでこそ我らがプランちゃんだ」
そう言ってこの世界でただ一人、プラン・リスレストを知る者は敬愛と親愛、情愛を込め微笑んだ。
「と言う訳でリカルド大先生。さっそくですが何かそれっぽい知恵をお貸しくだされ―」
プランはベッドの上でへへーとリカルドの方に頭を下げる。
それを見てリカルドは苦笑いを浮かべた。
「本当さっそくだね。何か行き詰ってる感じかな?」
「ううん。ぶっちゃけこれ以上ない程上手く行ってるはず。少なくとも私はそう思ってるよ。今の私は前の何倍も強いしハルトも何か凄い事になってるし」
「ああ。今のあいつなら単独でワイバーン撃破出来そう……いや、余裕だろうな」
「ついでに言えば私の方も色々とお勉強してるしコネの方も順調に増えてます。だから手応え自体はあるんだ」
「ふむふむ。じゃ、どうして困ってるの?」
「……順調でも……間に合う気がしないの。私がいないからアレの進行は遅い。それでも、五年か、十年か以内にはきっと同じ事が……ううん。もっと酷い事が起きると思う。だからこれで間に合うか……」
「不安なんだね」
こくん、とプランは頷いてみせた。
「そうだね……。プランちゃんは今どこでどんな事をして強くなろうとしてるの?」
「アルスマグナ冒険者――えと、王都の冒険者学園に居るよ」
「オーライ。そこより優れた冒険者養成所ってある?」
「たぶんにゃい」
「さっすが。んで、ある程度は順調なんだね?」
「うん」
「何か困った事とか問題はある?」
「ちょくちょく出て来るけど頼りになる友達がいるから何とかなってる」
「……ん。わかった。だったら俺は王都以外で活動しよう」
「……あれ? 着いてきてくれないの?」
プランは少しだけ困った顔でそう尋ねる。
それを見てリカルドは溜息を吐いた。
「もし……さ。もしもの話だけど、その言葉が不安とか寂しいとかの言葉だったら俺は喜んで王都に行って、そして一緒の学園に行くよ。でもさ、違うよね? 俺がプランちゃんと一緒に居られる事を喜ぶからそう言ってくれただけだよね?」
「……うん。ごめん。無神経だった」
「いや。その言葉も気持ちも凄く嬉しいし実際俺はプランちゃんと一緒に居たい。だけど……それでも俺の愛を舐めないでくれる? 例え会えなくても、例え想いが通じなくとも、例え誰か他の人をプランちゃんが好きになっても。俺は死ぬまで、いらなくなるまでこの愛を貫く。俺の目標はプランちゃんの騎士だからね。……ハルトっつー色々な意味で最悪なライバルがいるけど。ま、だから俺に対して遠慮しなくて良いよ」
そう言ってリカルドはわざとらしいウィンクをして見せ、プランを笑いに誘う。
それに釣られプランは小さく微笑んだ。
「ん。果報者やのぅ私。……ほんと、ありがと」
「ああ。その言葉だけで十分だ。と言う訳で俺は王都以外で活動してプランちゃんのサポートに徹し、何等かの情報や武具等の道具をそっちとリフレストに送っていく。それと併用して念の為あの鉱山予定地の付近を通行止めにする事をミハイルに提案しておく。ああ、後さ、念のためだけどプランちゃんの情報は伏せておくね。思い出すかわからないし、何よりプランちゃんに何が起きるのかわからないから。伝えるタイミングはそっちに一任する」
「ありがと。……うん。世間知らずだったから知らなかったけど……やっぱりリカルドハイスペック過ぎるね本当。下手すりゃ今のハルト以上に希少なんじゃないかな」
「そうか? ハルト程強くないしミハイルやヨルン程有能でもないぞ」
「顔はイケメン。有能狩人でありつつ困った人達をまとめ上げて村を作るリーダーシップを持つ。そして何より高度な魔法技能。うん。学園通ってわかった。リカルドやばいわ」
「そうか? 俺何て我流で大した魔法も使えないぞ?」
「いや。我流でそれだけ魔法が使える人たぶんそんないないよ? 魔法って思った以上に不便で、特に戦いの中併用して魔法使う人ってそんな見てないな私」
「そか。それならそこで寝ている先生が良かったんだろう」
そう言ってリカルドはプランの妖精石を指差した。
「あはは。そうかもね。それだと共に学んだ私が落第生になるけど」
「丁度良いじゃん。俺が出来る事もプランちゃんが出来ちゃうと俺の意味なくなっちゃうし。ああそうだ。ちょっと妖精石貸してくれる?」
「ん? 良いけど。どうしたの?」
そう言ってプランは大切な妖精石をリカルドに預けた。
「ん。情報という意味でも能力という意味でも非常に頼りになるワイス大先生がいたら色々楽でしょ? 何かが理由で出て来れないだけならさ……契約がまだ切れてないなら呼び戻せないかなって」
「えと、その魔力が……」
「オーライ。足りないだけか。それなら俺の魔力ぶち込んでみるわ」
そう言ってリカルドは自分の妖精石を左手、プランの妖精石を右手に持ち自分の真っ赤な妖精を召喚した。
「さてと……これで……」
そう言いながらリカルドはぐっと力を込め、パイプの様に魔力を輸送した。
プランの妖精石が赤く脈動する様な輝きを見せる。
可視化出来る程の魔力。
それを妖精石は吸い続け――そしてリカルドは魔力を輸送するのを止めた。
「ほい。一杯になったからこれでどう?」
リカルドから自分の妖精石を受け取ったプランはぎゅっと妖精石を抱きしめ、目を閉じた。
「ワイス……」
友人に、親友に、相棒に。
会いたいという気持ちをプランは強く捧げる。
だが、妖精石から帰って来たのは一瞬の白い光とわずかな揺れだけだった。
「あはは。駄目っぽい。他に条件がいるのかな?」
明らかに落胆したような顔を浮かべるプラン。
それに対し、リカルドは顔を顰め怪訝な表情をし続けていた。
「ん? どしたのリカルド。そんな怖い顔して」
「いや。プランちゃん。プランちゃん以外の、俺の声とかもワイスには聞こえてるかな?」
「え。うん。聞こえてるよね?」
その言葉に、妖精石はぴかりと反応を見せた。
「……んじゃ、ワイス。ちょっと尋ねるけど……もしかして……もう出られるんじゃない?」
その言葉に、ワイスは反応を示さなかった。
「へ?どゆことリカルド?」
「いや。魔力自体もう粗方溜まっていたんだ。だからたぶん……結構前からワイスはいつでも出られる状況だったはず。だけど……」
「だけど?」
「何か問題があって……たぶんワイスが出てきたら不味い事態になるから、ワイスは自主的に引きこもってる……んじゃないか?」
そんなリカルドの推測に……ワイスは大きく震え白く光る。
それはまさしく、肯定する様な光だった。
「……オーライ。その辺りも色々と情報調べておく。プランちゃんも魔法に詳しくてもっと頼りになる人探してみてくれ。ワイスがいりゃ一気に状況は好転する」
「あい」
プランはびしっと手を上げリカルドにそう返事をした。
ありがとうございました。




