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9-9話 玉響の会遇、尊き永劫の果て


 何かが起きようとしている。


 トーナメント会場の舞台上で審判と共に対戦相手を待ちながら、プランはそう感じていた。

 今日の体調は今までと同様……いや今まで以上に調子が良く最高と言って良い程に万全となっている。

 昨日の屋台でリーゼと楽しく遊んだ事が戦闘で溜まっていたストレスを上手く浄化してくれたらしい。


 数試合ほど行ったが、装備に関してもまだ問題はない。

 陽炎桜の数にもまだまだ予備はあり、ショートソードには刃こぼれ一つなく革鎧も傷みが見えない。

 その上今回はインナーが新調された。

 リーゼから昨日のボーナスと言って渡されたそのインナーは今までプランが身に着けていた物とは段違いに質が良く、それだけで防具となりそうなほどの頑丈性を持っていた。


 心身共に絶好調で、装備も十二分な位揃っている。

 その上で……戦いを前にしているのに不自然な程気持ちが落ち着いていた。

 水面に波紋一つない水の様に凪ぐ心。

 それはこれから来る何かを予感している様だった。


 何が起きるのか、それはプランにもわからない。

 だけども、絶対に、何かが起きる。

 そうプランは確信していた。


 確かに、プランという存在は剣の才能に溢れている。

 だが、足りているのは才能だけであり、経験は欠如している為闘気や剣気、また危機の予感などは出来ず、対戦相手の力量を把握する事も苦手である。

 そんなプランであるにもかかわらず……対戦相手がいるであろう控室の方角から何か強い気配を感じた。

 今までの相手が弱かったとは決して言わない。

 それでも、これから戦う相手が特別であるのは確かだった。


「……来る」

 対戦相手の気配がゆっくりと動くのを感じ、プランはそう呟いた。

 ゆっくり、ゆっくり……控室から近づいて来る対戦相手の気配。

 その気配が近づく事にその強大さを感じ……同時にそれ以外の不思議な感情をプランは覚えた。


 それは悲しさに近いが辛くなく……寂しさに近いが暖かく……。

 辛いけれど不思議とそんなに嫌じゃない。

 そんな不思議な感覚。

 それが懐かしさであるとプランが気づいた瞬間、気配の主と目が合い――息を止めた。


 その瞬間、頭が真っ白になった。

 時間が止まった。

 背中に衝撃の様な物が走った。


 巨大な剣を背負い獰猛な犬の様な気配をする黒い髪の青年を見て、プランの心は真っ白のまま固まってしまった。


「どうしてだろうな……。俺はあんたの事を知らん。そのはずだ。だけど……何でかあんたにだけは負けたくないって……俺の中の何かが本気で悲鳴あげてるわ」

 そう言って青年は……ハルト・ゲイルは苦笑いを浮かべた。


 今まで出会った人で一番強い人は誰かと聞かれれば、プランはその答えに悩む。

 どういう意味で強いのか、どういう場合を想定して強いを選べば良いのか。

 そもそも強さの上下とはどうやって図れば良いのか。

 何もわからないプランにその答えを出す事は出来ない。

 強いて言えば、剣の先生であるティロスをプランは思い浮かべるだろう。


 だが、一番頼りになる相手が誰なのかと言えば、プランは真っ先にその人物の事を思い描く。

 ハルト・ゲイル。

 自分と同じ大切なものを持つ武官。

 家族と呼んでも良い程の関係だった誰よりも頼りになる友人。

 プランにとって騎士とは彼の事を差す。

 ハルトこそが、プランの一の騎士であった。


 その騎士が、もう自分の騎士ではなくなった男が……自分の前に敵として立っていた。


「なあ。あんたとどこかで会った事あるか? さっきから何かデジャヴがとにかく酷いんだが……」

 ハルトがそう言葉にするがプランは茫然としたままで何も答えない。

 無言を貫くプランを見てハルトは気まずそうに頬を掻き眉を顰めた。


 衝撃が強すぎて、プランはハルトの言葉が聞こえていない。

 とは言え、聞いていたとしても答えられないだろう。


 過去と未来を交差する曖昧なプランの肉体にハルトという存在の言葉はそれだけでプランの体をあやふやにする。

 もしこの場でプランが自分の事を明らかにすれば、プランという存在は過去、未来だけでなく全ての世界から消え去るだろう。

 プランはまだそれほどに曖昧な存在であり、同時にプランが失った未来にとってハルトという存在はそれほどに重要な人物だった。


 あっけに取られたまま固まるプラン。

 それを見て、ハルトはゆるい気持ちを切り替え臨戦態勢を取って敵意をプランにぶつける。


 ただそれだけで、プランの意識は現実に引き戻された。

 獣の様な圧倒的な威圧を前にして茫然としていられるほどプランの勘は鈍くなかった。


「……惚けていても戦う事は出来そうだ。良かった良かった。……んで、ちょっと話聞いてくれないか?」

 そんなハルトの言葉にプランは何も答えない。

 それを肯定と受け取り、ハルトは一人で決意を固める様に言葉を綴った。

「俺な、別にこの大会なんてどうでも良いんだ。ただ強くなるのに都合良かったから出ただけだし。勝敗とか、武人としての名誉とか、そんなもの俺は軒並み興味ない。だけどさ……今だけは心の底から負けたくないんだわ。何でか知らんがな。しかもただ勝ちたい訳じゃない。お前より俺の方が強いと、他の誰でもなくお前に認めさせたい。……何を言ってるんだ本当、良くわからんな俺」

「……私は……わかるよ」

 そうプランが答えると、ハルトは優しく微笑んだ。

「そか。んじゃ、そう言う事なんだろうな。俺にはわからんがあんたにゃわかる。ならきっと意味がある事なんだろう」

「……うん。そうかも」

 全てを失ったプランの、二度と叶わない約束。


 これは決して運命何かじゃない。

 自分よりも強くなると約束したハルト。

 それを叶える為に、全てを忘れても戦い続けたから。

 だからこそ、こうして二人は出会った。

 約束を果たせる舞台で。

 だからこそこれは運命ではない。

 これはただの、必然だった。


「……えと、始めても良いでしょうか?」

 二人の様子を見た後審判がそう言葉にする。

 それに対しハルトは迷わず首を縦に動かした。

「いつでも」

 そしてプランも少し悩んだ後、頷いた。


 こんな最高の舞台を、最高の場で約束を果たす為に来てくれたハルト。

 それと比べて……これだけのお膳立てが揃ってもやはり剣を持つのが、戦うのが、勝つのが怖い自分。

 勇気を出さないと逃げ出してまうそんな自分がプランは少しだけ嫌になった。





「それでは……試合開始!」

 そう審判が叫ぶと同時にプランはショートソードを振り抜いた。

 芸術品と称しても違和感ない程に美しい銀の一閃。

 理想を追求した最効率で放たされる剣筋。

 その一閃は――空を切った。


 そして剣を振り切ったプランが見たのは、自らの喉元に巨大な剣のその先端が当てられている図だった。

 音もなく振られる大剣。

 横幅ですらプランの肩幅と同じ位ある鉄板の様な剣を軽々と扱っているハルト。

 だが、そのハルトの顔は明らかに曇り、そして誰が見てもわかる程怒りに満ちていた。


「えと……試合しゅ――」

「まだだ!」

 審判に対してそう叫び、ハルトは剣を背負い直した。


「ふざけるな! お前はそんなものじゃないだろうが! ちゃちな油断してぬるい剣振るな! 力を絞り出せ。嫌いな才能を全部吐き出せ! 渾身の力を、全力を心を、全て出し切れ! そんなお前に勝たなきゃ何の意味もないんだよ!」

 広い会場全域に広がる様な咆哮。

 そんな獣の声は、怒り以上に悲しさに溢れている。

 そうプランには感じられた。


 それと同時に、プランの背中にゾクリとする衝撃が走る。

 これはさっきから感じている過去と未来の境界が曖昧になる様な、そんな存在の揺れからではない。

 そうではなく……これは心が歓喜する震えだった。


 さっきの剣を、温いとハルトは言った。

 それはつまり、ハルトが自分と同じ目線に立っているという事に外ならない。

 ここまで死にもの狂いで来てくれた。

 それがわかるからこそ、プランの心は歓喜に満ちていた。

 心を折ってしまった少年が全てを取り戻し、そして今自分からその自信を奪おうとしてくれている。

 嬉しくない訳がなかった。


 プランは笑った。

 心から、精一杯、大きな声で笑った。

 審判が、周りが変な顔をする。

 それでもプランは笑った。

 ハルトだけは、そんな変なプランをまっすぐ見ていた。


「……生まれて初めて、本当の意味で全力を出せそう。だから……ちゃんと負けないでね?」

「当たり前だ」

 その言葉を聞いたプランは微笑み、そして剣を握り直し、ゆっくりと深呼吸をする。

 そして次の瞬間、ハルトの目からプランの姿は消え去った。




 ハルトはこの数か月、ずっと苦しんでいた。

 謎の焦燥感と強くならないといけないなんて脅迫観念に追われて。

 それ自体も苦しいのだが、それが何なのかもわからない。

 それが苦しかった。

 誰にも理解してもらえない感情が苦しかった。


 それでも戦い続けた。

 鍛え続けた。

 そんなハルトは遂に理解した。

 ここまで来た意味は、その内なる自分の叫びは、今までの苦しみは全部『今』この時の為なのだと。


 ――どんな歩法だよそりゃ。

 一瞬の内に左後方に移動していたプランを見てハルトそう内心そう呟き、そしてプランに対して一歩分後ろに跳ぶ。

 その次の瞬間、さっきまでハルトがいた位置に銀の光が走り鈴の音が走った。


 しゃりん、しゃりんと何重にも重なる音。

 音の瞬間だけ姿を見せるちんちくりんな少女。

 そんな違和感に……戦う事が似合わないそんなプランにハルトは引導を突きつける為、剣を地面目掛けて叩きつけた。


 全長二メートルを超える鉄板の様な化物剣。

 最初は身体能力に優れたハルトであっても振る事が難しかった。

 だが、今は違う。

 鍛え上げられた肉体をフルに使い死に物狂いで振り続けた練度。

 そこから放たれる全力の一撃は、その巨大さに見合わず音すら殺す。


 無音での斬撃の直後――変わりに響くは物体の破壊音。

 石レンガで固められた床が破壊され、大量の破片が周囲に飛び散った。

 自分の体にも大量に石の欠片が当たるが、ハルトは気にもしない。

 たかだが石の欠片が当たった位で怪我するほど柔ではないと知っているからだ。

 だが……それは鍛えたハルトだからこそ怪我しないだけである。


 回避しきれず幾つかの破片を体に受けダメージを受けるプラン。

 それはほんの少し足を止める程度の小さなダメージに過ぎない。

 だが、ハルトにとっては大きなチャンスとなるダメージでもあった。


「オラァ!」

 品性の欠片もない叫び声と同時に剣をプランに叩きつける。

 当たれば切断な上にミンチとなる様な、そんな攻撃。

 それでもハルトは一切の遠慮なく叩きこむ。

 この程度で目の前の相手が死ぬわけがないと知っているからこそ、自分が挑戦者側であると知っているからこそ、ハルトは全力で戦っていた。


 ぎゃりぎゃりと音を立て、剣撃がに受け流される矛先が僅かだが逸らされる。

 その直後、高速の突きがハルトの胴目掛けて放たれた。


 とは言え……ハルトにはそれがしっかりと見えていた。

 ハルトはその突きを上半身をねじる様にして回避した後そのままスライドする様にステップ移動してプランの傍に立ち、そしてそのまま思いっきり蹴り飛ばした。

「がっ!」

 プランの口から、くぐもった声が響く。

 女で、子供。

 だからどうしたと言わんばかりの蹴りを背中からモロに食らい、プランは石レンガの床を転がり、四つん這いとなり震えながら吐いた。


 そんな弱者をいたぶっている様子に、観客達からブーイングが響く。

 それでもハルトは足を止めず、トドメの為に剣を構え持ち上げた。


 ――お前らこいつの事を知らなさすぎるだろ。一瞬でも油断したら喉元食いちぎられるわ。


 そう考えるハルトは目を逸らさず、倒れているプランにトドメを刺す為剣を叩きつけ――。

「まだだ!」

 くぐもり苦しそうなそんな声が響き、振り下ろしていたハルトの剣が弾かれた。

「は!?」

 ハルトの巨大な剣を受け流すのはわかる。

 相手は技術に関してで言えば未だ届かぬところにいるからだ。

 また剣を反らすのも理解出来る。

 力の向きを動かすだけなら小さな力で足りるからだ。


 だが、この剣の一振りを弾くなんてのは意味がわからない。

 ハルト渾身の力で振り下ろされる鉄の塊を、下から小さな剣で弾き飛ばす。

 どんな腕力があれば出来るのかわからないというあり得ない芸当だった。


 だが、プランはそれをやってみせた。

 衝撃で震える腕で、痛みから涙を流し、ハルトを睨みながら。

「一瞬だけ……もう負けても良いかって思った。追いつかれ、追い抜かれたんだって思った。納得しちゃおうかなって思った。でも、違う。私、まだ本気出してない。まだ出しきってない! こんなんじゃまだ負けられない!」

 そう叫び、プランは剣を振る。

 今までの美しい理想の剣でなく、荒々しい剛力の、まるで男の剣の様な一撃。

 ハルトはその剣に自らの剣を叩きつける。


 そして生まれる激しい剣戟。

 それがお互いの破壊力が互角であると物語っていた。

「そりゃねぇだろ……」

 自分の突出した身体能力を生かす為に最大限重たい剣を用意したにもかかわらず、ショートソードでかつ鍛えてない女の腕で全くの互角。

 日常を全て捨てて鍛えたにもかかわらずのこの結果にハルトは嘆かずにはいられなかった。

「心が折れた?」

 そんなプランの言葉に、ハルトは獰猛な顔で笑ってみせた。

「んな訳ねぇだろ」

 そう答え、ハルトは再度剣を振る。

 お互いの剣が幾度とぶつかり合う。

 その衝撃は全くの互角でありお互い一歩も引かずただただ剣戟を重ね続ける二人。

 単調ではあるが、それはまるで音楽を奏でているだった。




 ただただ剣戟を奏でるだけの時間がどの位経っただろうか。

 五分なのか十分なのか、それとも一時間か。

 それはわからない。

 ただ、一つだけ分かる事がある。

 それは完璧なまでに互角であるからこそ、もうすぐ終わりを迎えるという事だ。

 そうハルトは確信していた。


 その理由は考えるまでもない。

 相手が優れているのは技術、それも先天的な才能によるものである。

 むしろその先天性の技術だけで自分と対等なのだから化物と言っても良い。

 だが、そうなると絶対的に決定的に足りない物が出て来る。


 自分の剣を弾く勢いがあからさまな程弱くなった事に気づき、ハルトはこの剣戟の演奏会がもう終わる事を悟った。

 そう、実力がどれだけ拮抗しようと、実戦経験と鍛え方が足りないプランと体力お化けであるだけでなく全てを捧げて鍛え続けたハルトでは体力には大きな差が出る。

 それは当たり前の結果だった。


 曲がりなりにも若くして武官となったハルトの体力は一般人基準で考えるなら無尽蔵と言っても良い位だろう。

 だが、プランはそうではない。

 同年代の女性どころか男性冒険者と比べても体力はある方なのだが、それでも武官と比べるにはまるで足りない。

 ハルトと体力で競うなら最低でもサリスレベルの体力が必要だった。


「……ま、互角であるなら納得しておくべきか」

 ハルトはそう呟き、明らかに勢いを失い肩で息をするプランの剣を足で蹴飛ばした。


 既に力の入り切らないプランの剣はすっぽ抜ける様上空に跳ぶ。

 そして素手となったプランにハルトは容赦なく剣を横薙ぎに振り抜いた。


「ま、まだ……」

 そう言葉にして、プランはバックステップでハルトの剣を回避する。

 だが、疲労と剣を失ったという衝撃により一手分、出遅れた。

 回避自体は間に合ったのものの剣圧により発生した風に体を呷られ、プランはふわっとした挙動で浮かびそのまま尻もちを着く。

 ちょっとした衝撃でよろめく程度には既にプランは疲弊していた。


 ハルトはもう何も言葉にしない。

 勝利を確信しているがそれでも油断はしない。

 ほんのわずかなチャンスすら、プランには与えない。

 自分よりも格上であると認識している事もそうだが、プランの腰にもう一振り剣がある。

 戦う手段が残っている以上それは牙を持った獣である。

 手負いであるからといって情けをかける程ハルトは愚かではなかった。


 ハルトは、倒れているプランに向かい――剣を振り上げた。




 間違いなく、全てを出しきった。

 だからこそ先程と違い今プランは穏やかな心境となっていた。


 実力を全て余す事なく出し切った。

 それでも足りず、無茶をして限界を超えた。

 その上今までの経験を土台にこの土壇場で成長した。

 自分の事だからプランはそうだと理解している。


 ハルトの剣と自分の剣がぶつかってこっちの剣が壊れてないどころか互角に打ち合えた。

 力が得意な相手に力で凌げたなんて、理不尽以外の何者でもない。

 自分の事ながらどうしてそんな事出来たのか未だにわからないし我ながら凄い才能だと思う。


 だけどそれだけ。

 全力でぶちのめそうとしたが倒しきれず、押し切れず、体力が先に尽きてこのザマだ。

 それでも怒りや不満はない。

 むしろ、喜びの方が勝っている。

 ハルトが自分との約束を果たしてくれた。

 強くなってくれた――。


 文句など、ある訳がない。


 だから……。

 だからプランは素直に負けを……。

「……認める訳……ないじゃん! 馬鹿ハルトおおおおおおおおおお!」

 渾身の叫びの後にプランはハルトの方に跳びかかり、そして思いっきり飛び蹴りをかました。

 と言ってもプランの戦闘におけるスペシャルは剣のみである。

 頭に直撃する蹴りだがハルトの体を揺さぶる事すら出来ない。

 それでもその予測不可能で唐突な動きはハルトの隙を縫い巨大な剣を回避する事は出来た。


 プランは立ちあがり、ハルトの方を見て、そしてもう一振りの剣、陽炎桜を抜いた。

「うん。一瞬無理って思った。負けたって思った。ぶっちゃけ今もやせ我慢で立ってるだけだし負ける気配超感じてる。ついでに言えばずっと負けたかった。今日この日を、ハルトに負ける日を来ないとわかっていてもずっと待ち続けた。でもさ、いざその直前になったらさ……」

「……負けるのが嫌になったんだろ?」

 笑いながらハルトがそう尋ねるとプランはこくんと頷いた。

「私をここまで上げてくれたサリスって友達がいる。私の為にこの剣を作ってくれたまきちーって友達がいる。それに、今私が動けているのはめちゃくちゃ質が良いインナーのお陰。それを用意してくれたリーゼが今も私を見てる。そう思ったらさ、私の力には色々な人の気持ちが詰まっているんだと思ったら、ハルトになんて負けたくないなって思ったの」

 負けたくて負けたくて、ずっとそう思っていて。

 そしていざとなったら負けたくない。

 そんなわがままで馬鹿な自分。

 だけど、紛れもなくプランの心からの本心であり、そんな自分がプランは決して嫌いではなかった。


「良いんじゃねーの? そういうのもさ。でも手加減はしてやらん。今回だけは譲ってやれん。――お前の底はもう見えた」

 淡々と呟き、ハルトは水平に剣を構える。

 猛獣の様な突撃を加えた突きの構え。

 それに対してプランは数歩だけ右に移動し、その場で剣を握り……特に剣を構えもせず半身自然体の構えを取った。

「うん。そうだね。今の私じゃハルトには勝てない」

「じゃ、どうするんだ?」

「ハルトの知る私だとどうする?」

「……お前の事は知らんが……油断だけはするなってずっと脳内の俺が叫んでるわ」

 そう言葉にしてから……ハルトはプランに向かい鋭い突きを放つ。

 その巨大な剣での突きは槍以上に鋭い攻撃であり、そして重い。

 それを弾く事は絶対に出来ないだろう。


 プランは自然体のまま剣をそっと傾け、レールの様にしてハルトの突きを受け流した。

 ギャリギャリとお互いの剣が悲鳴をあげる。

 折れやすい脆い剣であるからこそ繊細に、それでいてその威力に負けない様力を込めて。

 しかしそれだけ。

 受け流す事に全力で他に何も出来ないプランを見て、ハルトは右手を剣から放しそのまま拳を握る。


 交差する瞬間、顔面をぶん殴る。

 それで終わり。

 それでハルトの勝ちとなる。


 だけど、ハルトはそうしなかった。

 その直前にハルトは握った拳を解いて剣を握り直し、プランから逃げる様に離れた。

 自分が感じた嫌な予感を信じて。

 そしてその予感が正しかったとハルトは理解した。

 左手に陽炎桜、右手にショートソードを持つプランを見て。


「まだ隠し玉があったのかよ……」

「ううん。今生まれた」

 そう言葉にしたプランは舞う様な動作でハルトに斬りかかる。

 その動きは疲れ果てた様な動きどころか今まで以上に激しく、そして捉えどころのない動きだった。


 元々縦横無尽であったプランの剣は更に不規則となり、そして手数の増加量は倍以上。

 二本の剣により生まれる閃光は二本では済まなかった。


 銀の光がけたたましく鳴り響き、その音は幾重(いくえ)にも重なり音楽を奏でる。

 震える様な鈴の音のバックに廻るその姿は、まるで踊っている様。

 その姿こそ、正しくソードダンサーと呼ばれるものだった。


「……全く理不尽な奴だ本当」

 避ける事しか出来なくなったハルトは微笑みながら顔を歪めそう呟いた。

 ハルトに勝つ為だけに生まれた二刀流。

 プランという特異の才能持ちが本気で努力して、実戦を経験し、その上で初めて本気で負けたくないと思ったから生まれたそのバトルスタイル。

 肉体を鍛え剣に振られなくなったからこそ生まれたその姿は、思った以上にプランの戦い方にしっくりときていた。


「それでも……まだ倒しきれないんだねー。早く負けてよ」

 軽口混じりだが一切踊るのは止めず、剣戟の音と鈴の音が鳴り響く。

 防ぎ、躱し、それでも足りずハルトの体には徐々に傷が出来、そして増えていく。

 圧倒的に追い詰められた状況。

 それでもハルトは負けを認めない。

 その程度で諦める程、ハルトの人生は軽くなかった。


 ――それでも、私が勝つ。今回だけは。


 プランにあってハルトにないものが、もう一つだけあった。

 ハルトは忘れているがプランは覚えている。

 プランは自分の騎士の戦いを、剣筋を、そして癖を覚えている。

 目を閉じたらすぐ思い出せる程度には。

 忘れる訳がなかった。

 ずっと後ろにいたプランが、ずっと自分の代わりに戦ってくれたハルトの剣を忘れる訳がなかった。


 だからこそ、追い詰められた際に行うハルトの行動をプランは既に知ってしまっていた。


「この……クソがぁ!」

 ハルトは叫び声を出し、渾身の力を剣に向ける。

 ――来た。

 傷だらけの体から放たれたとは思えない程勢いのついた激しい斬撃、地面と水平な剣筋を作る横一閃。

 風圧で人すら吹き飛びかねないそんな強力な一撃のタイミングと角度は、プランの知っているそのままだった。


 だからこそ、それをどうにかする事は容易かった。

 ハルトの刀身の根本に陽炎桜を重ね――プランはぴょんとジャンプし空中で縦方向に回転する。

 そんな曲芸じみた動きと同時に剣を振り……カランと音が鳴る。

 たったそれだけでハルトの大剣は根元から綺麗に切断され、ハルト自慢の大剣は持ち手のみの悲しいゴミと化した。


 幾度となく見て来た技だからこそ、それは他のどの攻撃よりもプランにはわかりやすかった。


「これで……終わりっ!」

 プランはハルトの持つ剣の持ち手を蹴飛ばした後地面に着地し更に地面を蹴り飛ばし移動する。

 持てる渾身の力でステップを幾度と刻みハルトの背後に移動して右手のショートソードを振りぬいた。

 何時もの様に気絶させる為に。


 ギィン。


 ありえない剣戟の音が――鳴った。

 金属の手応えを剣に感じ、あっけに取られるプランの首筋には短めのロングソードが突きつけられていた。

 会場が、世界が、静まり返った。


「二つほど、聞いて良い?」

 ひりつく冷たい空気の中、つーと汗を流しながらプランはそう尋ねた。

「おう」

「その剣は?」

「小回りの利く相手用に予備の軽い剣を持つ様にしてるんだ。隠し玉ってやつだな。出しそびれただけだけど」

「そか。んじゃ二つ目。最後の私の動き、見えてた? 完全に隙付いたつもりだったけど」

「いんや。全く見えてないぞ」

「んじゃ何で後ろから来るってわかったの?」

「三つじゃねーか。まあ良いけど。……ぶっちゃけ俺もわからん。だけど、お前ならこうするってのは何かわかったんだ。悪いな。ズルい理由で」

 その言葉にふるふると首を横に振り、プランは涙を流し、微笑んだ。


「ありがとう。勝ってくれて」

「おう」

「もう。大丈夫だよね?」

「ああ」

「……私、もっと強くなっても大丈夫?」

「好きにしろ。ただし、それでも何度やってもどれだけお前が強くなろうと俺が勝つけどな。約束してやる。てめぇにゃ二度と負けねぇ」

「うん。知ってる。そして信じてる。ありがとう。大好き」

 涙こそ流しているが、どんな時よりも嬉しそうな笑顔でプランはそう言葉にする。

 それを聞いたハルトは――顔を顰めた。

「悪い。何か知らんがお前の事女としては見れないわ。ほんとすまん」

 その言葉を聞いたプランの涙は引っ込み、プランは嫌そうに顔を顰めた。


「……そういう意味じゃないから。私もハルトみたいな顔の怖い人お断りだし」

「そりゃ良かった。お前の愛の告白なら死んでもごめんだ。つか男の方がまだましだ。……なんつーか、妹みたいなもんにしか見えない」

「私も似た様な感じ。じゃ、またね」

「おう。またな」

 そう言葉にし、敗者であるプランは剣を仕舞いそっとその場を後にする。


 タイミングを完全に逃し困った顔の審判を他所に観客達はその戦いに対し心から割れんばかりのエールを贈った。


ありがとうございました。



本当初期の初期、前作最初の頃からやろうと決めていた事がやっとできました。


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[良い点] 息をする暇がなく、鳥肌でました (≧▽≦) ただ、ただ凄いの一言。excellent!!
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