9-8話 すたーる あと あ ふぇすてぃばーる
それは行列というよりも人の波……いや人の海と呼ぶべきだろう。
元々トーナメント会場の付近という祭り中心カ所であり、また人気の屋台スポットでもある為人と人の隙間がきっちり消える程度の混雑というのは良くある事だった。
だが、それでも今回は例年よりも少々以上に人の波が激しい。
いつもが風の強い日の波なら今日は嵐の日である。
そしてその波の方向性を見るとどうやら他の店の客を食う勢いで人を集めている店があるらしい。
そう波を見て気づき、好奇心に負けその波に飲まれる様な祭り馬鹿は決して少なくなかった。
「……ねえねえリーゼ。何か凄く……というか超絶忙しくない!?」
プランは屋台の裏で延々と高速で調理をしながらリーゼにそう叫んだ。
「人気の場所って言ったじゃない」
「いや、それでも何か多いよ! というか両隣の店よりもウチの方が忙しいじゃん。何で!?」
その言葉にリーゼはプランにだけ見える表情でニヤリと笑った。
「美人姉妹の屋台だから話題になってるんでしょ?」
「美人……姉妹……?どこにいるのそれ」
その言葉にリーゼは自分とプランを順番に指差した。
「おーい。まだかー」
客の一人がそう叫ぶとリーゼはメイド服のスカートを翻しながらくるりと振り向き、満面の笑みを浮かべる。
「ごめんなさい。すぐ行きますねー」
その声に客は頬を綻ばせた。
「……美人……?」
プランは納得出来ず首を傾げた。
「雰囲気さえ作りゃそれっぽくなるのよ。ほれ。良いからガンガン調理して」
その言葉にプランは納得出来ない表情のまま調理と盛り付けをし続けた。
確かに、プランは特別美人という程ではない。
というかそもそも美人ではない。
相当以上に自分を贔屓して見ても、精々並少し上。
それがプランである。
リーゼなら美人と呼んでも問題ないかもしれないが……顔の作りは非常にプランに似ている。
つまり、相対的にボチボチという事だ。
それでも現在二人は美人姉妹という事でちょっとした話題になっている。
例えプランがどう思おうがそういう風に思われている事だけは事実だった。
その理由は幾つかある。
例えば、リーゼがプランと自分にちょっとした化粧を施している事。
多少の変化程度のナチュラルメイクだが地味目な顔である二人は割と化粧映えが良く、軽いメイクであっても十分な程良い変化が起きていた。
衣装にもその理由がある。
リーゼの用意した衣装……というよりもコスチュームはメイド服風のデザイン。
メイド服と言っても良く貴族の家にいる様な清楚な純正のメイド服ではなく、多少品のないけどやけに可愛いという相当の亜種だ。
沢山フリルが付け足され、少々肌の露出が増えているなんてメイド服を知る人が見たら烈火の如く怒り狂うであろう衣装。
露出と言ってもふとももが見えたり胸が強調されたりというあからさま過ぎるものではない。
ロングとミニの中間位のスカートは膝下までしか露見せず、それ以外で見える露出も精々腕程度。
それは色気というよりも健康的なエロスが表現される程度の露出でしかない。
そんな可愛い物に更に可愛いを付け足した様な服だが、女性の評判はあまり芳しくない。
理由は単純で、あざと過ぎるからだ。
そもそもこの衣装のデザイナーの基本コンセプトが『自分にとっての理想の少女像』である為、彼の作る服は全てにおいて異様な程あざとい。
故に女性相手には毛嫌いされる程度の人気なのだが……それでも男性が求めた少女の理想を再現した服である。
男性がその服を可愛く思えない訳がない。
だからこそ、その服を幼さの残る可愛い少女が着るというのは反則的なまでに似合ってしまう。
そして二人が美人であると評判の最大の理由は別にある。
それは……。
「うーん。リーゼなら可愛いと思うけど……私別にそんな……友人達の中で一番の微妙っぷりが私なのに」
綺麗ならエージュが、可愛いならミグが、色気ならサリスが。
それ以外の人でも友達なら大体が自分よりも女性的魅力が高い。
それを知っているプランは自分が美人と言われる事が違和感としてしか受け付けなかった。
「おーい。後ろの姉ちゃーん」
そんな客の声が聞こえ、プランはその方角に目を向ける。
必死に手を振り人の波に押しつぶされそうになっている人が、プランの目に映った。
「はーい。どうしましたー?」
プランは返す様に手を振りながらそう声を張り上げた。
「いやさー。めっちゃ美味かったよー。ご馳走さまー」
その言葉を聞き、プランはぱーっと満面の笑みとなりぶんぶんと必死に手を振った。
「食べてくれてありがとねー。めっちゃ嬉しいよー」
心から嬉しそうに笑い、心から嬉しそうに手を振る。
それを見るとその人物だけでなく周囲の人すら頬を緩めていた。
「それよそれ」
「へ?」
リーゼにそう言われてもプランは良くわからず、微笑みながら調理を再開する。
凄まじく終わりの見えない人の波に加えて火を使う調理の為真夏日よりも熱い状況。
死ぬほどの忙しさ。
そんな誰もが笑顔を失う状況であっても、プランは笑顔を失っていない。
誰にでも最高の笑顔を提供する。
だからこそ、人々の目には笑顔を失った人と比べて心からの笑顔を見せるプランを美人に思えていた。
ちなみにだが、リーゼも常に笑顔である。
金の為になら幾らでも笑顔を売れるし何の抵抗もない。
現在来ている可愛い服以上に媚びる事などリーゼにとって日常でしかなかった。
屋台立ち並ぶ中の小さな屋台。
そこにいる二人のメイド姿の笑顔の女性。
そんな場所があるのなら……そして男であるなら……立ち止まらない訳がなかった。
「おーい。ここは何売ってるんだ?」
トーナメントの祭りであるからか、上半身裸のガラの悪そうな男が声をかけてきた。
とは言え、何か悪い事したわけでもなくちゃんと列に並んで訪れた客である。
二人共他の客と区別するつもりはなかった。
「ポップコーンとチュロスを売ってますよー!」
プランは油の前で笑顔のままそう叫んだ。
本当は具材を好きに選べる巨大ハンバーガーにしようとしていたのだが、人の波を見てプランは急遽予定を変更した。
ぎゅうぎゅうの混雑でも食べやすく、それでいて汚れにくく他人を汚しにくい。
そしてある程度鉄板な物。
そう考えての二品である。
「……甘い物はあんまなんだがなぁ……。まあせっかく並んだし良いわ。幾らだ?」
「ポップコーンチュロス共に八小銀貨合わせて十六小銀貨になりまーす」
リーゼの言葉に客は盛大に噴き出した。
「はぁ!? ぼりすぎだろ! なんだよその値段! 祭り特価の他の店と比べても十倍……いやそれ以上じゃねーか」
そう叫び明らかに怒り狂う客。
この大行列を並んだ末にぼったくりであったのだと知ればその怒りはきっと正当である。
だが、そんな状態の客であってもリーゼはにこやかに今までと同じ様な笑みを客に向け続けた。
「お客様。はいあーん」
「は?」
「あーん」
「あ、あーん?」
首を傾げながら口を開く客に向かって、リーゼはポップコーンを一粒放り投げた。
「味を確認してその上で納得いかないようでしたら申し訳ありませんがお帰り下さい」
ニコニコ顔で、それでいて自信に溢れたリーゼの言葉。
それを聞いて客は口をもごもごさせた後、真顔のままリーゼに尋ねた。
「……なあ。ポップコーンはこの甘い奴以外にあるか?」
「はい。キャラメル味だけでなく塩バター味もございますよ」
「じゃあそれとチュロスを……二つ頼む」
「あら。甘い物は苦手なのでは?」
「迷惑料と……嫁への土産だ」
「はいかしこまりました」
代金を受け取り、リーゼは良品を袋に詰め笑顔で客に手渡した。
「はいどうぞ。奥様にもどうぞよろしく」
「ああ。……迷惑をかけた」
それだけ言い残し、ガラの悪い客は申し訳なさそうな微笑み顔のままそそくさと立ち去っていった。
「お嬢ちゃーん。俺にもあーんしてくれー!」
「俺にもだー」
そんな声に対してリーゼは何時も通りの笑顔を浮かべた。
「そういうサービスはやっておりませーん」
その言葉に対し盛大なブーイングが響く。
一瞬だけ眉をぴくりと動かした後、リーゼは引きつった笑顔を声を張り上げた。
「じゃあ半金貨であーん一回ですねー」
その言葉に皆が押し黙った。
数時間後、書き入れ時が終わり一気に客がまばらになる。
ついでとばかりにどうやらトーナメントで何かあったらしくそっちの方に人がほとんど移動していた。
それに合わせてリーゼは集まった金額を纏めて計算を始めた。
「何か思った以上に儲かったわね。あんたも報酬は期待して良いわよ」
そうリーゼが言うとプランは驚いた表情を浮かべた。
「え!? 私は別に……」
「あんたの料理の腕あっての売り上げでしょうが。良いから受け取っときなさい」
「いやいや。リーゼがかなり良い材料用意したからだよ。私なんて」
「……あれだけの数のポップコーンとチュロスを同時に作り続けるなんて普通一人じゃ無理よ。良いから受け取りなさい」
実際プランの調理速度はとんでもなく、腕が何本にも増えて見える程に動いていた為それ目当ての客が来た位だった。
「うーんそこまで言ってくれるなら報酬貰うね。でもさ、私なんてまだまだだよ。料理長なら倍の速度でもう一種類同位時に作れるし」
「人類の限界点と比べるのは止めなさい」
「はーい。……。でもさ、そっちは流石にリーゼだけでもらってね。私が貰うのはちょっと罪悪感が……」
そう言葉にし、プランは巨大な袋に入った銀貨の隣にある十数枚の半金貨と数枚の金貨を指差した。
「ああうん。わかってるわよ。……まさかあの条件で払う馬鹿がいるとは思ってなかったわ……」
「あーん一回で半金貨……。何か大人のお店みたいだね」
「知らないわよ……」
困惑した表情のままリーゼはそう呟き、小さく溜息を吐いた。
「すいません。もう店仕舞いですかー?」
背丈の低い誰かの声が聞こえ、金銭管理をして手が離せないリーゼはプランに出る様合図を出した。
「はいはーい。大丈夫ですまだやってますよー」
そう言ってプランが店の前に顔を出すと、客はぎょっとした表情を浮かべプランを見た。
「あれ? 君は確か……トキニア君だっけ」
その言葉に少年トキニアは怒った様な焦った様な顔をした後、おずおずとプランに言葉を投げかけた。
「あのさ……何してんの?」
「え? 見ての通り屋台だけど」
「……いやそうじゃなくて……あんたまだ負けてないだろ?」
「え? うん。そうだけど……」
「じゃあ何でこんな事してんだよ!」
我慢出来ずトキニアはそう叫んだ。
「いや。依頼?」
「……あ。もしかして……貧乏だからなのか?」
「へ? 昔はそうだったけど今は別に」
「じゃあトーナメントの準備してろよ! 何でのんきに屋台やってるんだよ!」
そう言葉にしトキニアは頭を抱えた。
「……えと……その……とりあえず、いる? 奢るけど」
「……あんたに借りは作りたくない。ちゃんと払うよ。幾ら?」
「ポップコーンチュロス共に八小銀貨合わせて十六シルヴになりまーす」
にこやかな笑顔でそう言葉にすると、トキニアの表情が固まった。
「高ぇよ!」
「ごめん。何でか知らないけど高級路線なんだ。だから私が……」
「だからお前には借りは作らん」
そう言葉にし、トキニアは十六枚の小銀貨をテーブルに並べた。
「……無理しなくて良いよ? ちょっとしただけど縁もあるし値引きしても……」
「いや。僕これでも金には困ってないんだ。それに……諸事情で予算あんま使わなかったし」
「諸事情って?」
「お前に負けたからだよ。そのおかげで本来使うべき準備金をあんま使わずに済んだ」
「何かごめんね?」
「良いさ。次は僕が勝つから」
そう本気で言葉にするトキニア。
その事が、プランはとても嬉しかった。
誰もわかってくれないだろうが、プランにとってはその日が良い一日であると感じる位には嬉しい報告だった。
本気でやってもまだ心が折れていない。
それどころかその心の炎は更に強くなり、プランに向けてくる。
相手を心配するという悪癖を持つプランだからこそ、トキニアが自分に対してのライバル心を持ってくれているのは本当に嬉しかった。
「うん。やっぱり私が奢るよ」
「だから――」
「でも、私が勝ったよ? 勝者の言う事は聞くべきじゃない?」
その言葉に、トキニアはぴたりと黙った。
「……わかった。素直に奢られるよ。でも……」
「うん。何時かリベンジに来てね。待ってるから。ちなみに私今はアルスマグナ冒険者学園にいるよ」
「ああ。必ず、必ずいつの日かあんたを……そいや名前何だっけ? プラム?」
「惜しい。プランだね」
「ああ。プラン。次こそ僕が勝つ」
「うん。必ずね」
そう言葉にし、プランはチュロスとポップコーンが入った袋をトキニアに渡した。
「当然だ。この僕を挑発したんだ。今からでも……負ける覚悟を……いやちょっと待って何これ美味すぎない?」
真面目な事を言おうと思ったが軽くかじったチュロスの味で全ての感情と考えが吹っ飛び、トキニアはついそう呟いていた。
「えへへー。良い材料で良い物使ってるから。値段相応でしょ?」
「いや……この値段でも安く感じる位だ。……これプランが?」
「うん」
「……何でパティシエがトーナメント出てんの?」
「私料理はまだ見習いでお手伝いだよ?」
「あんたの様な見習いがいてたまるか」
そう言葉にしトキニアはチュロスを食べきって、そっと銀貨を差し出す。
プランはニコニコ顔のままそっとチュロスを手渡した。
ありがとうございました。




