9-6話 出会いたくなかった最終兵器
翌日、プランは試合開始直前の控室で自分の体調を確認していた。
クルとの戦闘での傷は幸い大した事はなく、骨折どころか捻挫にすら至っていない。
とは言え幾ら弱い攻撃とは言え相当以上の打撲を受けた為にダメージは決して少なくなかった。
それでも蓄積したダメージはほとんど残っておらず、現在のプランはかなり良い。
多少の疲労や打撲による若干の痛みこそ残っているものの、その程度苦でもなく、またメンタルで言えばいつも通りの、いやいつも以上に元気一杯。
まさしく絶好調である。
理由はもちろん、リーゼのお陰だ。
懇切丁寧に治療をしてくれただけでなく、教会に駆け込んで決して安くない金額を寄進しそのお礼として受け取った聖水をプランに全部惜し気もなく飲ませた。
そこまですれば、たかだか打撲程度何の問題にもならない。
もちろん傷が癒えた事も嬉しいのだが……それ以上に嬉しかったのはリーゼがそこまでしてくれたという事実の方にあった。
プランは人の嘘を見抜く力がある。
だが、その力は絶対という訳ではなく、リーゼには全く通用しない。
その為リーゼが普段から何を考えているのかプランにはわからなかった。
怪盗である事や普段のそっけない態度。
一体どういう思惑があり自分の事をどう考えているのだろう。
そう思っていた矢先に初めて見せた素の表情。
それが先程の心配である。
それこそ、まるで家族が負傷したかのような心配を見せてくれたのだ。
理由はわからないし、きっと教えてくれない。
だが、リーゼはプランの事を非常に親しく思ってくれている。
それだけわかればプランには十分だし、その事実が何よりも嬉しかった。
「んで、やれるの?」
昨日とは違いそっけない態度のリーゼ。
それが演技で本当は心配しているんだろうなと思うと……無性に可愛くて愛しくて仕方がなかった。
「うん! ありがとリーゼ!」
そう言葉にしてからプランはぎゅっとリーゼを抱きしめる。
リーゼは顔に怒りを見せ引っぺがそうとするのだが……怪我が気になりイライラしながらもなすがままになっていた。
「ま、良いわ。次、絶対勝ちなさいよ」
「ありゃ。勝てって言うのは珍しいね。試合結果に興味がないと思ってたのに。もちろん全力は出すけど」
そうプランが言うとリーゼはするっとプランの腕から逃げ、一枚のチケットを見せた。
「それは?」
「私次の試合まであんたが勝ち残るって賭けてたのよ。まあ昨日まではどうせ無理だろうし負けても良いかなって思ってたけど……後一試合なら欲張りたくなるのが人情でしょ?」
「ほほー。幾ら位賭けたの?」
「金貨百枚」
「……はい?」
「私あんたが思うよりもたぶん金持ちよ。とは言え、私でも決して安くない金額だけどね」
そう言ってリーゼはニヤリと笑ってみせた。
「うわあい。さっきまで感じてなかったプレッシャーが胃をチクチクと攻撃してきたぞー」
色々大きな事件があって金銭感覚狂いだしているが、それでもプランは知っている。
金貨とは一枚あれば余裕で一月生活出来る金額という事を。
それの百倍。
昔プランが住んでいた場所なら百枚あれば領民全員が数十年暮らしていける位の金額である。
そんな金額をぽんと出すのもそうだが、このタイミングで教える辺り本当にリーゼはリーゼだった。
「……私を怯えさせたくて教えたね?」
「うん」
満面の笑みのリーゼを見てプランはげしげしと地面を蹴って悔しさを表現した。
「ぐぬぬ……良いし! 勝てば良いだけだし」
「そうね。ああ、ちなみに次の相手なんか滅茶苦茶評判悪いから気を付けて勝ってよね」
「それってクル君みたいなタイプ?」
「いや。意外だけど昨日の相手ならあれかなり評判良いのよ。場を盛り上げるのが上手だから」
リーゼはそう言葉にした。
クルは勝つ為なら何でもする。
それこそ道化になる事すら厭わない。
道化になって、場を盛り上げて、それだけで観客の声援を受けられる。
だったら全てのプライドを捨てて観客に媚びる。
声援とは案外馬鹿に出来ないものであり、観客の機嫌一つでホームにもアウェーにもなる。
それをクルは知っていたからだ。
だからこそ、そのガラの悪さとは反比例し場を上手に盛り上げ派手な試合を演出するクルは観客達から非常に好かれていた。
「んー。そう考えると嫌われるって事は……地味って事?」
「詳しくは知らないけど見るからに変人で、トーナメントの名誉を泥で塗り、試合時間は長く、それでいてうざったいらしいわよ」
「んー泥臭い戦いをするって事なのかな。気を付けないと……」
そうプランが言葉にすると同時に、観客達の声が轟いた。
どうやら件の対戦相手が姿を見せたらしい。
ただし、その観客達の合奏は歓声とはまるで異なり、文句が付けられない程の強いブーイングだった。
「あらら。本当に嫌われてるのね。ま、がんばりなさい。勝ったら今日こそご馳走一緒に食べに行きましょ。約束通り奢ってあげるから」
そうリーゼが言葉にするとプランは眉毛をきりっと持ち上げやる気に満ちた表情になった。
「絶対勝って来るね!」
「ええ。でももし負けたらめっちゃ安い食事にするから」
「それはそれでリーゼと一緒なら美味しいと思うけどね。んじゃ、行ってくるよ」
そう言葉にし、プランは試合会場までの短い道をゆっくりと歩き進んでいった。
「……ま、私も安い食事の方が食べ慣れてるしどっちでも良いわよ」
プランに聞こえない様そう呟き、リーゼは煙の様に姿を消した。
プランが入るだけで、観客達の声はブーイングから一斉に歓声の一色へと変化する。
それは皆がプランを好んでいるというよりは、対戦相手への怒りがそのままプランに対する期待に変わった形だろう。
手でも振って応えた方が良いだろうか。
そうプランが思う程の大合奏をバックにプランは試合会場にゆっくり足を運ぶ。
そしてそこで待つ男は……確かに、まごう事なき変人であった。
出る場所間違えてませんか。
そう場違い感のあるプランですら尋ねたい位。
それ程の変人であり、またその歪な部分は一目見てわかる程だった。
何しろ剣技トーナメントなのに剣を持っていないのだから変人以外の何者でもないだろう。
これはルール的に問題ないのだろうか。
確かにクルも剣かと言えば怪しくはあるが武器ではあった。
それでも、クルの武器は剣というジャンルからは逸脱しておらず見方によれば十分剣に見える。
だが、目の前の男はそれすらない。
ソレ故に目の前の男は間違いなく確信犯で、剣を持たずに剣技トーナメントに参加しているしその意図も理解した上で行っている。
そして……その所為で一つ、プランはとても面倒な事態になってしまったのだと理解した。
対戦相手が変人である。
その位は実はさほど問題ではない。
問題なのは……どうもこの変人、悲しい事に関係者の可能性があった。
えらくガタイの良い筋肉質な男が盾二刀流というおかしな装備しているのを見て、プランは頭を抱えた。
――まだだ。まだその可能性は高くない。きっと偶然なんだ……。
そうプランは自分に言い聞かせ、試合会場に登る。
そして会場に上がったプランを見て、目の前の変人は透き通る様な綺麗な声でプランに話しかけだした。
「何と。随分若い女性ではないか。それがここまで来るとは……。よほどの実力の持ち主らしい。では試合前に一つ尋ねよう。君――盾に興味がないかね?」
その言葉で、関係者であると九割方確信してしまったプラン。
だが、まだ一割、無関係の可能性が残っている。
それに期待し、プランは質問に質問で返した。
「あの……もしかしてアルスマグナ冒険者学園に所属していませんか?」
「……もしや、私に出会った事があるのだろうか? それならすまない。私は盾を持った人物以外記憶に残らない性質なのだ。ちなみに学園に所属しサークルも開いているよ。『円盾の騎士』(Knights of the Round Shield)という名前の……」
プランは再度、頭を抱えた。
「ふむ? どうかしたかね? 体調が悪いのなら無理をせぬ方が良いぞ? トーナメントは来年もあるからな。そうだ。この盾を枕にするかね?」
そんな斜め上の心配をした後男はどこからともなく盾を取り出して見せる。
大きな丸い盾で、分厚い毛皮で覆われた盾。
たしかに枕になりそうな盾であった。
「選手シュジール! 用意した武器以外の使用は……」
「試合では使わないから大目に見て欲しい」
審判の声を遮り変人盾男のシュジールはプランに盾を渡そうと……いや、無理やり押し付けようとしてきた。
「あの……初めまして。後輩です」
「……ふむ? 学園生なのかな?」
「いえ。それだけでなく……盾サークルの後輩です」
その言葉に、シュジールは驚愕を表情をしてみせた。
「何と……この様な偶然があるのだな。君も盾を広める為にこのトーナメントに?」
「いえそんな意味のわかる様でわからない理由ではなく普通に参加しに」
「そうか。私は盾の素晴らしさを示す為に無理を通してこの場に参加している。故に後輩とは言え手加減は出来ない。せめて良い試合をしよう」
そう言葉にし、シュジールはさっきまでの盾をバッグに仕舞ってから試合会場外に放り投げ、数歩離れて立ち止まった。
戦う準備が出来たという事だろう。
「選手プラン。この試合は変則的な試合である為事前にルールを説明させてもらいます。宜しいでしょうか?」
ものすごく不満そうな審判の声。
その声にプランが頷くと、審判は幾つかの事情と変則的な部分の説明を始めた。
まず、シュジールは何があっても優勝する事はないという事を審判は説明した。
というのも剣技トーナメントである以上剣がないと優勝出来ないからだ。
だが……悲しい事にルール的には剣がなくても参加出来てしまう様になっていた。
というか剣を持たずに参加する馬鹿がいる事を想定してなかったのだ。
これが明確な嫌がらせや他選手を有利にする為の工作なら問答無用で排除出来るのだが、シュジールの場合純粋に盾で参加したいだけの為むしろ悪質で面倒だった。
更に悪質な事にどこからか強いコネを持っての参加である為認めざるを得ず、この様な事になってしまっていた。
そして試合のルールだが、武器でなく盾である以上シュジールの方から攻撃する事が禁止されていた。
剣を持たないからというトーナメント運営の考えに加え、シュジールが望んでそうなったらしい。
シュジールが許される事は、盾で受ける事のみである。
そして試合終了となる条件は両者のギブアップ宣言、並びに審判が戦闘不能になったと判断した時。
ちなみにシュジールの過去三試合は全て攻撃者の剣の完全破損による試合不能との判断だそうだ。
ついでに審判はシュジールがどうしてここまで嫌われているのか説明した。
ただただ武器が壊れるまで耐え続けながら盾自慢を続ける為間延びした試合時間が延々と続き無意味に長くなるから。
そんな試合望んでいる観客などほとんどいない為、蛇蝎の如く嫌われているそうだ。
「最後に、審判という役職として君を応援する事は出来ぬが、伝統あるトーナメント運営に携われる者として、そして純粋な剣技の戦う姿を見る者として君を心の中だけでだが応援する」
そんな審判にあるまじき事を言葉にする辺り、審判も相当怒りをため込んでいると理解出来プランは苦笑いを浮かべた。
「では選手プラン。準備は?」
「あ、はい。いつでも大丈夫です」
そう言葉にし、プランはメインの武器でなく予備の方の武器を抜いた。
「では……試合開始!」
審判の声が轟くと、全ての音が消える程の歓声が鳴り響いた。
プランは自分の背に強い期待を感じ、同時に強い怒り、憎しみがシュジールの方に向いている事に気が付いた。
だがそんな多数からの悪意を一身に受けても張本人であるシュジールは全く気にした様子を見せず、堂々としたま両手で丸く小さな盾を二つ構えた。
「ラウンドシールド。オーソドックスでありながらも技術の必要な盾だ。初心者にはオススメ出来ない代わりに技術さえ覚えれば最も応用が利く汎用盾となるスタッツをも秘めている。特に軽く小さいというのは盾らしからぬが大きな長所と言って良い。それに……」
長ったらしくも厭らしい声が延々と続く。
綺麗な声だからこそ、より厭らしさが際立ち観客達の感情を逆なでしていた。
「いけ! 殺せ! 突き刺してしまえ!」
「こいつさっきまで戦っていたから疲れているぞ! 今がチャンスだ!」
「前試合は二時間半! 最後は相手が折れた武器を持って泣きながら立ち尽くしていた。仇を取ってやれ!」
そんな声にシュジールは微笑んだ。
「はっはっは。盾を持っているのに疲れる訳がないじゃないか。二時間でも三時間でも……いや、十時間でも構わないよ」
それが本気であるとわかるからこそ、プランは顔を顰めた。
ふざけた立ち振る舞いに講釈を垂れ流しながらの余裕しゃくしゃくの態度。
だが、それでも隙が微塵もない。
悲しい事にこの変人は今まで戦った相手よりも一段も二段も上だった。
だからこそ、盾サークルの仲間であるプランすらも剣を持てよという強い感情を覚えた。
「……とは言え、待っていても終わらないし……行きます!」
そうプランは宣言し、剣を振る。
無数の剣筋が生まれ乱舞による風が舞う。
太刀筋を読まれない様にという無数のフェイントを絡めた一閃。
高速の乱舞による迷彩の中に紛れる本命の一撃、腕の骨を折るつもりのプランにしては気合を入れた一筋は……驚くほどあっさりと盾に弾かれた。
ギィンと剣と盾は音を鳴らし合い、プランの手に重たい感触が響き腕まで痺れた。
この隙に攻撃されたらこの時点でプランの負けは決まっていただろう。
その位の完璧なカウンター。
そんな一撃を決めた後も、シュジールは追撃をする気配など見せず、当初の予定通りプランの攻撃を再度待った。
「これがパリング・カウンター。ただ受け流すのではなく次に繋がる様相手の動きを封じるカウンターだよ。どの盾でもやろうと思えば出来るけどやはり軽くて動かしやすい盾の方がやりやすいかな」
「すいません盾初心者なものでそういうのは出来ないんです!」
そう叫んでからプランは思いっきり剣を振るった。
一切の工作ない純粋な一閃。
早く、鋭く、それでいて美しい。
プランの現在の全力。
だがシュジールにその攻撃が届く事はなく、気づけばプランはまえのめりにこけて膝を付いていた。
「ありゃ?」
「シンプルに受け流すだけでも十分に強力だ。重心移動だけで出来るから練習してみよう」
「はい! トーナメントが終わった後にですけどね!」
「うん。頑張って」
煽りにしか思えない発言だが本気でシュジールはそう言葉にしていた。
プランは苦笑いを浮かべた後、落ち着いて深呼吸をし、冷静さを取り戻す。
場の空気に、場の怒りに、シュジールのペースに。
その全てに乱された自分を取り戻し、剣を振る。
一閃を重ねに重ね、無数に打ち付ける。
その全てを弾かれても、それしか出来ないプランはとにかく剣を振るい続けた。
そして攻撃が止むまでにおよそ二十分。
一撃たりとも攻撃は通らず、疲労が見えるプランとは裏腹にシュジールの様子は余裕で相変わらず盾談義をし続けていた。
ここまで剣を振るった事のないプランは腕に痛みを覚える。
元々プランにとっては重量過多である予備のショートソードな事もあるが、最近素振りを始めたという事実もある。
要するに鍛え不足だった。
そんな肩で息をするプランは一端深呼吸をし、そして冷静に呼吸を整えだした。
相手が待つ事しか出来ないからこそ余裕をもって息を整えられる。
それだけがこの試合での唯一のメリットだった。
そんな状況に、審判が話しかけて来る。
「十分以上攻撃が見られない場合は……真に残念だが敗北とさせてもらいます」
その言葉にプランは頷き、十分と言う猶予を使い呼吸の乱れを消していった。
「ふむ。その様子だと、何か掴んだ様だね」
シュジールは先程までと異なり明らかに落ち着いた様子のプランを見てそう呟いた。
「いえ。そう言う訳ではないです。ただ……一応一歩分位は何か出来そうです。より正しく言えば……私じゃなくて過去の人達のお陰ですけど」
そうプランが呟くと、観客席からざわついた雰囲気が漂いだした。
「おい。嬢ちゃん何て言った? 声小さいし回り煩いし遠いしで聞き取れなかったんだが」
「えっと……確か……貴様を屠るのは過去貴様が苦しめた剣士達の怒りだ。その正しき嘆きと苦しみを思い知れ。だったかな?」
大分脳内補完が入った言葉を客席の一人が言葉にする。
「まじか。……ついにあの変態盾野郎が倒される時が来るのか」
「何? 盾野郎を合法的に殺せる時が来たのか」
そんなざわついた言葉の後、歓声が最高潮に達しプランに降り注ぐ。
かなり離れているのに耳鳴りに聞こえる程の声量。
その全てが、プランの次の一手に期待していた。
「ふふ。私も期待してるよ。後輩の晴れ舞台だし。とは言え、私にも盾を推奨するという使命があるから譲る訳にはいかない。だから……是非押し通ってくれ」
プランはこくりと頷くと剣を仕舞い、そして自分の本来の剣を抜いた。
長い刀身の薄刃の剣。
友人がプランの為に作った特別な武器。
つい先ほど、ようやく名前が決まった武器である。
陽炎桜。
命名リーゼによる為少々気取った名前だが……それ位の方が丁度良いだろう。
少なくとも、プラン本人が名前を付けるよりは絶対良い。
そうリーゼに力説されそうなった。
プランは陽炎桜を手に取り、刀身の先を地面に当たるスレスレの位置まで下げながらシュジールの方に足を滑らし移動する。
そしてギリギリまで接近した後、自分の体とシュジールの盾に隠れる様、下から上に重力に逆らう一撃を放った。
本来ならこの様な斬撃出来るものではない。
無理な姿勢で重たい剣を使い重力に逆らう斬撃を放つというのは想像以上に負担が大きく難しいからだ。
それは全ての斬撃を最適な理想手で打てるプランであり、またそのプランの為だからの剣であるからこその斬撃だった。
それでも、その程度の斬撃では意味をなさない。
例え刃先が隠れて見えなくとも人生の全てを盾に捧げてきたシュジールなら盾で受ける位は容易いからだ。
腕の位置でどこに斬撃が来るのか位予測するのは決して難しくなかった。
だからシュジールは攻撃を防ぐ様、ラウンドシールドを構えてみせた。
プランの予想通り――。
この結果は最初プランが言った通り前の対戦相手が凄かったからに外ならず、決してプランが優れているからではない。
綺麗な円形で磨かれたラウンドシールド。
その縁の一番底に生まれている小さな欠け。
それはこの試合前、対戦相手が作った僅かな傷だった。
確かに一ミリにも満たない小さな傷だ。
だが、陽炎桜を通すには十分な歪であるとも言えた。
しゃいん、と綺麗な金属音が響く。
それと同時に、盾はまっすぐ縦に割れ、カランカランと地面に半円が二つ転がった。
これで、残りの盾は一つ。
そう思いプランが最後剣を構えると、シュジールは両手を上げた。
「お見事。……残念だが、私の理想に大きなケチが付いてしまった様だ。ここで勝ってもきっと盾の素晴らしさを示す事は出来ない。見事だったよ後輩。君のその僅かな欠損も見逃さない盾愛、心からの敬意に値する。私の敗北だ」
シュジールは一息でそう言い切ると、割れた半円を愛しそうに拾い上げ『殺せ』の掛け声を背に受けながら試合会場を後にした。
さっさと敗北宣言をし、さっさと去っていったシュジール。
そんな後に茫然としたまま残されたプランと審判は立ちすくみ困惑した表情を浮かべていた。
「全く勝った気がしない……」
ついでとばかりに砕ける陽炎桜を手にしょんぼりするプラン。
それを横目に賭けに勝ったリーゼはニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべていた。
ありがとうございました。




