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9-5話 誠実さ(後編)


 無音での攻防により戦いは始まった。

 クルが右腕を振る様な独自の動きで攻撃を加え、それをプランが受け流す。

 接触音すらない無音での初撃。


 その流れを見て、クルはニヤリと笑った。

「やっぱりな。その武器欠陥品じゃねーか」

 剣で受け止める事を恐れ強引に受け流したプランにクルはそう言葉を投げる。

「そんな事ないよ。これは私の為の武器。だからむしろ欠点は私の方にあるんだよ」

「お前がぽんこつだろうと剣がゴミだろうとどうでも良い。ただ……黙って殺されとけ!」

 獣の様な咆哮の後に、クルは荒々しい攻撃を繰り出す。

 右手を傾け、手首を捻り順手逆手両方の剣部が当たる様に振る。

 それは相手を斬る事は出来ず、ましてや突く様な動作でもない。

 ただ、プランの持つ剣に対して触れようとする動きでしかない。

 だからこそ、プランが最もして欲しくない動きだった。


 プランの剣は当たれば壊れる。

 それがわかるからこそクルはその発覚した欠点を集中的に狙っていた。


 プランはそれを器用に受け流す。

 二度、三度、四度、五度。

 繰り返される攻撃にもプランは器用に対処していく。

 軽々と攻撃をいなしている様に見えるのだが……プランの表情には焦りがある。

 プランに反撃をする暇がない辺りでそれはプランに取って好ましくない動きである事が誰でも読み取れた。


 順手逆手両刃の二刀流での計四カ所の攻撃。

 それを剣一本で、しかも直撃しない様に受け続ける。

 それは相当に不利で過酷な行動である。

 プランの才能があるからこそ何とか出来ている事なのだが、それでも他の行動を取る余裕などなかった。


 解決策は簡単である。

 武器を切り替えれば良い。

 この危機はプランが予備の折れにくい普通の剣を使えればそれで解決する話である。

 だが……プランはそれを選択しない。

 友の作った剣を欠陥品と呼ばれた事に対して内心小さな怒りを覚えているプランは武器を変えるという当然の発想が出てこないでいた。


 一度で二度の攻撃、それを両手で。

 そんな数で推してくる攻撃をいなし続けるプラン。

 だが、クルの攻撃はそれだけでなかった。


 確かに攻撃は受け流した。

 ついでに言えば自らの剣も傷一つ付かず無事である。

 にもかかわらず、プランは肩に強い痛みを覚え後ろに下がった。


「おや。どうしたガキ? ママのおっぱいが恋しくなったか?」

 クルはニヤニヤした顔でプランを嘲る。

 その左腕はフックを放った様な形となっていた。


「そっか。殴れるのか……」

 やけに短くて変な形の武器で、しかも構えが拳闘に似ていると思ったがそう言う事なのだろう。

「ああ。当たったか? 悪いな。当てるつもりはなかったんだ」

 そんな思ってすらいない嘘を言葉にしてから不敵に笑うクルにプランは微笑み返してみせた。

「そか。当たっちゃったならしょうがないね」

 そう言葉にしてからプランは気を引き締め、わずかに出来た隙を最大に生かし一閃を放つ。


 風切り音すら殺す銀の閃光、鳴り渡る鈴の音。


 その一閃をクルは表情をしかめながらも受け止めきっていた。

「……クソガキが」

 そう言葉にするクルの右手側の武器、順手側の刃部分にはにまっすぐな切れ目が生まれていた。


 その直後、クルはプランに近づきラッシュを放つ。

 距離を取ると鋭い一撃が飛んできて、当たり所によれば負けに繋がるとわかったからこそ、クルはプランの動きを制限するような動きで剣と拳での猛攻を重ねていた。


 軽い上に早い短刀四連撃に対してだから、プランは打ち勝てている。

 才能というたった一つの武器で一本の剣で凌ぎ切る事が出来ていた。

 だが、所詮そこまで。

 カバーできるのは剣での攻撃のみでありそれ以上は才能だけでは足りない分野だった。


 プランでは剣を鈍器の様に使うアドリブに加えて拳での攻撃を織り交ぜるクルの決まり事のない我流の戦い方に対応しきれない。

 故に……徐々に、徐々に、追い詰められどうしようもないと呼べるほどの不利な状況を招きつつあった。


 数度の攻防を重ねた末に防ぎきれていない打撲が積み重なり、プランの体に痛みが蓄積していく。

 小さな隙を縫う軽いパンチな上に技術も拙い攻撃にそこまで威力はない。

 だからこそ、ただ小さな痛みのみが体に重なり、重いダメージと変わっていく。

 肩、腕、太もも、腹。

 徐々に打撲痕が増えていき痛くない体の箇所がなくなり肉体が悲鳴を上げる。


 普通の女の子なら痛みだけでなく体に残る痣の事もあり心も悲鳴をあげるだろう。

 だが、プランはそんな事気にしない。

 この場に立つと決めた時に……いや、未来を捨てて過去に来た時点で怪我をする覚悟などとうに出来ていた。


 だからこそ、心は折れない。

 それでも、才能頼りでしかないプランではクルに対して攻めきれず、打撲跡を重ね……そしてついに、あと一歩下がれば場外に落ちるまで追い詰められていた。


 クルは何も言わない。

 何も言わず、プランを詰める様ラッシュを重ね続ける。

 軽い武器だからこそ続く連続攻撃。

 そしてプランはクルの攻撃が自分の顔面を殴ろうとしているのを察知し、慌てて横に避けた。


 にぃっと、クルは嗤った。


 それはまるで、獲物がかかった狩人の様な笑みで……。

 その顔面狙いの拳がフェイントであり本命が別であるとプランが気づいた時には、既に避けられない状況となっていた。

 人を人と見ない上に荒々しい性格とは裏腹に、クルの戦いは冷静で、そして慎重である。

 そんなクルが狙ったのはプランではなく……最初から最後まで変わらず持っている剣の方だった。


 トン……と、軽く触れるような感触がプランの持つ握り手に響く。

 その直後、プランの持つ剣が粉々に砕け散った。


「ゴミがゴミらしくなったじゃねーか」

 そう言葉にし、クルはプランの心を折らんとし嘲笑った。


 自分が馬鹿にされるのは良い。

 だが、自分の為に用意してくれた剣を、友達の気持ちを馬鹿にされるのは辛かった。

 そんな状況を作ってしまった自分が……酷く惨めだった。


 そんなプランは砕け飛び散る欠片がスローモーションに見えていた。

 自分の大切な物が壊れる瞬間が、酷くゆっくり過ぎていく。


 だからこそ、プランはとある異変に気が付いた。

 友達の凄さに、クルに馬鹿にされた友達の強さに――。


 クルがそれに気づいた時には避ける事が出来ない状況だった。

 プランの剣はクルの攻撃で砕けた訳ではない。

 クルの攻撃を受けた『反動』で砕けていた。

 だからそれは自壊に近い。


 どうしてそうなったのかと言えば……答えは簡単。

 剣の作り主、マキアが剣が砕けた時プランが怪我をしない様に作ったからである。


 衝撃を自ら蓄え、跳ね返し、その衝撃で砕ける(つるぎ)

 それ故に衝撃を受けた方角にわざと細かくした欠片が飛ぶ様になっている。

 そしてそれを受けるのは……。


 それに気づいたクルだが最悪な状況を避ける為両腕で顔を隠す事しか出来ない。

 そして飛び散った欠片がクルに突き刺さった物を除き全て地面に落ちた時には……クルの全身は血まみれになっていた。


「クソが。やりやがったな……」

 そう呟き、クルは全身に無理やり力を入れ体内に入った欠片を血液と共に排出する。


「えと……試合止めて治療受ける?」

 プランは予備の剣を抜きながらそう尋ねた。

「てめぇが負けを認めるならそうしてやっても良いぞ」

 そう言葉にしてからクルもまた武器を構えてみせた。


 そんな事、わかりきっていた。

 ここで諦める様な物覚えの良い人間がこのトーナメントに出る訳がなかった。


 そして、さきほどと同じ様に二人はぶつかりあう。

 ただし今度はさきほどと異なりプランの方が優位という形で。


 剣戟の音が無数に鳴り響く。

 一秒で十も二十もぶつかる音が響き、お互いの剣が見えないほど激しく打ち合う。

 ただし今度はクルは苦々しげで苦しそうな表情を浮かべ、プランは涼しげで淡々とした表情である事から誰が見てもどちらが有利かわかりきった状況となっていた。


 プランの剣がまともに受け合っても折れない剣である事。

 クルの全身に深いダメージが残っている事。

 この二つに加えて……クルにとっては心から忌々しい事に、プランが自分の攻撃に慣れてきているという事実に気が付いた。

 それにより、状況はさきほどと完全に逆転していた。


 それでも、クルの心は折れない。

 全身血まみれになり、地面を赤く染めてもラッシュの勢いは全く落ちていなかった。

 それどころか溢れる血をプランの顔目掛けて飛ばし目つぶしをしようとする位である。

 血や砂の目つぶしに加えて拳だけでなく肘打ちや膝蹴りを加えるクルだが……何故かその全てをプランは避け切っていた。


 御座敷剣術や騎士道何たらとか言う類には必ず効く卑怯な戦法。

 それらがハマらない事にクルは苛立っていた。


「綺麗な面の割に汚い事に慣れてるじゃねーか。どんなクソみたいな人生だったんだよ? あ?」

 プランは剣戟を止めず、優しく微笑んだ。

「綺麗な面って言われたの初めてかも。ちょっと嬉しい」

「そういう意味じゃねーよメスガキが」

「うん。知ってる。でも君みたいなタイプって喜ぶ方が嫌がるじゃん」

 クルは舌打ちだけ返し会話を止めた。

 言葉で戦意を削る事を諦めた。


 威圧も嫌味も聞かず、油断も誘えない。

 技術は負け、体力の消耗も激しく、卑怯な手段は大体使いつくした。

 その全てを失っても、クルは戦い続けた。


 綺麗とはお世辞にも言えない泥臭く汚い戦い方だが、それでも、クルは最後の最後まで勝負を捨てず剣を振るい続け……。

 そして――恐ろしいとすら感じるほどの美しい一閃が、目に映った。


 それが剣から放たれたとはとても思えぬほどの鮮やかさで、まるで神に奉納する舞の様な。

 そんな一筋の銀光を最後に、クルはあおむけに倒れた。


「私さ、クル君の事嫌いじゃないよ。真摯な人は素敵だと思う」

 クルの目にその顔は映っていない。

 だが、恐らく微笑んで本気で言っているのだろうと思いクルは本気で嫌がり顔を顰めた。

「目が腐ってるんじゃないかお前? 俺のどこが真摯だ?」

「だって、強さに誠実で真摯的じゃん。相手を負かす為だけに会話して、悪ぶって。相手を負かす為だけに……ううん。勝つ為に文字通りどんな苦労も恥も厭わず何でもする。そのひた向きさはとっても素敵でかっこいいよ」

 本心だからこそ、クルは心の底から不快だった。

 相手を打ち負かす為相手の内心を見ようとしていたクルは、逆に自分の方が見られていたと知り心の底から気持ち悪がった。

「きもちわりぃ奴。……一つだけ言わせろ。君付けするな死ね」

 そう呟き、クルは目を閉じ意識を失った。

「やーだよ」

 それだけ答えてプランは微笑み、歓声を背に体を引きずりながら場外にいるリーゼの方にゆっくりと足を動かした。




「ただいまー。頑張って勝ったよ。ご飯何奢ってくれるの? 私お腹空いちゃった」

 ニコニコしながらそう言葉にするプランに対し、リーゼは険しい顔を見せ……そしてプランの手を強く掴み引っ張りだした。

「痛い痛い! どしたの? 何か悪い事あった?」

「どうしたもこうしたもあるか! ほら早く怪我治すわよ! そんなボロボロになって……。まずあんたの部屋で怪我の具合見ないと。それで病院か教会かどっち行くか決めて……ほら早く歩いて!」

 そう言葉にするリーゼを見て、プランは茫然とした。

 何故ならば……リーゼは何時もの様に表情を誤魔化したり作ったりしていないからだ。

 いついかなる時も飄々として表情を隠していたリーゼだが、今は心の底から心配しているのだとプランは理解出来た。


「……どうしてそんな心配してくれるの?」

 強い不安と心配を感じ、しかもいつもの様に取り繕う事すら出来ないほどの慌てようにおかしく感じ、プランはそう尋ねる。

 それを聞いてリーゼは……。

「……良いじゃないどうでも。次の試合も出たいんでしょ!? だったら早く治すわよ!」

「あ、次の試合何時か聞かなきゃ――」

「明日の昼過ぎよ。ほら早く」

 プランはリーゼに引っ張られ、そのままなすがままとなった。




 服を脱がされて診断され、打撲痕にクリームを塗られ、そして包帯を巻かれてベッドに寝かされて。

 ここまで甲斐甲斐しく介護される事はなかったプランは嬉しさ七割恥ずかしさ二割という気持ちで照れ笑いを浮かべていた。

 ただし残り一割……残念な気持ちは捨てきれずにいた。

「ちぇー。ご飯美味しいの食べたかったなー」

「また何時でも食べさせてあげるから。今日は体に良い物で我慢しておきなさい」

 そう言葉にしてリーゼはプランの口元にスプーンを差し出す。

 それをプランは恥ずかしそうにぱくりと口に加えた。


 どうしてかわからないが、リーゼに食べさせられるのはとんでもなく気恥ずかしかった。


ありがとうございました。

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