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9-3話 刹那の対話


 剣鬼ティロス。

 その知名度は決して高いものではなく、知っている者は実力の割に限りなく少ない。

 実力は他の有名な冒険者や武官と比べても高い位であり最高峰の冒険者学園の中でも上位に入る。

 ただ、本人に名誉欲というものが全くない為あまり人前に出ず、むしろ表舞台やら武官推薦やら勲章やらといった名誉の類を面倒に思う気質の為避けている。


 だからこそ実力の割に低い知名度なのだが……一部例外が存在する。

 極々わずかな地域だけにはその名前は広く知れ渡っている――悪名として。

 このマフィット辺境伯領もその一つである。


 剣鬼。

 その名前は本人が名乗った訳でもましてや二つ名という訳でもない。

 ただ周りが勝手に呼んだものであるのだが本人もその名前がしっくり来ているから否定せず、嬉々として受け入れている。


 剣の鬼。

 剣以外の一切に興味を持たず、ただ一つの道、剣を振る道のみ愚直に進む。

 故に剣鬼、故に化生、故に恐怖。

 故に、ティロスはその名前を第二の名前の様に思っていた。


 そんな剣鬼ティロスという名前は、泣くも震え愛想笑いを浮かべるという程の呪いの名前としてこのマフィット辺境伯領内で広く語り継がれていた。


 その理由だが――この故意に殺す事を禁止したトーナメントに十年ほど前、別の場所で開催された時に参加し、ニコニコ顔のまま参加者全員を十分の九殺しした事がきっかけ……の一つである。

『殺してないから大丈夫ですよね?』

 そうニコニコ顔で言った挙句に、面倒なんて理由で優勝を辞退した。

 誰一人起き上がる者がない中での棄権宣言。

 準優勝者すらいない状況の為優勝者なし。

 それどころかトーナメント参加者全員不参加という開く意味がない前代未聞の閉幕式が行われた。


 伝統あるトーナメントを舐め腐った態度で参加し、怪我人を大量に生み出したティロスは想像以上に恨まれる事ととなった。

 しかも参加者の中には真っ当に生きておらず暴力でのし上がった組織の一員も混じっていたのだから当然このままで済む訳がない。

 他者を脅して暮らす暴力集団から数百人。

 闇に生きる魔性の人間数百人。

 実力に自信のある剣士数十人。

 トーナメント参加者の身内数十人。

 おまけで勝ち馬に乗って美味い目に遭おうとする雇われ数百人。

 合計千人を超える人数がたった一人を殺す為だけに、その日の夜から三日間昼夜問わず襲い続けた。

 ただ一人を徹底的に苦しめる為だけに集まった千人を超える人間達の狂瀾。


 そしてその結果……マフィット辺境伯領の小さな街は血の海に沈んだ。


 五百人を超える死骸と折れて転がる武器群。

 街の中も外も死体が山の様になる惨状。

 その状況でもティロスはいつも通り、いや、いつも以上に嬉しそうに嗤っていた。


 襲ってくる全員を皆殺しにしつつも宿屋と食事場、街の外の往復という日常を繰り返すティロス。

 それはまるで、もっと襲って欲しいと言わんばかりの様子だった。


 だが、三日過ぎた頃には誰一人ティロスを襲い掛かる者はいなかった。

 この惨状を生み出したティロスに襲い掛かろうなんて考える者がいる訳がなかった。


 そして最終的に大量殺人者という事で捕まえる為に決死の覚悟で武官がティロスの元に向かったのだが……それにティロスはあっさりとした態度で捕縛を受け入れた。

『私はまだ国と争うつもりはありませんから』

 そんな言葉を放ち、素直に刑務所に行くティロス。

 そのおかげで、一応の平和は取り戻された。


 そして罪を審議したその結果――ティロスは無罪放免となるに加えてマフィット辺境伯領トーナメント永久殿堂入りとなる名誉……という建前でマフィット辺境伯領永久立ち入り禁止となる。

 一度たりとも仕返し以外で剣を振るっていないティロスを罪に問う事は出来なかったからだ。

 だからこそ、殿堂入りというのは本当に苦肉の策だった。


 そしてこの話がマフィット辺境伯領全域に広まっているのには大きな理由がある。

 そのトーナメントが開かれた街が物理的に消滅しその住民が領内に散らばっているからだ。


 大量の死体に汚れた事も街崩壊の原因の一つではあるが、大量の死体を生み続けながら嗤う剣鬼なんていうホラー一直線なトラウマを植え付けられた住人が自主的に呪われた街から離れた事が最大の要因だった。


 だからこそ、このマフィット辺境伯領においてその忌み名はどんな名前よりも強い意味があった。




 トーナメント参加登録してから色々な事があった。

 開会式から数日かけての予選会。

 本戦参加者の決定とそれに対しての著名人の激励。

 昨年優勝者のエキシビジョンマッチ。

 色々な事があった――らしい。


 らしいとなっているのには大きな理由があり……端的に言えば、その全てにプランは参加していなかった。

 参加自由であるのだが普通は参加するその重要な行事だが、プランは行かなかった。

 誰が予選を突破したのか、誰がエキシビションマッチをしたのか、どんな偉い人が来て何を話したのか。

 プランは何一つ知らなかった。


 何故ならばその間、プランはリーゼに引っ張られ祭りの方に参加していたからだ。

 トーナメントが開かれるという事でついでに開かれたティルジールという街全域でのフェスティバル。

 それを心の底から楽しむ為にリーゼはプランを巻き込んだ。

 とは言え、プランの方も祭りは好きだし誰かと楽しむ事が大好きなタイプの人間である。

 嫌な訳がなかった。


『プラン。今日はあっちの方行くわよ』

 というリーゼの朝の掛け声に。

『あい』

 とだけこたえいそいそと身支度を整える。

 そんな毎朝の恒例行事を嫌と思わない程度にはプランもリーゼとの祭りを楽しみにしていた。


 はっきり言ってプランはリーゼの様な破天荒かつわがままな性格は苦手である。

 気性や性格という意味で言えば水と油に近いだろう。

 だから本来ならそこまで親しくなれないはずなのだが……何故か非常に馬が合っている。

 プランはその事を不思議に感じているが、嬉しい不思議の為気にせず受け入れていた。


 そんなリーゼに引っ張られ、逆にリーゼを引っ張りつつ祭りを楽しむ事に全力を費やしてから数日後、遊びの時間は終わり始まりの日を迎えた。


 大歓声が聞こえてくる。

 戦いの舞台に立った訳ではなく、控室からその会場に向かう通路を見ているだけにもかかわらず割れる様な歓声が肌を震わせていた。

 この道を進めば、戦いが始まる。

 そう思うとプランの足は一瞬だけぶるっと震えた。

 意味もわからない恐怖、それはプランの中に常に残り続けていた。


「逃げる?」

 自分しかいないはずの控室に当然の様に居座るリーゼはニヤニヤした顔でそう尋ねて来た。

 そんなリーゼにプランは精一杯笑顔を作って見せる。

「――まさか。ティロス先生に用意してもらって、サリスとエージュに勇気をもらって……逃げる訳ないじゃん」

「そ。どうでも良いけど応援位はしてあげても良いわね」

「うん。友達として応援してて」

「はっ。誰があんたと友達になるもんか」

 鼻で笑いつつ本気でそう言葉にするリーゼにプランは溜息を吐いてみせた。

「一緒にお祭り楽しんだのに友達じゃないの?」

「それはそれ。これはこれよ」

「ちぇー」

 そう呟いてプランが口をとがらせると、目の前の道から割れる様な盛大な歓声が響いた。

 どうやら対戦相手が会場入りしたらしい。


「対戦相手の情報あるけどいる?」

「いらにゃい」

 その答えにリーゼは微笑んだ。

「言うと思った。……いってらっしゃい」

 プランは自分の頬を叩き、気合を入れてからリーゼを見つめる。

「行ってきます」

 そう言葉にしてからは振り向かず、プランはまっすぐ歓声の聞こえる方に足を進めた。


 観客席にプランの姿が見えた瞬間、歓声は更にボルテージを上げる。

 あまりの声量でそれはもはや悲鳴にも近かった。

 無数の人が、数えるのも馬鹿馬鹿しい人が周囲に集まりこの中のたった二人だけを見つめる。

 戦いを捧げる者に敬意を払う様に、見世物となる事を覚悟する道化を嘲笑う様に、観客は二人を見続ける。


 その視線をプランは一切気にしない。

 普段なら緊張するだろうが、今プランは他所からの視線を気にするなんて余裕なかった。

 張り詰める闘争の空気を肌で感じると同時に自らの恥ずべき力をこの場で振るう事に恐怖を感じる。

 立ち止まりたい、震えて泣き叫びたい。


 だけど、立ち止まるなんて出来る訳がないしするわけがない。

 友からもらった勇気がこの胸にあるからだ。

 才能、力、天稟。

 そんな物よりもよほど頼りになって、そして素敵で温かい。

 そんな勇気が胸にある限り、プランはもう自分に怯え震え泣きじゃくる事はなく前を向き続ける事が出来た。


 一歩ずつ進み、短い階段に足をかけ、石で出来たスタジアムに登る。

 既に対戦相手は――不敵な笑みを浮かべる少年はプランを待ちわびていた。


 それは数日前参加登録に行った際大男と揉めていた少年だった。

「見た顔だな。どっかの大会で会った事ある?」

 少年は馴れ馴れしい態度でプランにそう尋ねる。

 それに対しプランは首を横に振った。

「ううん。ついこの前のトーナメント参加の受付の時にちらっと見た位」

「そか。……女だから、ガキだから、なんてお互い言わないよな?」

「うん。言わないよ。油断もしない」

 プランが真顔でそう返すと少年は小動物の様な人懐っこい笑顔を浮かべ――己が相棒を手に取る。

 強い輝きを見せるショートソード。

 若々しい少年とは裏腹に使い込まれた様子があるその剣は非常に手入れが行き届いている。

 だからこそ、その少年の技量が高い事が伺えた。


 歴戦を重ねたであろう剣を右手で握り、左手には何も握らず手の平をこちらに向ける。

 そんな独特の構えを取った後――少年はこのスタジアムにいる三人目、審判の方にちらっと眼を向けた。


 審判はその後プランの方に目を向けプランの返事を待つ。

 プランはそっと頷き答えた。

「いつでもどうぞ」

 そうプランが言うと少年は眉を顰め露骨に不機嫌な表情となった。


「おい待てよ。その腰に付けた二本の剣は飾りか?」

 少年の言葉にプランはちらっと自分の剣を見る。

 友人に作って貰った自分だけの剣と、その予備。

 それらを見た後、再度審判の方に目を向け手で始まる様合図を出す。

 その様子を見て少年は怒りで顔を顰めるが……今度は何も言わなかった。

 その代わり、プランに対し強い敵意と殺気を向けてくる。

 外見の所為で舐められる事が一番嫌いな少年にとってプランの行動は火に油を注いだ事に外ならなかった。


「……始め!」

 その一言を良い終わる前、その一瞬で少年はまるで飛んでいるかのように感じるほどの異常な速度でプランに襲い掛かった。




 プランは決して少年を舐めてなんていないし武器を構えない事が不利になる事位冷静に理解している。

 だがその上で、プランは武器を握らない事を選択した。


 プランには輝かんばかりの才能があるが故の欠点があった。

 それは自分の実力を知らない事である。

 鍛錬による積み重ねのある人間ならある程度見通しが付く自分の実力の見通しとと世間の平均的な実力という常識が、ぽっとでの才能しかないプランには欠如していた。

 誰がどの位出来るか、一般的な実力はどの位か、そんな常識どころか剣を振る為にどの程度訓練が必要かという常識すら欠けている。


 そんな常識を知る事に、世間と剥離した自分を知り改める為に、自分がどの位凄くてどの程度の実力に位置するのかを知る事がプランがこのトーナメントでの目標、知るべき命題だった。


 自分の実力を知らない者には朽ち果てる以外の未来はない。

 自分の実力を鼻にかける者に友は出来ない。

 自分の実力を過小評価する者は人に忌み嫌われる。


 だからこそそれを知る為に……認めたくない才能の限界値を知る為にプランはこのトーナメントに参加していた。




 故に、プランはこの戦いで一手の差という物を理解した。

 たった一手分違うだけで全てが逆転するというのが勝負の世界の常である。

 だが、そのたった一手の差というものはどれだけ望んでも覆る事はなく……そして何度行ってもその一手が逆転する事はない。

 そんな絶対的な実力の差とも言える僅かな一手の差をプランは理解した。

 少年の剣を手に持ち、その首筋に刃を当てながら――。


 実力の差で言えば、プランと少年は精々一手分の差でしかないだろう。

 とは言えその差は大きな一手であるのは違いないがそれでもそこまでの差はついていない。

 少なくともプランはそう思っていた。


 それでも一瞬で勝敗を決定づけたのは、実力差以上に大きな要因が転がっていた。


 プランは一切油断をしていなかった。

 対戦相手は強敵であると理解しているからこそ心の底から慢心せず、少年に向き合っていた。


 少年もまた、プランに対して油断をしていなかった。

 例え相手が少女であっても、見ず知らずの相手に対して油断をするほど少年は愚かではなく経験も不足していない。

 そう、油断をしていた自覚はない。

 だが……少年は慢心してしまっていた。

 プランが武器を持っていなかったからこそ自分を舐めているのだと勘違いし、実力を思い知らせてやるという傲慢な気持ちを持ち、その結果甘い立ち回りを選択した。

 それは慢心という言葉以外に当てはまる言葉がない位の慢心だった。


 その結果少年は……武器を奪われ剣を向けられ、きょとんとした顔で体を止めるという決定的なシーンを作りだしてしまった。


「し、試合終了! 赤側の勝利!」

 これ以上ないほどの決定的な状況に対し審判はプランの勝利を高らかに宣言する。

 それを聞いて、離れすぎてる上に一瞬過ぎて良くわからない観客達は首を傾げながらとりあえず程度の拍手を二人に捧げた。


ありがとうございました。

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