9-2話 高名ではあるが高潔ではないネームバリュー
「ほんっとうに……えらく時間かかったわねぇ」
ジト目で呟くリーゼにプランは首を傾げた。
「そう? まだ日も落ちてないし時間には余裕あると思うけど」
「……散々寄り道して食い歩いたあんたへの嫌味よ。それ位わからない?」
「えへへ」
何故か嬉しそうに笑うプランを見てリーゼは小さく溜息を吐いた。
「他の奴らといる時さ、あんたよくよく真面目な世話役にしてたのに……何で私の時はそんなフリーダムなのよ……」
「何でだろうねぇ。まあそんな事は良いから早く受付しよ」
「場所さえわかれば私はもう良いわ。あんた一人で――」
そう言葉にするリーゼの言葉を無視し、プランはリーゼの手を掴み会場入り口らしき大きな扉の方に引っ張っていく。
ずるずると引きずられながら、どうせ意味がないだろうと思いつつもリーゼはわざとらしく溜息を吐いた。
会場に繋がっているであろう広大なエントランスに人の波。
それも、今まで見て来た客層とは明らかに異なるコワモテな風貌をした人ばかりの暑苦しい人の行列。
その中に、背の低い二人はぽつんと混じっていた。
「……んで、どれに並べば良いの?」
プランの言葉にリーゼは小さく溜息を吐いた。
「知らないわよそんなの」
「えー。んじゃ適当に並ぼ」
そう言葉にし、プランは文字通り適当な列の後ろに並んだ。
リーゼはこの列は違うなと感じていた。
ここに並んでいる人の大半が見た目こそ強そうだが実力が伴っていない。
確かに筋肉質で強そうな男性は多い。
だが、非常に人相が悪く粗暴で、そして武器の手入れが行き届いていない。
それでも強い一握りは確かにいるが、大体はこけおどしである。
だからこの列はおそらく予選組であろうと想像するが、敢えて言わなかった。
プランがどこに並ぼうがどうでも良いし、否定してじゃあどこに並べば良いのか聞かれるのも面倒だった。
そしてリーゼはニコニコしながら色々と話しかけて来るプランの言葉を適当に聞き流し相槌を打っているその最中、突如何やらざわついた空気が場に漂いだす。
また、同時に数列ほど離れた場所から叫び声が聞こえた。
「行ってみよ」
ノータイムで一切迷わず、プランはその方角に飛び出す。
リーゼはプランから離れるチャンスである事を忘れ、そっと付いて歩いた。
「良いからさっさと寄越しやがれ! ガキが、てめぇみたいなのにゃもったいねーんだよ!」
乱暴に叫びながら大男は少年に今にも掴みかかろうとしている。
大男の背は二メートルにも及ぼうとしているのだが少年の背は百五十センチもない位で、プランよりも少し高い程度。
ただでさえ身長差が酷いのに骨格も体格も明らかに異なり、その状況は大きな生き物が小さな生き物を捕食している様にしか見えない。
その少年の目前の受付男性は怯えた様子で受付用のテーブルから距離を取っている。
また、その他参加希望者も二人から離れ円の形に空白が生まれていた。
「あの、何が起きてるんです?」
聞くも見苦しい罵詈雑言を叫ぶ大男の方を見ながらプランは近場に群がる野次馬の一人にそう尋ねた。
「んー。あっちのちっこい子。何の間違いか推薦持ちらしくてね。それを奪おうとしてる感じ。可哀想だけど……まあしょうがないね」
そう言葉にし男は苦笑いを浮かべながらその様子を遠巻きに見つめる。
どう見ても少年が大きな男に絡まれ困っているのに誰も助けようとしない。
それどころか、少年が被害に遭う事を皆がほくそ笑んでいる様な雰囲気すらこの場には蔓延っていた。
子供の癖に推薦状を持つなんて……。
それはそんな嫉妬に満ちた空気だった。
予選を突破したとみなされる推薦状の入手方法は二種類ある。
一つは同等、同列の戦闘大会、並びにトーナメントや御前試合等のイベント事に参加し一定以上の功績を果たした上で技量と信頼を勝ち取った人に運営側から送られるという方法。
もう一つは二つ名持ち等国に対して特別な功績を上げた人間が推薦した文字通りの推薦状。
この二つなのだが、後者の場合推薦された人の実力などは一切加味されずに推薦状を貰う事が出来る。
その為箔付けなどで実力がなくとも推薦状を貰えるという事もなくはなかった。
だからこそ、そういう相手から推薦状を奪い獲ろうとする者は決して少なくない。
と言っても……受付前で奪い取って上手く行くわけがないので今回の場合は完全に無駄な行為でしかないが。
「……助けないと」
そう言葉にしてプランが少年を助けようとする。
自分よりも下の子供が虐げられる光景なんて見たい訳がなかった。
だが、プランの体は前に出なかった。
リーゼに腕を掴まれて。
「待った。行かなくても良いわよ」
「……どして?」
「いや。見てわからない?」
そう尋ねても、プランは首を傾げるだけだった。
「……あっちの小さいの。怯えている様に見える?」
リーゼに言われプランは少年の顔を見る。
少年の顔には困り果てたという表情は浮かんでいても恐怖を感じている様にはとても見えなかった。
「……これ、どうしよう」
そう少年は大男を指差して周囲に助ける様に呟き、溜息を吐く。
そんな全く怯えもせず飄々としている様子に大男はより一層怒りを覚えた。
「てめぇ……舐めてんじゃねぇぞコラ……ガキだからって甘く見られてると思うなよ……」
怒声とは違う脅す様な言葉。
さっきまでの怒鳴り声と違うからこそ、大男は臨界一歩手前というのが良くわかる。
わかるのだが……それでも少年は大男を無視し、怯え震える受付の方に顔を向けた。
「ねぇ。この禿げた人どうにかしてくれません?」
そんな少年の言葉を聞いた受付は大男の方をみながらひぃっと小さな声で怯え――そして大男は同時に武器に手をかける。
それを一言で表すなら巨大な斧となるだろう。
ただし、その武器は本来の両刃斧よりも遥かに雄々しく、それでいて持ち手が恐ろしく長い。
槍に巨大な斧の両刃を足し、更に先端を剣にしたような外見。
巨大なハルバード、またはハルバードに剣と斧を更に付け足した様な不格好な鉄の塊。
これを剣と呼ぶのは間違いなく暴論である。
だが、理屈で言えば正しいだろう。
通常の剣よりリーチがある為有利に立ち回れ、それでいて重量もある為威力も高い。
対剣性能で言えば相当な物となる。
ただし……それを振り回せればという話だが。
大男はそんな人が扱うにはあまりに大きく重たすぎる武器を軽々と振り上げる。
その動作で野次馬していた人達は巻き込まれない様叫びながら必死に距離を取った。
それでも少年は怯えた様子を見せず、小さく溜息を吐く。
ブン!
巨大な獲物を振るう事により異質な風切り音と風圧が周囲に広がる。
遠巻きの野次馬すら風だけで髪が持ち上がり体が揺れるほどの風圧。
また同時に受付が使用していた横に長いテーブルが上下に切断され、ガタンと大きな音を立てて崩れた。
だが、それだけだった。
「これってさ。やり返しても罪に問われない?」
そう呟く少年を見て、大男は目を丸くする。
少年は切断されるどころか大男の武器の上に座り込んでいたからだ。
平然と、まるで当たり前の様に異質な場所にいる少年。
それを見て大男の顔は赤から青に変わっていく。
「それで受付さん。やり返しても良いの?」
武器から降りて少年がそう尋ねると……大男はふんと鼻息荒くして武器から少年を落とし、後ろの方に引っ込んでいった。
「ああ良かった。何かあって参加出来ないとかなったら面倒だったね。せっかく遠くから来たのに。それで受付さん。テーブルないけどどうしたら良い?」
ニコニコとした顔の少年に震えた様子のまま受付はそっと一枚の紙を手渡した。
「あ、これで受付終わり?」
「は……はい。推薦の片は後日の本戦会場の方に前日入りして頂けたらと……」
「はーい。ありがとな。……ここ本戦会場じゃなかったんだ……」
そう呟いて少年は堂々とその場を後にする。
帰り際も相当の人込みではあったのだが、少年が通ると皆が道を開ける為すれ違う者は誰もいなかった。
少年の腕前を見た影響だろうか、数十人から数百人という人数が列を途中で抜けそのまま帰っていく。
だがそれでも、後から後から挑戦者は現れる為一分にも満たない時間で行列は出来元通りの混雑となった。
ただし、壊れたテーブルの前には誰も並んでいなかったが。
「プラン。あんたあいつに勝てそう?」
ニヤニヤした口調でリーゼがそう尋ねるのだが……繋がれた手はそこになかった。
プランは壊れたテーブルをどうしようか困っているさきほどの受付の人、初老の男性のところに立っていた。
「すいませーん。ここって推薦貰った人ので良いんですかー?」
そうプランが言葉にすると、ざわりと周囲に不穏な空気が流れプランを中心に円状の空白地帯が生まれる。
さきほどと同様の円で、さきほどの動揺の醜い空気。
嫉妬と妬みと見下す様な目が周囲からプランに襲い掛かる。
そしてその空白地帯に別方向から三人の男性が入って来た。
一人はさきほどの大男。
残り二人は見た事ない人物ではなるが大男に負けず劣らずガラが悪そうな外見をしている。
そんな今にも襲われそうな状況であってもプランはそんな事気にもしていなかった。
「嬢ちゃん。早く逃げた方が……。いや……すいません。それで、推薦の証明はありますか?」
同情に帯びた表情をすぐに止め、受付の男性はプランに業務的な対応を取る。
それにプランは首を横に振った。
「いえ。何も貰ってません。何か必要です?」
「証明が……ああ。貴女のお名前と推薦者のお名前を教えて頂けますか? できたらその関係性も」
その言葉にプランは頷いた。
その間も、三人の男はジリジリとプランに近づく。
三人お互いに牽制しながら、誰がプランの推薦状を奪うかを狙って――。
「えーっと……。名前はプランで、推薦者はティロス先生です。関係性は……教え子と教師かな?」
その言葉に受付の男性は首を傾げながら手元の巨大な本を開き名前を調べだした。
「はて……聞き覚えある様な……。ティロスさんティロスさん……。ああ! はい、ありました。剣鬼ティロス様ですね」
そう、受付の男性が言った瞬間――何かが起きた。
それはまるで天変地異の様で、実際何が起きたのか終わるまでプランは理解出来なかった。
響く怒声と叫び声。
だがそれよりもなお大きな人の動く音、逃げる音。
魔物が街中に出現したらそうなるのだろうというような空気。
一体どうして、そして何があったのかはわからないが……結果だけはわかる。
トーナメントに応募しようとしていた全ての人が、ここから全力で脱走していた。
遥か遠くで何もわかっていない人も、現在外で待っていた人も、全員がその場にいなかった。
現在残っているのはプランとリーゼ、それと苦笑いをする受付達と職員位だった。
「……あれ?」
プランは何事かと首を傾げ、そして冷や汗を一筋流した。
「……もしかして、私やらかしちゃいました?」
その言葉に初老の男性は優しく微笑んだ。
「おかげ様で皆休憩時間が取れますしここのテーブル直す時間ももらえましたとも」
まるで予定調和の様に微笑む受付の男性にプランは困った笑みを浮かべ、その横でリーゼは声を殺して笑っていた。
ありがとうございました。
更新出来ない罪悪感ががが……。
本当申し訳ないです……。




