9-1話 懐かしの場所、始まりの場所
拝啓――たぶん神様の元にいるお父様とお母様。
二人の愛娘である私プランは現在剣を使った大会とか出る為の馬車に乗っています。
ぶっちゃけどんな大会か詳しく調べないで来ていますが、どうやらとても大きな規模の大会らしいです。
物心ついた時には既にいなくなっていた為お母様がどういう人か知らないから何と言うかわかりませんが……お父様と一緒の性格ならならきっとがっかりするでしょう。
はい。
悲しい事に、まだしばらくはお二人に孫を見せる事が出来そうにございません。
そもそも相手すらいません。
それどころか恋愛すら良くわかりません。
生前、お父様にハルトとヨルンの二人のどっちが良いかと尋ねられた際、どっちもありえないと言った時のお父様の落胆した顔、私は一生忘れないでしょう。
そして私も、『どうしてもというならミハイルとでも……』なんてのたまいやがったお父様の言葉、二度と忘れてやりませんとも。
そして生まれてすぐに亡くなったと聞くお母様。
きっととても美人でスタイル良くて頭が良いいだろうと想像するお母様。
恋愛のれの字もない娘でごめんなさい。
そして一つだけお教え下さい。
お母様のお胸は豊満でしたか?
もう九割方諦めていますが……もしかしたらというわずかな期待を込めてそう願わずにはいられません。
そして結婚や恋愛なんてものには縁がないのに何か一流の剣の大会に出る親不孝なのか親孝行なのかわからない娘をどうかお許し、ついでにこっそり応援とかしてください。
領の事はミハイル兄さんがきっと何とかしてくれます。
私の兄とは思えぬほどの何でも出来る完璧超人の兄ですから、きっと結婚相手もすんごいのを連れて来てくれるはずです。
ところで、私の兄はお父様とお母様のどちらに似ているのでしょうか?
父は美形とは程遠いのに兄は美形ですから、もしかして母似ですか?
そして私は父似です。
少しだけ、運命を呪いたいです。
と言う訳で何でも出来る万能お兄様と違い、私は何も出来ません。
出来ませんが……大切な場所を守る事だけはやり遂げます。
ですので、そちらに行くのはもう少しだけお待ちください。
そんな事を考えながらプランは馬車の中から空を見た。
どうしてかわからないが少しだけホームシックな気分となっているプランは小さく溜息を吐き、そして再度空を見る。
何時もはこんなに気持ち良く晴れた晴天を見ると楽しい気分になるのに、今日はあまりそんな気分になれない。
そしてそれがどうしてか考えると、何故こんなに落ち込んいるのか考えると、すぐに思いつく答えは一つ。
お世話する人がいないからだ。
ミグに世話を焼いている時は寂しくなかった。
サリスの世話を焼いている時は寂しくなかった。
そんな事に気づき、自分の事ながら単純でプランは苦笑いを浮かべた。
「……さっきからころころ表情変えてるけど、何か面白い事でもあるの? あるなら教えなさいよ」
そんな言葉を、リーゼはプランのすぐ隣からきょろきょろと外を見渡しながらそう言葉にする。
そんなリーゼにプランはジト目で見つめた。
「あのさ、どうして乗ってるの? というかどうやっていつの間に乗ったの?」
プランは一人で馬車に乗る予定だった。
だったのだが、気づいた時にはリーゼがいた。
本当にいつ乗ったのかもわからないし何故乗ったのかもわからない。
だが、馬車の料金は何時の間にか二人分払っており、気づけば一人旅が二人旅になっているのは確かだった。
「まあそんなどうでも良い事は気にしない気にしない」
笑いながらそう言葉にするリーゼを見て、プランは溜息を吐く。
他人に対しては遠慮なく踏み込むのに自分の事は話さないし話したくない事は意地でも話さない。
しかも超高度な擬態を使って表情すら作ってみせる嘘を付く為、誰もその嘘を見抜けない。
少々付き合いのある程度のプランがリーゼの事で分かっている事なんてそう多くはなかった。
怪盗をやっている事。
プランに外見が多少似ている事。
成人している事。
自他共に認める我儘で偏屈な性格である事。
そして……いう程に悪い人じゃない事。
その位がプランの知るリーゼの姿だった。
「はいはい。んで、貴女は何をしにこの馬車に乗ってるの?」
「そりゃ。あんたがトーナメント出るって聞いたからよ」
「……あれ? 応援してくれるの? だったらちょっと嬉しい」
「え? 別に。応援して欲しいから片手間位に応援するけど」
「あるぇー。応援じゃないならどうして付いてきてくれるの?」
「何か面白そうだから」
「……ですよねー。貴女そういう人だもんねー」
そう言ってプランは盛大に、わざとらしく、それでいてねちっこく厭味ったらしく溜息を吐く。
それでもリーゼは一切気にもせずケラケラとプランを笑った。
「……あ」
馬車での旅の数日ほどした時、プランは間が抜けた声で呟いた。
どうして自分がアンニュイなのか、両親の事を思い出したのか。
それがわかってしまった。
目的の場所に近づき、見覚えのある道に入って理解した。
もう何年も前の事、いや、実際には数か月程度しか経っていないのだが、それでもプランには何年も昔の事になる。
何度も名前を聞いていたのに、理解しようとしなかった。
いや、忘れようとしていたのだろう。
だが、ここまで来たら逃げる事は出来ない。
忘れる事など出来ない程に、記憶が鮮明に掘り起こされる。
今回向かう場所、マフィット辺境伯領は父の死んだ場所だった。
「どしたのあんた? 何か悪いものでも食べた?」
リーゼの言葉にプランは何か言葉を紡ごうとする。
だが、何も返せない。
気の利いた言葉も、反撃の皮肉も出来ず、同意する気さえしない。
――こんなに私弱かったっけ?
そんな事すら思うほど、プランの気持ちは沈みきっていた。
「……はぁ。もう良いわ。何も言わなくて」
そう言葉にして呆れた様な声を出した後――リーゼはプランを抱きしめた。
「え? あの……」
「何の説明もいらないし何も言わなくて良い。どうでも良いし。というか黙って大人しくしてて」
そう言ってリーゼはプランの頭を抱きかかえる。
プランは何も説明していないしそもそも制約で何一つ説明出来ない。
だが、そんな事本当にどうでも良いかの様にリーゼはプランを抱きしめ慰める。
まるで全てを知っているかのような態度で。
どうしてそんな事をしてくれるのかわからない。
わからないが……どうやらこの体は相当現金だったらしく、気持ちが明らかに晴れていくのをプランは感じていた。
どうやら、シンプルに寂しかったらしい。
「ありがとね。本当に……」
「良いからもう少し黙って大人しくしてなさい」
照れてるのか怒っているのか、そんな事を呟きながらもリーゼの抱きしめる手は優しいまま。
その腕の中は、体だけでなく心すらも暖かくなるほどに心地が良かった。
マフィット辺境伯領の最大都市ティルジール。
本格的な交戦区域からは少し外れているとはいえ、敵対しているディオスガルズと領地を接している領の街である為それは相応に防衛に力を割かれている。
故に普段は堅牢で重たい雰囲気の退屈な町なのだが……今この時その姿は大きく変貌していた。
大量のバルーンが飛び続け、四六時中朝も夜も大砲の音が鳴り響く。
それでいて、そんな音にも負けない様な人々の喧騒が周囲に轟き続ける。
それは誰がどう見ても、祭りの有様だった。
普段は当然だが質素に暮らしているが、何かある度に大げさなまでに祭りが開かれる。
開かれるイベントは場所も場所な為戦闘に関わる事のみだが、逆に言えば戦闘に関わる事ならしょっちゅう何かが開催され街は勝手に祭りを実行する。
今回の様なトーナメントから子供達への戦闘指南、果てにはディオスガルズとの小競り合いでの勝利記念まで。
故に、この街ティルジールは国境近くにありつつも『パレードシティ』なんてふざけた呼び名を持っていた。
「……うん。来て良かったわ。楽しそうじゃない」
リーゼがそう言葉にするのを見てプランはニコニコと微笑んだ。
「そか。ところで泊まる場所とかどうするの? 私はティロス先生が用意してくれた場所があるから大丈夫だけど……」
そう言いながらずいいっと圧力をかけるプラン。
その様子を見てリーゼはジト目でプランを見た。
「何が言いたいの?」
「こっちにいる間は一緒に寝ない?」
そう言いながら、プランはリーゼににじり寄った。
「あんた……何と言うか……極端というかやけにぐいぐい来るわね。でも拒否するわ」
「えー」
わかりやすく拗ねたプランを見ながらリーゼは苦笑いを浮かべた。
「何であんたに世話されなきゃならないのよ。私はあんたんとこよりも何倍も良いホテルにでも行くわ。……ま、偶になら遊びに行ってあげても良いけど」
その言葉にプランはぱーっと笑顔を輝かせた。
「じゃ、今晩来てね」
「あんた。偶にって意味わかる?」
リーゼはそう呟き、小さく溜息を吐いた。
「それで、あんたこの後の予定は?」
「泊まる場所の確認と受付。それと手紙かな。着いたよーって連絡を学園の皆に。……ついでに何かお土産付けられないかな」
「ほーん。ま、そう言う事なら最初にトーナメント受付に行きましょ」
「ありゃ。付いてきてくれるんだね。ありがと」
「私も会場の場所知っておきたいからついでにね。それ終わったら別行動するから」
「ちぇー。わかったよー」
そうぼやいた後、プランはニコニコと微笑みリーゼの横を歩く。
リーゼは何故かしかめっ面をしていた。
「私、あんたの事誤解してたわ……」
リーゼは呆れた顔をして屋台で買った名物らしき飴を舐めながらそう呟いた。
その横で同じ飴を口に頬張ったプランは首を傾げていた。
「わたひ? 何を誤解してたの?」
「あんた、食事に関してもう少し普通だったっていう印象操作を受けてたわ……」
「別に普通じゃない?」
「断言して良いわ。普通じゃない」
通りがかった屋台のほとんどを制覇しているプランに対してリーゼは絶対に普通なんて言葉使いたくなかった。
わずか二、三百メートルだが表通りの為びっちり隙間なく両側に屋台があり、その数十や二十ではない。
だが、プランはその大半を文字通りペロリと平らげていた。
最初リーゼは屋台で色々な物を食べる為に一口二口食べたらプランに食べ残しを渡していた。
途中で怒るだろうか何て悪戯っ子の様な事を考えながら注文し、そして食べかけをプランに渡す。
それを繰り返している内に、リーゼは気づいた。
プランは自分が渡した食べ残しを全て完食した上に、自分でも屋台で注文を取っている事に。
リーゼ自身かなりの小食である為一般的な人がどの位食べるのかはわからない。
だがそれでも、プランの食べた量が普通でないという事だけは間違いないと断言出来た。
「……ああ。あんた、サリスと比べて普通って思ってない?」
その言葉に、プランはぽんと手鼓を打った。
「そいやそうだ。私結構食べる方だった。サリスと比べたらまだまだだからすっかり忘れてた」
そう言ってプランは楽しそうに笑った。
「あれと比べたら女というか人類として終わりよ。……参考なまでに聞くけど、サリスならここまでの間でどの位食べるのよ?」
「とりあえず、一回の注文が十個単位なのは間違いない」
「……化物じゃない」
リーゼは盛大に溜息を吐いた。
「ま、それはそれとして私氷食べたいわ。付き合って」
リーゼはころっと気分と話題を入れ替えそんな言葉を放った。
「あいあい。あ、あっちにカップル用とかあるよ。せっかくだしどう?」
「何がせっかくだしよ。あんたそういう趣味あるの?」
「わかんにゃい。でも……女性に対してそう感じた事はとりあえずないなー。今んとこはだけど」
「怖い言い方ねぇ。ま、どうでも良いわ。お、あっちの方で何かあるみたいよ。行きましょ」
そう言葉にしてからリーゼはプランの手を掴み、人が多い方角に引っ張る。
プランは楽しそうに頷き、リーゼの隣で同じ様に小走りをする。
その姿はまるで姉妹の様だった。
ありがとうございました。
2020/02/15
実生活が忙しくて更新頻度が下がっています。
落ち着いたらもう少し頻度を上げて書きますので申し訳ありませんが気長にお待ち下さい。




