閑話17-25 テスト開催のキャンプオフ当日part1
副題の「17-25」は、この閑話が第十七章 終了後の頃、という意味です。
ご注意ください。
木々が紅葉に染まる秋。
千葉の清水公園には、午前中から人の声が響いていた。
「大型モニターはこちらにお願いします。ええ、資料通り三台とも並べてください。電源車はあちらへ。許可はもらっています」
手に資料を持ち、指示を飛ばす一人の男。
クールなニートである。
クールなニートが手配した機材が着々とキャンプ場に届き、設置されていく。
これまでになく大掛かりな準備。
今日の出来によって、今後のNPO法人の活動が決まるのだ。
仕切る男と、それに従ってサポートする男たちは気合いが入っているようだ。
キャンプオフ。
これまでの三回と違い、ナンバリングされていないテスト開催のキャンプオフである。
ユージの資産の一部と、映画化を検討する際に支払われた契約金。
ユージの意志により設立されたNPO法人に提供されたそれを使って、ニート脱却をまったり支援する。
そのためのキャンプオフである。
掲示板住人たちのオフ会が目的ではないのだ。
まあ掲示板住人たちが元ニート&引きこもりだったり、現役のニートや引きこもりだったりするのでだいたい一緒なのだが。
ユージの話がドキュメント番組としてアメリカで放送されることはすでに知られている。
そのため、テスト開催のキャンプオフ参加希望人数は膨れ上がっていた。
最大で600人に対応できるキャンプ場を貸し切っていたのは慧眼だったようだ。
当初はNPO内でも、貸し切りにすると決めたクールなニートの頭を疑われていたが。
「キャンプオフ用の機材はすべて届いたか。あとは食材と、出店されるみなさま待ちだな」
「おーい! Wi-Fiの設定終わったって!」
「了解だミート。では洋服組Aと一緒に、出店者の受け入れにまわってくれ。割り当てられているスペースはわかるな?」
「ああ、あっち側のバンガローだろ? さっき下見したから大丈夫!」
数人の男が連れ立って駐車場方面へ向かう。
そう、今回のキャンプオフにはこれまでと大きく違う点がある。
そのために当日の午前中からこうして事務局メンバーが揃っているのだ。
これまでのキャンプオフと違う点は。
「ほら、行くぞ洋服組A! ユニク○さんのスタッフと一緒に、例の彼女も来ちゃうんだろ? イチャついちゃうんだろ?」
「イチャつかないから! 向こうは仕事で来るんだし!」
クールなニートたちの声かけにより、いくつかの店がこのキャンプオフに出店するのだ。
ユージの話をきっかけに外に出た男たちが、見た目を整えられるように。
この日以外も外に出る勇気を得られるように。
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「加奈子さん、こっちです!」
「あ、文也くん! ほんとに来てくれたんだねー。今日はよろしく!」
「こっちこそ、来てくれてありがとうございます。みなさんよろしくお願いします。えっと、それじゃ」
「はーい、出店スペースに案内しますねー。みんな、搬入手伝って!」
駐車場に止められた2台のトラック。
各自の車できたのだろう、トラックのまわりには荷下ろししている男女がいた。
そのグループに駆け寄る洋服組A。
いや、グループに駆け寄ったのではない。洋服組Aは、一人の女性に駆け寄っていた。
加奈子である。
ちなみにこの二人、まだ付き合っていない。
このキャンプオフを終えて冬、一緒に初詣に行ったあとに告白して付き合うことになるのだが、それはちょっと未来の話である。
今はただ、コイツらこれでまだ付き合ってねえのかよ、と冷ややかな目で見られているだけだ。
加奈子の同僚や近くの大型店から駆り出されたスタッフと、案内と搬入の手伝いにきた掲示板住人に。
なんか甘酸っぱい感じを醸す二人を無視して、名無しのミートが場を仕切る。
できるニートである。
これまで開催されたキャンプオフでは希望者を店に案内して、店員の協力で服を揃えられるようにしてきた。
洋服組A・Bをはじめ、何人ものニートや引きこもりがそこで『普通の服』を購入してきたのだ。
外に出ても変に注目を浴びることもない、普通の服を。
クールなニートは過去のコネを使って本部にアポイントを取り、キャンプオフへの出店を持ちかけたのだった。
迎えて今日、テスト開催のキャンプオフ当日。
いつもの宇都宮ではなく、この場所で開催したのも出店者のためだ。
車でも電車でも、ある程度交通の便がいい。
敷地が広く、人が多くなっても出店スペースは充分に確保できる。
首都圏から近く、さらに付近には大型店舗があって在庫も人も融通できる。
クールなニートはそこまで考え、宇都宮ではなく千葉の清水公園を選んだのだった。
決してアスレチックがしたかったからではない。
「このあたりがユニク○さんの出店スペースです。近くには他に靴屋さんと、あと美容院が来る予定ですね。ここから見える4棟のバンガローは、スタッフの休憩スペースや試着室がわりに使ってもらってOKです」
「了解! 試着スペースがあるのは助かるわ。さあみんな、まずは展示よ!」
「おうおう、彼女張り切ってるじゃん。これは洋服組Aくんもいいとこ見せないとねえ」
「あんまりからかわないでくれよ……あ、おひさしぶりです」
「あらあら、キチンとした格好になってるわね。最近、加奈子はあなたの話ばっかりなのよねー」
「あの……み、みなさんも手伝いに来てくれたんですね! わかってる人がいると心強いです!」
名無しのミートと宇都宮店のいつもの店員にからかわれた洋服組A、唐突な話題変更である。話ベタか。話ベタであった。最近は改善されつつあるようだが。
どうやらユニク○さんは、過去三回、キャンプオフの前に来た引きこもりやニートたちを接客した実績を持つ数名を送り込んできたらしい。
クールなニートが本部に入れ知恵した結果である。
慣れない店員が押し付けがましい接客をしようものなら、どちらにとってもマイナスになるので。
『外さないベーシックな服』という条件と接客に注意をすれば、シーズン落ちだろうが去年の在庫だろうが問題なく売れる機会なのだ。
決してオシャレではない。
それでも。
新しく清潔で、サイズが合っているベーシックな服。
ファッションにこだわりを持つ一部のニートたちを除けば、それで充分、進歩なのである。
自分で買えた、という些細な事実でさえも。
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「みんな、わざわざありがとね!」
「恵美の頼みだからね!」
「え? 火曜だから休みだったし、私はいい小遣い稼ぎのつもりだったけど?」
「ほらほら、いいからみんなさっさと動く」
駐車場の一角。
先ほどのトラックの大所帯とは違う一団があった。
女性を中心に十数人、男はそのうちの3人。
服装もヘアメイクも華やかな一団。
ユージの妹・サクラの友達の恵美が声をかけ、そこから広がった美容師の集団である。
「ねえちょっと、あのチャラい感じの男の人は誰? なんか仕切ってる感じだけど」
ひそひそと友達に声をかける恵美。
3人の男のうち、浅黒い肌と若作りな服装のおじさまが集団に指示を出していたのだ。
引きこもりやニート、元ニートたちが集まるキャンプオフには場違いな感じの。
「あの人が私の師匠よ。あんなんだけど、腕はバツグンだから」
「えっと、腕というよりトークが心配なんだけど……」
最初に恵美に声をかけられて、美容師を集めた友人がひそひそと恵美に説明する。
そこへ。
「あ、キミが恵美ちゃんかな? 今日はありがとね。自分に自信がない子たちばっかりなんだって? いやあ、腕が鳴るよ!」
「あの……」
恵美に話しかけてきたのは、そのチャラそうなおじさまだった。
「それでちょっと考えてきたんだけど。話すのがニガテな子もいるでしょ? だから、接客をはじめる前にこれを書いてもらおうと思ってね。どうかな?」
チャラいおじさまが差し出したのは、一枚の紙。
「え? あ、これ……」
それは、希望の髪型やざっくりした長さといったヘアスタイル、完全に無言で、髪型の質問だけで、普通に会話したい、など接客を事前に書き込んで希望を伝えるシートだった。
よくわからない人には『完全におまかせで無言』コースもあるようだ。
「下のほうはボクら美容師が書き込むから! これを持って帰れば、その子の地元の美容院で充分対応してくれると思うよ」
紙の下半分には、正面・横・後ろを向いた人の顔があった。
恵美に渡されたそれには、チャラいおじさまが書き込んだらしき記入例がある。
「あの……いいんですか? これ、カルテってヤツですよね?」
「カルテってほどじゃないよ、ボクが普段使うヤツはもっと細かいからね! ほら、美容師はみんな出張組だし、お店に来るように言っても遠いだろうからさ」
「は、はあ。でも……」
「それに、今回の話を聞いてボクは嬉しかったんだ。今日はボクらが自信を持たせてあげられるから……あとは、それを続けてほしいじゃない?」
見た目も言動も軽い。
だが。
チャラいおじさまの目は燃えていた。
「ありがとうございます!」
「はは、あんまり気にしなくていいよ! この子たちはまだわかってないみたいだけど……たぶん普通に美容師してる人なら、今日はモチベーションが上がるいい機会になるんじゃないかなあ」
ひらひらと手を振って歩き出すおじさま。
チャラい見た目とは裏腹に、自分の仕事には誇りを持っているようだ。
そして、自信を持たせてあげられる、と言い切る自分の腕にも。
「このバンガローが美容院のスペースです。スタッフの休憩場所も入れて6棟です」
「了解! シャンプー台がないから掃除機で吸い込むしかないってのがアレだねー。どうしてもって人は自分でシャワー使ってもらうことになると思うけど」
「そうなんですよねえ……」
「まあしょうがない! できる物を使って、できる仕事をするだけだよ。はいみんな、準備準備! 床が木で掃除しにくいだろうから、きっちり下にもシートを敷いてね!」
チャラいおっさんの言葉に、はーい! と返事をして動き出す十数人の男女。
美容師の一団は、上の言うことは絶対であるらしい。見た目によらず、内実は体育会系なのだ。
「恵美ちゃん、こっちは任せてね! ただ受付は外に作るんだけど……そこだけは誰かにお願いしてもいいかなあ。ボクらがやってもいいし、ホントはボクがやりたいんだけど。ほら、見た目がこんなんだからさ! みんな遠慮しちゃうでしょ?」
「あ、はい、そうするつもりだってあの子に聞いてましたから。はじまる頃には手伝いが来ます」
「よかった! じゃあそれだけお願いね!」
チャラいおじさまは意外に気遣いできる人らしい。
安心した恵美は、この場を任せて事務局に向かうのだった。
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「インフラ屋、また迷ってるヤツがいるらしい」
「またか! くそ、なんだこの駅!」
「すまん……地元の駅がこんなんですまん……俺、ちょっと迎えに行ってくるよ」
清水公園から離れて、送迎バスの集合場所になっている新越谷駅。
大型バスの入り口で三人の男が騒いでいた。
いや、騒いでいるのはインフラ屋だけ。他の二人はちょっと困っている様子だ。
先ほどから集合場所がわからない参加者が続出しているので。
クールなニートたち事務局の手配で、新越谷駅のロータリーには大型バスが止まっていた。
ここから清水公園までは片道およそ30分。
運転手付きで2台レンタルしているため、30分間隔で参加者を送り込んでいる。
だが。
ロータリーにそれらしき大型バスが止まっているのに、迷う人たちが多い。
東武線新越谷駅 兼 JR南越谷駅。
ここには、ロータリーが3つあるので。
「それで、いまどこにいるって?」
「東口にいるらしいけど……バスがいないって」
「ってことは東口の南口かな。俺、迎えに行ってくるよ」
「頼んだ地元民! はあ、違う駅に集合にすりゃよかったかな……」
「インフラ屋、そうは言ってもここが便利なのは確かなんだからさ」
「まあなあ。よし、俺ちょっと看板用意するわ。ホワイトボードに集合場所書いて、何人か立たせりゃいいだろ」
「え?」
「ロータリーは3つ。西口に一人、東口の南口に一人、東口の北口のバスの乗り口に一人。なんだこれ、早口言葉か? まあこれだけ準備すりゃわかるだろ」
インフラ屋に答える者は誰もいない。
じゃあ俺ちょっと買ってくるわ、駅ビルもでかいっぽいし100円ショップとかあるだろ、と言い残し、インフラ屋はふらっといなくなるのだった。
順調に準備が進む開催場所の清水公園キャンプ場と違い、送迎バスの発着所は混乱状態であるようだ。
そもそも駅名を統一してほしいものである。スカイツリーラインとかアーバンパークラインとか言い出す前に。
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「な、なんだコレ……」
「え、ちょっと、これけっこうガチなヤツじゃない?」
「俺が知ってるアスレチックって、もっとこう、子供騙しな……」
「うおおおお! めっちゃ楽しそう!」
「やべえ、想像以上だ!」
清水公園に盛り上がる男たちの集団があった。
準備が進むキャンプ場、ではない。
この清水公園の名物。
フィールドアスレチックである。
名無しのトニーをはじめとしたアクティブな面々は、早めに集合してアスレチックで遊んでいた。
これまで三回開催されたキャンプオフでも、餃子を食べに行ったり例のビルを冷やかしたりと行動的だった住人たち。
今回、彼らとさらに増えた住人は、アスレチックに来ているのだった。
「水上コースって、普通もっと安全なヤツじゃない?」
「なあ。きゃー、濡れちゃったーぐらいのさ」
「これどう考えても濡れるよな。ってかおかしくね? いきなり難易度あがってね?」
わいわいとうるさい集団である。
平日なだけにほかの客が少ないのが幸いだろう。
ちなみに10人を超える大人数なため、後ろから人が来たら先に通している。
アクティブなニートたちは、けっこうコミュニケーションも取れるようだ。
「よし、俺が一番手だ! ちゃんとカメラまわしとけよ動画担当!」
「そりゃ撮るけどよ。大丈夫か、トニー?」
「心配すんな動画担当。落ちたら落ちたでおいしいから」
「そうそう、それにキャンプ場行ったらユニク○来てるしね!」
「いやそこは着替え持ってきとけよ」
大騒ぎである。
清水公園名物、フィールドアスレチックの水上コース。
小汚い池の上に作られた場所に出るまでは、ロープや丸太の上を歩く『アスレチック』とは名ばかりの遊具が続く。
そして。
池の上に出た途端、いきなり難易度が上がるのだ。
最初に待っているのは『ターザン』である。
上から吊るされたロープに捕まり、反動をつけて飛び出す。飛び出した先のネットに捕まる。
これで成功である。
もちろん下は池である。
途中で手が滑ったり、うまくネットに掴まれなかったら。
「あっ! くそっ!」
「ああっ、トニー!」
「あははははは!」
「よっしゃあ、いい画が撮れたぜ!」
容赦なく池にドボンである。
名無しのトニーのように。
早めに集合したアクティブ組は、存分にアスレチックを堪能しているようだ。
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ユージの意志に従って、クールなニートを中心に設立されたNPO。
宇都宮に限らず、各地で開催するための試金石になるキャンプオフ。
すでに自由な参加者たちは置いておいて、準備は順調に進んでいるようだ。
ユージの話をネタに、わいわい楽しむために。
違う。いや、それも一つの目的なのだが。
ユージの物語という共通の話題で、似たような背景の人と気軽に話をする。
外に出たついでに、ありきたりな服を買ってこざっぱりした髪型にしてもらう。
引きこもりやニートたちの自立をまったり支援するのが、これまで支えられてきたユージの意志であり、NPOの目的であった。
ちなみに。
今回も、参加したけどやっぱり無理、という住人のために避難所が作られている。
試着室や美容院のスペースとして10棟使っているが、なにしろバンガローは全部で34棟もあるので。
郊外のキャンプ場は、たまに恐るべき規模を持つ施設があるのだ。





