閑話17-17 テッサの母と姉、信じがたい話を聞く。下
副題の「17-17」は、この閑話が第十七章 十七話終了ごろという意味です。
ご注意ください。
「先輩、今週も実家に帰るんですか?」
「ええ。というか、今日このまま帰って土日は向こうで過ごすつもりよ」
「男……ってわけじゃなさそうですね」
「んー、まあね、いろいろあるのよ。ってことで先にあがるわね。おさきー」
「はーい、お疲れさまです!」
後輩の明るい声に見送られて、私はフロアを後にする。
まあフロアから出ても、エレベーター待ちでまだこのビルから出られないんだけど。
景色はいいし、キレイなんだけどこればっかりはね。
わかってる。
そんなことを考えているのは、ただの現実逃避だって。
夏。
お母さんからの電話で青梅の実家に帰った私を待っていたのは、突拍子もない話だった。
9年前に行方不明になった弟は異世界に行った。
しかももう寿命で死んでいる。
制服はともかく、カバンや生徒手帳は弟の物っぽかった。
手紙の文字も似てたのは確か。
それに、私たちに宛てた手紙には家族三人しか知らないことが書かれてた。
お母さんは信じちゃってるけど……。
私はそれでも信じられない。
信じたくないだけかもしれないけど。
あの日以来、私はいつも週末は実家に帰ってる。
帰りやすい中野に住んでたのは成功、かな。
こんな頻繁に帰るのは初めてだけど。
「さてっと」
ようやくオフィスビルを出て、東京駅までたどり着く。
いっつも思うんだけど、駅まで歩く時間よりエレベーター待ちの時間のほうが長いのはなんなのか。
まあ朝はもっとヒドいんだけど。
中央線に乗ってスマホを見る。
ちょっと声が漏れちゃったのは許してほしい。
あの日から、通勤の時はずっとスマホを眺めることになった。
私がスマホで読んでいるのはユージさんの話。
弟が行ったという世界で、ユージさんが弟の消息を知るまでと、それからの話。
郡司さんと神谷さんがまとめてくれた資料はあるけど、私はひとつひとつ過去ログを辿っていた。
「あ、降りな……ああ、今日は実家に帰るんだった」
ユージさんの話はおもしろい。掲示板の反応も含めて。
熱中しているうちに中野駅に着いて、危うく下りそうになった。
今日は実家に帰ろうとしてたのに。
ユージさんの話はともかく……写真や動画は作りモノに見えなかった。
郡司さんによると、アメリカのCGクリエイターでさえ本物だと言い切ったらしい。
いま動いているというアメリカのドキュメント番組では、これが作りモノだって証明できたらお金をもらえるって提示されるとか。
あれから何度も郡司さんと神谷さんに会って、ユージさんや弟の話を聞いて。
私は、信じはじめているのかもしれない。
でもこうして悩むのは明日の夜まで。
明日。
お母さんと私は、弟の嫁だったっていう人と話すことになっている。
ビデオ通話とチャットを使って。
私は信じたいのかもしれない。
こっちのどこかで死んでいるのではなく、弟が異世界に行ったって。
向こうで信じられる人に出会って、幸せに生きたって。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「郡司さん、わざわざすみませんねえ」
「いえ、気にしないでください。乗りかかった船ですよ」
夕方、実家には私とお母さんのほかに、二人の姿があった。
弁護士の郡司さん。
それと、助手の神谷さん。
神谷さんというか……クールなニートさんね。
ユージさんの話を読み込んでからは、ちょっと特別な目で見てしまう。
この人があのクールなニートさんかって。
実家の和室のテーブルの上にあるのは、私が持ってきたノートパソコン。
Skyp○は設定済み。
今日。
郡司さんとクールなニートさんに連絡を取ってもらって、ユージさんとビデオ通話とチャットをする。
ううん、ユージさんとじゃない。
ユージさんが連れてくる予定の、弟の嫁と。
「あの子はどんな人と結婚したのかしらねえ」
「お母さん、まだ本当に弟があっちに行ってたって決まってないから」
「華、そうは言ったって……」
「郡司さん、神谷さん、こちらはいつでも大丈夫です」
「わかりました。……ちょうどコールが来ましたよ」
クールなニートさんが画面を指さす。
「華」
「お母さん、繋ぐよ。打つのは私がやるからね」
ふうっ、と一つ息を吐いて。
私はSkyp○のビデオ通話に繋ぐ。
一瞬ブラックアウトして、それから。
ノートパソコンのモニターいっぱいに、二人が映った。
「あら、キレイな人ねえ。あの子ったらもう……」
「お母さん、ちょっと待ってね」
全画面表示になった画面の下のほうにカーソルを移動させて、吹き出しをクリックする。
とりあえず挨拶かな、と私はキーボードを叩く。
「はあ、華はパソコンが速いねえ」
「仕事で使ってるからね。お母さんはちょっと見てて」
hana:ユージさん、初めまして。それからそちらの方も
私のメッセージを見たのだろう。
ユージさんが口を動かして、隣の女性に話しかけているのが見える。
女性が口を開き、ユージさんがキーボードを叩く。
ユージ:初めまして。こちらがテッサ……土理威夢くんのお嫁さんで、イザベルさんです
聞いてはいたけど音声が通じないのがもどかしい。
あと隣でへえとかはあとか言ってるお母さんがちょっとうるさい。
郡司さんとクールなニートさんは、私たちの後ろで黙ってモニターを見つめていた。
それはそれで気になるけど。
hana:イザベルさん。弟のことを質問させてください。私たち、まだ信じたわけじゃないんです
ユージ:ええ、そのつもりで来たの。お母さまとお姉さまはあの人にそっくりですね、だそうです
ユージさんが悪いんじゃない、それはわかってるけど。
もどかしさでちょっとイラッとしたことは内緒にしよう。
hana:弟は自分の本名を嫌っていました。そちらでテッサと呼ばれる前に名乗っていた名前があると思います。わかりますか?
アイツが付けた私たちの名前。
漢字はただの『華』で、ふらわあと読む私はまだ良かった。
みんなが『はな』と読むのを訂正しなければいいだけだし、公的に読みを変えるのは簡単だったから。
でも、土理威夢だった弟は。
友達に呼ばせていた名前がある。
モニターの向こうで、女の人は手元の羊皮紙の束をめくっていた。
女性はエルフ、らしい。
テッサと過ごしたのは300年から150年ぐらい前なんだという。
長生きするエルフだから、忘れないように昔のことは羊皮紙に書き付けていたと。
ユージ:えっと……理、だそうです。通訳がうまくいってるかわからないんですけど、そう聞こえました
hana:そう。でもこれは弟のまわりじゃ有名だったもの。騙そうと思ったらなんとでもなるわ
ユージ:信じてもらえないのはわかります。他にもなんでも聞いてください
hana:弟が行方不明になったのは、私たち家族三人にとって特別な日だったの。弟は何か言ってた? 何日だったとか、何があったとか
ユージ:ちょっと待っててください
弟がいなくなるまで。
私たち家族にとって、4月12日は特別な日だった。
三人にとっては胸を張れる特別な日で、でも家族以外にはその喜びはたぶん通じなくて。
私は誰にも言ったことがない。
たぶん、弟も。
だから。
ユージ:結婚する前、嫁候補たちを集めてテッサが話したことがあったそうです。俺が異世界に来た日は、昔、父親を追い出した日だって。すいません、ちょっと待ってください、イザベルさんがまだ言いたいことがあるそうです
ドクンと胸が鳴る。
弟はあの日のことを話したらしい。
あの日。
フラッと帰ってきたアイツの酒臭い息を思い出す。
「華……」
お母さんが私の手を握る。
心配性だなあと思うけど、いまはそれがありがたい。
ユージ:あんな父親だったから、俺がうまく父親をやれるかわからないって言ってたそうです。だから結婚は考えていなかったんだって
画面の向こうでキレイな女性がうつむいていた。
しょげると長い耳が垂れるんだな、と思ったのは現実逃避だろうか。
ユージ:結婚してからも、子供が産まれてからも。テッサは、お嫁さんや子供に何度も聞いたそうです。幸せか、俺はいい父親かって、何回も、何年も
お母さんが私の手をギュッと握ってくる。
テッサという人が、弟だと信じられなかった理由。
弟は、結婚したくないと言っていた。
子供も欲しくないって。
怖いから。
自分がアイツみたいに家族を苦しめるんじゃないかって。
ユージ:幸せで、お嫁さんたちも子供たちも、大好きだって答えてたそうです。けっきょく何人もお嫁さんがいたけど、みんな幸せだったわよ、だそうです
だから。
私たちは、二人ともずっと独身だろうって思ってた。
ユージ:子供たちが成長してきてから、テッサが聞くことは少なくなったみたいです。むしろ、俺は幸せ者だなって言うようになったって
弟が異世界に行った? それはいい。
時間がおかしくて寿命で死んだ? そんなこともあるのかもしれない。
弟が結婚した? 何人も? 子供も作った? ありえない。
じゃあそれは、弟じゃないんだろう。
そう、思っていた。
ユージ:子供たちに、テッサは何回も言ったそうです。家族を守れ、兄妹を守れ、愛する人を守れ、弱い人を守れ、理不尽から守れるようになれって。そう言って鍛えてたって
あの日。
私はただ震えるだけで、怒る弟と母を見ていた日。
弟に守られて、弟が傷だらけになった日。
アイツを追い出して、家族三人になった日。
ユージ:向こうで、あ、そっちの世界ですね。俺は向こうで守ろうとしたけど、弱かったんだって。結果は守れたけど、もっと俺が強ければ母親にも姉にもあんな思いはさせなかったのにって
弟は私を守ってくれた。
アイツを追い出したのは、包丁を持ち出した母だけど。
ユージ:こっちでは鍛えれば鍛えるほど、位階を上げれば上げるほど強くなるから。だから俺は、今度こそ自分の力でちゃんと守るんだって。それを聞いて、お嫁さんたちはやっとテッサの行動が納得できたんですって
お母さんは泣いていた。
私も、いつの間にか泣いていた。
ユージ:俺もいまそれを聞いて納得しました。テッサは、虐げられていた種族や奴隷を守って、街を造って、元の国と戦って、守ったんです。国を造るのはよくわからないからって王族の血を引くお嫁さんと子供に任せたみたいですけど
私を守った弟は、異世界でもっとたくさんの人を守ったらしい。
ユージ:ええっと……すみません、これイザベルさんなりの冗談だと思うんですけど、俺に伝えろって……その。「でもテッサは、私たちから童貞を守れなかったのよ! 優しすぎてね!」って……すみません! イザベルさんがどうしても打てって!
涙でにじんだ視界に、イタズラっぽく笑う女の人が目に入る。
メッセージと合わせて、私も思わず笑ってしまった。
私の手を握ってくっついていた母も、泣きながら笑っている。
なんで信じたかなんて理由はわからない。
制服もカバンも生徒手帳も動かなくなったスマホも、名前も情報も考え方も。
弟っぽいけど、決め手なんかない。
疑おうと思ったら、もっと疑えるだろう。
それでも。
お母さんと私は、それが弟だと信じるようになっていた。
弟は幸せだったと、信じたかっただけかもしれないけど。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「あ、先輩? どうしたんですか? 日曜日に電話してくるなんて珍しい」
「うん、ちょっと昨日いろいろあってね。それで……来週、合コンがあるって言ってたじゃない? 断ったけど、間に合うならやっぱり私も行こうかと思って」
「う、うわあ! ホントですか!? ちょっとみんな、先輩がやる気になった!」
電話の向こうから華やいだ声が聞こえてくる。
「え? みんないたの?」
「あ、ちょうど遊んでたんですよ! もちろん歓迎ですよ先輩! でもどうしたんですか急に? ずっと恋愛はいいやって言ってたじゃないですか」
「んー、ちょっといろいろあってね」
「うっわあ、気になる! 週明けを楽しみにしてますから!」
「え? それを話す気はないわよ?」
「くっ、あいかわらず鉄壁! まあいいです、いまは乗り気になったってだけで!」
「そうそう。じゃあ月曜にね」
「はーい! 失礼します!」
電話を切って、テーブルの上に置く。
と、一通のメッセージが届く。
「神谷さん、ううん、もういいやクールなニートさんね。なんだろ」
私はスマホを手に取って、メッセージを開いた。
「……キャンプオフ? ユージさんの地元の宇都宮じゃなくて、別の場所でテスト開催。あ、研究してる人とかも来るんだ」
スマホのカレンダーを確かめる。
平日。
だけど、この週ならそれほど忙しくない。
「さすがに二日は休めないかな。早上がりして直行して、次の日休み。ならイケるか」
迷うことなく決める自分がちょっと不思議になる。
でも。
弟は異世界でたくさんの人を守り、幸せな一生を送った。
私も。
逃げてないで、前に進もうと思う。
まあキャンプオフは、掲示板の住人たちへの興味本位だけど。





