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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 14

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閑話17-17 テッサの母と姉、信じがたい話を聞く。上

副題の「17-17」は、この閑話が第十七章 十七話終了ごろという意味です。

ご注意ください。

長くなりましたので二話に分割します。

「え? お母さん、なんて? 私の聞き間違いかな?」


 東京駅を見下ろすオフィスビルの41階。

 ありえない場所に存在する社員食堂で、一人の女性が電話をしていた。

 広がる夜景を見るでもなく。

 まだ仕事中だが、終わりは見えない。

 実家から電話がかかってきたため、食事ついでにフロアを出てきたようだ。


「なにそれ、新手の詐欺かしら。でもたしか弁護士ってウソついたら犯罪なはず。お母さん、とりあえず今度の週末に帰ることにするから、一人で会わないで。うん。うん。まだ仕事だから、はいはい、わかってるよ。じゃあね」


 電話を切って、女はひとつため息を吐く。


「あれから9年、か。いまさら新しい情報なんて……」


 うつむいて暗い表情を見せたのは一瞬。


「とにかく週末ね。さっさと仕事終わらせちゃお!」


 顔をあげて、女は食事をかき込むのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「よし、今日は電車の遅れなしね!」


 女が母親の電話に出てから二日後の土曜日。

 一人暮らしをしている部屋から歩いて10分、中野駅に女の姿があった。

 駅に到着してすぐ、女は電光掲示板に目を向けて電車が動いていることを確認する。

 オレンジ色の車両を持つこの路線はよく電車が止まる・遅れるのだ。

 人身事故は日常茶飯事なので。


「うん、予定通り。乗り換えなしの一本で行けるのはやっぱりラクだもの」


 電光掲示板を見て呟く女。

 駅のホームで独り言とかちょっと危ない。

 まあ週末の朝、中央線のホームではよくある光景である。

 人が多い都会は変わった人もまた多いのだ。


「んー、なんか最近しょっちゅう帰ってる気がする。疲れてるのかなー」


 独り言である。

 周囲から見られることはなく、ほかの客はむしろ女を見ないようにしている。

 ともあれ。

 女は無事に狙っていた電車に乗れたようだ。

 中央線青梅特快、青梅行に。

 土曜の方が本数が多いので。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「駅のまわりは変わってないわね! まあ先々週来たばっかりだし、変わるわけないんだけど」


 女が降りたのは青梅駅。

 最近はレトロだ、どこか懐かしい、などと言われて観光客も多い駅である。

 もちろん女は観光に来たわけではない。

 レトロでいいなあ、などと思うことはなく、むしろ変わらなさすぎることにちょっとイラッとするぐらいであった。

 昭和の街って、うんまあそうなんだけど、などと言って。


「さて、お母さんはっと、ああいたいた」


 青梅駅の小さなロータリーに、母親が車で迎えに来てくれていたようだ。

 なにしろ交通手段は限られているので。

 小さなボストンバッグを抱えて、女はさっそく車に乗り込む。


「ただいまお母さん!」


「おかえり、(はな)。華が来てくれて助かったわあ。ありがとうねえ」


「もう、いいんだって! それで、その弁護士の人はなんだって?」



 高橋 華、28才。

 中野で一人暮らしして東京駅近くのオフィスで働く女。

 名前の読み方は青梅市役所で修正済みである。

 (ふらわあ)、だったので。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 青梅駅から南へ、多摩川を渡ってさらに南へ。

 とある大学のキャンパス近く。

 すぐ裏に森が広がる一軒家。

 そこが女の実家であった。

 いまは市内の工場の食堂で働く母親が一人住むだけの。


 ピンポーンと、昔からのチャイムの音が鳴る。

 来客の予定を聞いていた女が扉を開ける。


「本日はお時間いただきありがとうございます。私がお電話した弁護士の郡司です。こちらは今回の件の助手、神谷くんです」


「はあ、とりあえず上がってください。……本物っぽい」


 女の家を訪れたのは二人の男。

 年の頃は50代だろうか、年配の男はきっちりとスーツを着こなしている。

 髪は白髪まじりというより黒髪の方が少ない。

 金属フレームの角ブチメガネがさらにかっちりとした印象を与える。

 スーツの襟にはキラリとバッジが光っていた。

 中央のはかりは公正と平等を、ひまわりは自由と正義を表す記章。いわゆる弁護士バッジである。

 固い雰囲気だが、なぜかリュックを背負っていた。

 もう一人もスーツ姿。

 週末の午後、田舎の玄関にスーツ姿の二人の男が並んでいた。

 場違いである。



「お母さまと……失礼ですが、(ふらわあ)さまでしょうか?」


 和室で話を切り出したのは、郡司だった。

 いつも冷静な郡司にしては珍しく、恐る恐るといった口調で。


「あ、もう読みは変えました。漢字はそのままですけど。(はな)です。あと様はちょっと……」


「そうですか。ええ、読み方を変えるのは簡単ですからね」


「はい。弟が生きていれば、弟は大変だったでしょうけど」


「華、あの子はまだ、それに弁護士の先生が」


「お母さん、いつまで言ってるの。もう9年だよ?」


「お母さま、華さん。今日はその話をしたくてお時間をいただきました。土理威夢(どりいむ)さんの消息についてです」


「郡司さん、母からざっと聞きました。弟の消息がわかったって、どういうことでしょうか?」


「……荒唐無稽な話になります。ですが、私は真実だと考えています。どうか最後まで話を聞いていただきたい。神谷くん、資料を」


「はい」


「まずこちらの写真をご覧ください。制服、カバン、生徒手帳、スマホは見分ける術がないでしょうが……。見覚えはありませんか? こちらは生徒手帳の中面です」


 郡司に言われて神谷、クールなニートが差し出したのはA4サイズにプリントされた数枚の紙。

 写真をツルツルした紙に印刷したものである。わざわざ純正用紙であった。リッチなことに。


「これ……お母さん」


「間違いない、と思います」


「うん、制服とバッグはともかく……生徒手帳のこの写真。郡司さん、これはどこで見つけたんですか? 弟はどこに!」


「複雑で、信じがたい話になります。その前にもう一枚、こちらの写真の人物に見覚えはありませんか?」


 郡司の言葉を合図に、クールなニートがさらに一枚の紙をテーブルの上に乗せる。


「これは? 弟っぽいけど……おじさん?」


「ああ、ああ……」


 そこに写っていたのは、口髭を生やした壮年の男の絵を撮影したもの。

 ユージが王都で見つけたテッサの絵、その写真である。

 女はそこに弟の面影を見たようだ。

 母親はすでに嗚咽している。


「どういうことです? 弟がいなくなったのは16才の時。いま生きていれば25才のはずです。弟にそっくりだし、成長したらこんな感じになりそうですけど」


「そうですね……お母さまはいかがです?」


「あの子、生きていてくれたんですね……ああ、よかった……」


「お母さん? アイツには見えないし、そりゃ私だって弟に似てるとは思うけど……この人、どう見ても40は超えてそうだよ?」


「お母さま、ありがとうございます。華さんも似ていると思っていただけたようで」


「郡司さん? どういうことです? この人は誰なんですか? 弟はどこに!」


「長く、複雑で信じがたい話になります。疑念を抱いてもどうか最後までお聞きください」


「は、はあ。弁護士の郡司さんがそうおっしゃるなら」


 メガネの奥で、郡司の目がキラリと光る。

 謎の状況、なぜか泣き出した母、そして郡司の意気込みに押されたのか、女はちょっと引き気味である。

 そして。

 弁護士だと名乗り、所属する弁護士会も記載された名刺を出し、弁護士バッジをつけた郡司から語られた話は。

 あまりにも荒唐無稽な話であった。



「話の内容はわかりました。それで? その話を信じろと? 私たちをからかって何がしたいんですか! やっと弟はもういないって受け入れたのに!」


「華……落ち着いて」


「お母さんはムカつかないの!? だってこんな、期待させといてこんな話って!」


「華」


「異世界に行った? 時間が違うからもう寿命で死んでる? 信じられるわけないじゃない!」


「華! 郡司さん、神谷さん、すみません」


「いえ、当然の反応だと思います。お母さま、華さん。これが、ユージさんが預かった土理威夢さんの手紙です。どうかこれだけはお読みください。これをお二人に届けることが土理威夢さんの最期の願いで、我々が引き受けた仕事なのです」


 そう言って郡司が一つの封筒を差し出す。

 封筒の中央には、日本語で母親と女の名前が印刷されていた。

 ユージが撮影した写真から宛名を抜き出し、封筒に印刷したようだ。


「中に入っているのはユージさんが向こうで撮影し、こちらで印刷した土理威夢さんの手紙です。実物ではないことをお許しください」


「これ……あの子の字……」


「ウソよ! 文字ぐらいマネして書けるもの!」


「陽も暮れてきましたし、我々はこれで失礼します。ですが……土理威夢さんを知る人物は、向こうの世界でいまも生きています。音は通じませんが、コミュニケーションを取ることは可能です。ご希望であればビデオ通話の機会を設けますので、話してみてはいかがでしょうか」


「ビデオ通話? 異世界なんでしょ?」


「お話ししたように、ユージさんの家はネットが通じています。ネット回線を利用したビデオ通話が可能なのです。土理威夢さんについて、親しい人しか知らないはずの情報を聞いてみてはいかがでしょうか」


「……それは」


「向こうの世界で土理威夢さんと結婚されていた方です。おそらくいろいろ知ってらっしゃるかと」


「結婚? 弟が? 私もまだなのに?」


「はい。正確には土理威夢さんと結婚されていた方たちの一人、ですね」


「え? 一人?」


「あの、どういうことでしょうか」


「土理威夢さんは、何人も嫁を娶ったようですね。ああ、安心してください。あちらの世界では重婚は罪ではなく、みなさま幸せだったようですよ」


「あ、安心できるわけないでしょ……何人もって……」


「はあ、あの子がねえ……」


「わからないけど、わかりました。ひとまず手紙は読みます。郡司さん、偽物だと思ったら通報しますよ?」


「かまいません。警察にも弁護士会にも説明は手間がかかりそうですが、私は真実と信じて行動していますので」


「お母さま、華さん。実はユージさんの話は、アメリカと日本の一部の学者に研究されています。次回、その結果を持てる限りお持ちします」


「はあ、偉い人たちが……やっぱり本当なのねえ」


「お母さん! 神谷さんでしたか? 手紙は読みます。こちらから連絡しますので、今日はお帰りください」


 話はこれまで、とばかりに立ち上がる女。

 応じて郡司もクールなニートも立ち上がる。


 高橋土理威夢、あちらの世界ではテッサと呼ばれた男の話。

 テッサの母はともかくとして、姉は一度で信じることはなかった。

 当たり前だ。

 神隠しらしきものにあって異世界に行ったというだけでも信じがたいのに、時間の流れが違って、すでに寿命で死んでいるというのだ。

 信じられるわけがない。


 ひとまず状況は説明し、手紙を読むという言質は取った。

 郡司とクールなニートとしては、それだけでも充分な成果だろう。

 スーツ姿の二人の男は、どこかやり切った顔で帰路につくのだった。


 ぎゅっとたがいの手を握り、テーブルの上の封筒を見つめる二人の女性を残して。



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