Episode 8「旅路の途中」
タゴスに見送られ、リト、バンリ、セラの三人は地下の抜け道へと足を踏み入れた。
ナパラ王国とリズマール帝国を結ぶ道は、通常、馬車で三日、徒歩では七日。
だが彼らが進むのは、かつてタゴスが命がけで越えた山と谷を巡る古い獣道。
距離にして十日。
──
リトはリュックの肩紐を持ち直しながら言う。
中には乾パンや干し肉、飴、ビスケットが詰め込まれ、パンパンになっている。
「……親方、あんなに軽く言ってたけどさ、これ十日じゃ済まない気がするんだけど」
バンリがそのリュックを見る。
「……にしても、お前、甘いの持ちすぎ」
「いや、こういうのってさ、疲れてるときに食べると、ちょっとだけ“平気なフリ”できるんだよ」
セラが不思議そうに聞き返す。
「“平気なフリ”……?」
リトは、少し照れくさそうに笑った。
「うちは母さんが早くに亡くなって、父さんはほとんど家にいなくてさ。小さい頃から、自分で全部やるしかなかった」
「……でも、菓子パン一個で元気になれるなら、安いもんだよ」
静かに語られる過去。
セラはそっと頷いた。
「そうなんだ……でも、菓子パン美味しいもんね」
バンリが呆れたように言う。
「……お前のそのリュック、半分くらいお菓子じゃね?」
「バカ、パンツと靴下も入ってんだよ!あと缶詰な!」
三人の間に、ふっと笑いが生まれた。
──
抜け道を出た先は、ひんやりとした空気の残る山道だった。
少し開けた場所に腰を下ろし、休憩を取ることにした。
リトがお腹を押さえる。
「……腹減ったな。バンリ、何か持ってきてる?」
「ああ」
バンリはリュックの奥から、小さな布包みを取り出す。
中には、丁寧に握られたおにぎりと、冷めても味が落ちないように煮含められた野菜の煮物。
リトの目が輝く。
「うまそう……!」
バンリは、その包みを見つめながら、母親のことを思い出していた。
──
あれは、出発前のこと。
母は明かりの下、黙ってバンリの荷物を整理していた。
「……やっぱり行くのね」
「……うん。出発は、今夜」
しばらく黙っていたが、母は台所の奥から包みを持ってきて差し出す。
「冷めても大丈夫なようにしてあるの。気休めだけどね」
「ありがとう」
母は、目を合わせずに続けた。
「行くことを止めはしない。あなたは昔から、やるって決めたらやる子だから」
「……ごめん、心配かけて。無事に帰ってくるよ。約束する」
「うん。信じてる。けどね……もし少しでもダメだと思ったら、すぐに帰ってきなさい」
「無理しても、いいことなんてないんだから」
──
母親のことを思い出しながら、バンリは煮物を口に運ぶ。
セラがその包みに目を向ける。
「……それ、お母様が?」
「ああ。ほんと心配性なんだよ、あの人」
リトが少し笑う。
「心配してくれる人がいるってのは、いいことじゃないか。バンリの母さん、優しいもんな」
「まぁ、確かにな」
バンリは少し照れくさそうに視線をそらした。
その様子を見ていたリトが、ふとセラに目を向ける。
「そういえばセラの故郷って、どんなとこなの?」
「……タリアは“水の都”って呼ばれてるの」
「街の中を透明な水が流れてて、空が映って、魚が泳いで……本当にきれいなところ」
「いいなぁ。いつか行ってみたい!」
セラは少しだけ目を伏せ、そして語り出す。
「お母様は私が幼い頃に亡くなって、お父様はすぐに再婚したの。弟ができて……継母は私の存在を疎ましく思ってた」
「リズマールから“願石”の話が来た時、誰よりも私に行けと言ったのは彼女だった」
リトの表情が曇る。
「……ひどい話だ」
バンリが静かに言う。
「まぁ、王族にはよくある話ってやつだな」
「でも、私が行けば国も救えるし、弟に王位も譲れて、お父様にも迷惑をかけない……そう思ったの」
少しの間を置いて、リトが言う。
「でも……あの、野盗に襲われた時、無事でよかったよ」
「……うん。あの夜、もし助かっていなかったら、タリアのみんなを守ることもできなかったし、こうしてリトとバンリに出会うことも無かった」
──
ふっと空気が静まり、誰かが言葉を探すような間が流れる。
リトが口を開く。
「でもさ、セラの言ってた“昔話”、もし本当ならすごいよな」
「……うん。お母様が亡くなる前に、このネックレスを渡してくれて……“無くさないで”って、それだけ」
バンリは少し考えてから尋ねる。
「あの話――白銀のローブを纏いし者、黄金色に輝く水面の前で、願石に託したその想いは……ってやつ、白銀のローブがリズマールにあるとして、水面ってどこなんだろうな?」
「……たぶん、タリアのどこかに。水の都だから、そんな場所がある気がするの」
リトが勢いよく顔を上げる。
「そっか。だったら今は、それを信じて進むしかないよな!」
「だって、それが本当なら……俺たちは今、“希望の真ん中”を歩いてるかもしれない!」
バンリが立ち上がる。
「まずはリズマールに入って、白銀のローブを探すためにグラフに会う。それが先決だな」
「よし、話はそこから!だろ!」
セラは目を細めて、微笑んだ。
──
三人に待ち受けるものは、まだ誰にもわからない。
それでも、運命的に出会ってしまった彼らは、同じ場所を目指していた。
リズマール帝国へ――。




